104話「離れ」
「離れ」というタイトルです。
――凜たちは、いつまで経っても帰ってこない來貴に怒りながらも、内心とても心配していた。いつもならば、連絡を寄越して最大でも一時間半以内には帰ってくる。だが、今は五時間経っても帰ってこない。
考えすぎ……と言われるかも知れないが、こんな事は初めてだったので心配なのだ。
襲撃されたという可能性が頭をよぎったが、來貴の強さならば全て跳ね返せるだろうと思っていたのだ。
(來くん……今、どこにいるの? 早く帰ってきてよ……)
凜は心からそう願いながら、來貴からの返事が来ないかスマホを見続ける。
兇介の所に行っていないか、軍事学校にいないか、依頼に行っているか、その他來貴の友達の所に行っているか。考えられる可能性は全て、網羅してきたつもりである。だが、その何処にも來貴の情報は無かった。
今は、連絡を待ち続けるしかない。全ての可能性は消え去って、來貴自身の反応を待つしか手段が無くなったのだ。
琉愛も、凜の隣で連絡が来ないか待っている。その傍ら、本を読みながら。しかし、琉愛の頭の片隅には常に來貴の事があった。本の内容も、來貴の事が先決してああり頭に入ってきていなかった。
琉愛も、來貴が行きそうな所に凜が連絡するのを手伝っていた。しかし、その何処にも情報がヒットしなかった事に少なからずショックを受けていた。それにより、常にムズムズしながら視線をスマホと本へと行き来させている。
この現状に、琉愛も待ち続けるしか出来ないと考え、本を読んでいたのだ。ただ……今すぐ家を飛び出して、探し出したいと考えているが。
(お兄ちゃん……今、何してるの? 心配させないでよ……)
琉愛は、目を閉じながら想いを浮かべた。頭の中に、嫌な予感をチラつかせながら。
そして里奈は、來貴の帰りを待ちながら夕食を作っていた。凜と琉愛は來貴の事が気が気でない様子なので、自分がやった方がいいと思ったのだ。
それに、來貴が心配なのは里奈とて同じ。だが今は、冷静になるべきである。
もう夕食の時間であり、夕飯も出来上がった。里奈は、來貴を待つ二人に言う。
「二人とも、ご飯出来たわよ」
凜と琉愛は、素早く食卓についた。頭の何処かに、來貴の姿を残しながら――。
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――そこで、來貴は目覚める。研究室のような青白い壁に囲まれながら。目覚めた來貴は、まず自分の現状を確認した。
手足は……切り落とされていないし、縛られてもいない。服はそのまま。スマホは……無い。取り上げられたようだ。冷静に自分の状態を分析した後、次に今いる場所を推測する。
自身よりも強いアルヴァダ兵に気絶させられた記憶が残っているため、それで連れて行かれたのだろう。だとするならば……ここは、アルヴァダ帝国の土地だろうか。そう考えたたところで、來貴は眉をひそめる。
してやられた――と、実感したからだ。ジーレストと戦った時点で、こうなるのは必然だったと言える。負けたならば、そのまま連れていかれる。勝ったならば、消耗した隙をついて連れていかれる。回避する方法は、今の來貴には思いつかなかった。
どうしたものかと考え始めた時、ルシファーが來貴に話しかけた。
『……どうやら、誘拐されたようだな。しかも、ここはアルヴァダ帝国の本拠地で間違いないだろう。お前の身体には、神の因子が宿っているようだ。誘拐の目的はわからないが、何かが起こるのは間違いない――気をつけろよ』
最後にそう言い、ルシファーは引っ込んだ。そして、それと入れ替わるようにして閉鎖された空間に入る影が一つ。
來貴の正面の壁が開き、そこから入って来たのだ。入って来たのは――――。
「はじめましてかな。私の名はドルナイト。この地に降りた神だ。……早速だが、貴様には消えてもらう」
――――ドルナイトだった。白と黒が入り混じる髪に、灰色の瞳。服は、黒一色で統一された服を着ている。そして、その身から微かに感じる力に、來貴は自分と同じものを感じた。その感じた力が、自分の内にある能力と同じように思ったからだ。
來貴は警戒を高めながら、ドルナイトとその周りを観察する。ドルナイトが一人で来るはずもないので、自分の見えない所にいるであろうアルヴァダ兵に警戒しながら。
「警戒と抵抗は無意味だろう。今の私は500年前よりも力を失っているが、それでも貴様よりは強い。……ただ、丁重に扱わねばならぬ理由があるのでな」
丁重に扱わねばならない。そう聞いた來貴は警戒に怪訝の色を混ぜた。
「折角だ、消える前に説明してやろう。まぁ、簡単なことだ。貴様の魂を消すのは容易いが、それでは万物具現化の眼が何処かへ飛んで行ってしまう。そのため、その前に万物具現化の眼を貴様から剥がさねばならぬのだよ。それが終われば、貴様の運命も終わりだがな。安心しろ、残った身体は私の依り代にしてやる」
説明された事を瞬時に理解した來貴は、一瞬だけ身体の中の魂に意識を向けた。その魂に宿る神の能力は、確かにある。だが、これは身体の中に定着している。これを剥がせばどうなるのか、予想していた。
そして、依り代にするという発言。わざわざ誘拐してまでするということは、この身体でなければならない理由。考えることが多く、今は思考を止めた。
「――あぁ、それと。ついでだが、これについて説明する」
突拍子も無く取り出されたそれは、ポケットに入れられるようなサイズの小さな長方形の機械だった。その機械は、一個のボタンがついている。それは赤色であり、少し目立つようになっているみたいだった。それに加え、誤って押さないように窪みを入れて対策されてある。
スマホみたいな形状だと來貴は思ったが、それがなんなのかはわからなかった。そして、ドルナイトは話し出す。
「これは、"空間転移装置"だ。日本にいた貴様がアルヴァダまで来たのも、これが要因だ。これには法則が埋め込まれてあり、魔力を流して操作することで空間を移動出来る。それが原理だ。ちなみに空間転移の際に使う魔力は爆発的に多く、転移させる質量の大きさに比例する」
そう説明した後、ドルナイトはそれを仕舞った。そして、全身から魔力を出す。白と黒が入り混じる、明らかに異質な魔力。その魔力を肌に感じて、來貴は冷や汗を流した。
――そして、白と黒入り混じる魔力が來貴の身体に入り込む。
「がっ……!?」
その瞬間、來貴の身体中に痛みが走った。身体の痛みでは無く、身体の内側から何かが剥がされるような……。
そんな痛みの中、來貴は声を上げずに必死に耐える。無限にも感じるその時間の中で、來貴は僅かに"何か"が変化していくのを感じた。その何かはわからなかったが、今そんな事を考えている余裕は無かった。
少しでも気を緩めたら、気を失ってしまう――そんな考えが頭をよぎった直後、その痛みは急に止まった。
來貴は荒く息を吐き、額から脂汗をかいている。
「……やはり剥がせぬか。幼き頃から、その魂に定着している故か。仕方ない、また今度だ。殺せば、魂ごと能力が消えてしまう。……行くぞ」
ドルナイトの一声に、無言で着いていく騎士たち。しかし來貴は、その姿を視認しなかった。何故ならば、床を見ていてそちらに注意が向いていなかったからだ。そもそも、そこに注意を向けることが出来なかった。
痛みは止まったが、その余韻はまだ残っているからだ。部屋にベッドは無いが、來貴はそのまま寝てしまった――――。
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――――そして、來貴は目を醒ます。……ドールとルシファーがいる、あの世界で。その世界で目を醒ました來貴は、前方にドールの姿を視認する。しかし、その姿は前よりも覇気が無く、薄い。
何故なのだろうか。來貴がそう質問する前に、ドールが答えた。
『……僕が今こうなっているのは、万物具現化の眼を剥がされそうになったからだよ。あれは僕の核と言える存在でね、抜かれると僕と……君が再現した能力が消えてしまうんだ。さっきは剥がされはしなかったけれど、魂と能力が離れかけた。……このまま行くと、能力が僕の存在を保てなくなってしまうかもしれない』
そう言ったドールの雰囲気は、何処かいつもと違っていた。來貴はそれを感じ取り、怪訝な顔をする。ドールはそんな來貴の顔を見て、フッと笑った。それには何も含まれておらず、ただ笑っただけである。
しかし、ただ一つだけ含まれているものがある。それは、願い。万物具現化の眼に残っている、ドルナイトの残留意思。それによりドールは作られているため、消えてしまえばドールも消える。だから、消える前に神の代行者として來貴に伝えようと、そう思った。
『……自分を忘れないでくれ』
それを告げられた來貴は、予想を外れたようで外れていない答えが飛び出て微妙な表情をしている。
その後ドールは、來貴がいる方向とは別の方向に足を向け、來貴の方を見ずに言う。
『――僕は戻るよ。これ以上は、僕が僕の存在を保てないからね。君はまだここにいる事が出来るけど、出るかどうかは自由だ』
その言葉と同時に、ドールは消えた。同時に、闇が出でて人――否、悪魔の形を成す。出でたのはルシファーであり、少しやつれたような雰囲気を醸し出している。
その原因を來貴はすぐに察したが、自分でもどうするか決めかねているのだ。言葉は、思いつかなかった。
『……万物具現化の眼のお陰で命拾いしたな。あれが無ければ、オレごとお前の魂は消えていただろう』
そう言ったルシファーは、対策をどうするか考えると思考を巡らせる。そうして考えている中、唐突に口を開いた。
『――あの能力は、魂の中核の一つである"能力"の部分にある。それが剥がされるとなると、魂の一部が削られるのと同義。行われたならば、相当な痛みを伴うだろう。……ただ、丁重にやらなければ"能力が消えてしまう"。死と同時に、能力が飛んで行ってしまうからな』
能力の宿主が死ぬと、元々あった能力は消える。そして、また誰かに宿るのだ。それは能力全てが対象であり、神の能力も例外ではない。元々はドルナイトたち"堕神"がが封印されたと同時に、世界に散らばっていったものだ。
しかしそれは、ドルナイトが力を失った――魂の格が下がったからであり、死んだからでは無い。そのため、神の能力も巡りの"理"に従うのだ。
――來貴はルシファーの説明を聞きながら、体内にある魔力がどれくらいかを感じ取る。
(……ん? なんだ? 回復が早くなっている……)
いつもより、回復が早くなっていた。ある程度魔力が溜まったので、回復が早くなったのだろうか。それとも、何か別の要因もあるのだろうか。どちらにせよ、魔力が回復するのはいいことだ。
ここから抜け出せる可能性が、少しでも増えてくるから。勝てるかどうかは……わからない。ただ、いつかはやらなければならない事である。だから、生きて帰らねばならないのだ。
(それに――俺はまだ、凜姉たちに自分の事を話していない)
悪魔の結月來貴の事は話した。しかし、神藤一羽の事は話していないのだ。桂が話す可能性もあるが、その時はその時で、肯定するだけである。後――。
『おい、聞いてるか?』
思考を巡らせている中、ルシファーが話しかけてきた。來貴は思考を中断し、「聞いていなかった」とルシファーに謝る。
ルシファーは「いい」と言って受け流し、即興で考えた策の説明を始めた。
『まず……オレの魂は、お前の魂にある"空洞"の中に入り込んでいる。わりとギリギリだったんだぜ? 万物具現化の眼で再現された能力により、空洞が半分以上埋められていた。その隙間に、魂を入れ込んだ。あれ以上あったら、入れなかったかもな』
ルシファーは当時の事を思い出していたが、すぐに切り替えて説明を続ける。
『――だから、オレが抵抗する。オレは死んだ。その時に魔力をほぼ全て使い果たし、力を失った。だが、魂となって存在している。……神たちを斃せる可能性があるのは、"ルシファー"では無く"結月來貴"だ。どうやら、奴等は思っていたよりも強くなっているらしい。しばらく、オレが表に出て抵抗する。そうすれば、ドルナイトたちを気にすること無くお前は魔力の回復に専念できる』
ルシファーはやつれていたが、その瞳に宿る決意は確固たるものだった。來貴はそれが本物だとすぐに察し、確認のために言う。
それが無駄なのかどうかは、考えずに。
「……いいのか、それで」
來貴の問いに、ルシファーは当然とでも言うようにフッと笑って答える。
『ああ。それが、最後にオレに出来ることだからな。魂の抵抗も、今はオレの方が上手だろう』
やはり愚問だったなと、來貴は思った。
――そして、來貴の後ろに光りが刺す。その光りに向かって歩くのは、來貴ではなくルシファー。來貴は、その逆の方向に向かって歩いて行く。すれ違いざま、ハイタッチをした。
それが、最後に交わした合図だった。一時的な、意思の交換である。
――ルシファーの事を、來貴は特別に思っているわけでは無い。ただ、別れは寂しいものだと改めて感じただけである。
変な事や秘密を話し合ったりしたわけでは無いが、形はどうあれ同じ目的を持つ者同士。性格も、合わないわけでは無い。両者頭脳明晰なため、言っていることもすぐ理解が出来る。会話にストレスが無く、互いの線引きもわかっていた。
もし違う形で会えたならば、いい友人になれただろうか……と、來貴は頭の片隅にそんな考えが浮かんだ。この選択を、來貴は後悔していない。ただ"大切な家族"と"同士"では、大切な家族を取っただけなのだから。
(……少し、待っていてくれ。家に、帰ってくるから)
――後は……家族と離れ離れになるのは、寂しいだろう?
この後の展開をどうするか、決めかねている自分がいます。




