100話「家族の時間」
記念すべき100話目です。
歩くこと、約一時間。途中から面倒になり家の上を走り、30分。俺は、神藤家の本宅に着いた。眼前に広がるのは、昔から変わっていない大きな門。そして、門の柱に付けられているインターホンを押す。
豪華なチャイムが、辺りに鳴り響く。それから数秒経ったところで、インターホンから声が聞こえた。
『一羽様ですね? 今お開けします』
その言葉が聞こえた後、門が音を立てながら横に開いていく。この開き方は、昔から変わっていない。俺はその光景を懐かしく思いつつ、中に足を踏み入れる。庭の状態も、最後に見たときとあまり変わっていない。
周りを見ながら、扉に向かって歩いて行く。その途中、ゴロゴロ……と、後ろで門が閉まる音がした。俺は気にせず、歩いて行った。
――そうして、扉の前に着いた。俺が扉を開こうとすると、その前に扉が開く。中から出てきたのは、神藤家に仕える使用人の一人だ。その使用人――比謝矼善造は、恭しく礼をする。
そして、俺の姿を見て言った。
「お久しぶりでございます……一羽様……」
感慨無量……と云った感じである。そんな比謝矼に、俺は言葉を返す。
「ああ、久しぶりだな……それと、一羽と呼ぶのは止めろ。俺はもう、神藤一羽じゃない。結月來貴だ」
比謝矼は恭しい態度で、これまた礼をする。
「――失礼しました。では來貴様、こちらへ。旦那様が待っておられます」
俺は比謝矼に着いていく。向かっている場所は、神藤桂――父さんがいる場所。今も、父だと言って良いのかはわからないが、本名で呼ぶのは違う気がしている。そのため、俺は父さんと呼んでいるのだ。
――父さんがいる部屋までは、まだ距離はあるだろう。その道中で、比謝矼以外の使用人を何人か見かけた。その度に話しかけられ、久しぶりですと言われた。あの時から背丈も伸びて、見た目も変わっている。
何故、一目見ただけでわかるのだろうか。そう考えていると、比謝矼が話しかけて来た。
「私達使用人は、昔の貴方様をずっと見てきました。今のお姿には、昔の面影が感じられるのです。例え髪や瞳の色が変わっていようとも、一目でわかりますよ」
「……そうか」
――そうなのか。どうやら、俺の見た目には昔と同じ部分があるらしい。……まぁ、変わったのは髪と瞳の色だしな。顔面の構造は、さすがに変わっていない。そこは昔の俺をそのまま成長させたような感じだし、昔から見てきたなら……まぁ、わかるのか。
それにしても……昔ほど見かけなくなったな。まぁ、昔のアレが原因なのは間違いない。
神藤家は、最も古株な比謝矼を筆頭に使用人が十数人いる。今は、俺を逃がしたときのアルヴァダ兵との戦いで恐らく減っているが、それでも多いだろう。
この家の使用人は男女や年齢問わず、家事・戦闘・その他諸々を仕事としている。主にやるのは、家事と戦闘だ。家事は言うまでも無く、使用人の本業。そして戦闘だが、この家の使用人は全員が戦える。中には、能力を持つ者もいる。
軍事機関の依頼や、不測の事態に対応するためだそうだ。軍事機関の依頼には、父さんが対応出来ない事も多々ある。その場合、使用人が代理として出向く事で補っているのだ。それに加え、使用人に父さんが依頼をする場合もある。
こう言った事もあるため、この家の使用人は戦闘もこなせるのだ。そして、それは普段使用人同士で訓練をする事で鍛えている。たまに、父さんが稽古を付けるときもあるらしいが。
ちなみに、今のは全て比謝矼から聞いたことだ。昔に、と言う言葉が入るが。俺が4歳の頃に、「比謝矼は何してるの?」と聞いた記憶がある。その時に、返ってきたのが先程の説明だ。それと、比謝矼が使用人の中で一番強いと言う事を聞いた事がある。
――そうして歩いている内に、父さんがいる部屋の前に着いたようだ。比謝矼は、部屋のドアをコンコンとノックする。
「來貴様をお連れしました」
「入れ」
中から、父さんの声が聞こえた。
「失礼します」
そう言って、比謝矼はドアを開けて部屋の中に入る。比謝矼に続いて、俺も部屋の中へと入った。
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――部屋の中は、静寂に包まれている。比謝矼と來貴の足音だけが、空間内に大きく響いていた。現在部屋の中にいるのは、比謝矼と來貴含め五名。比謝矼と來貴の他にいるのは、桂と琴音と一羽の母――神藤陽子だ。
高級な横長の椅子が二つ、高級な木の机を挟んで位置している。ドアから遠い方に、桂と陽子は座っている。琴音は、桂と陽子が座っている椅子の後ろで佇んでいた。比謝矼は、來貴を桂たちが座っている対面の椅子に座らせる。そして、自分はその椅子の後ろに控えた。
來貴が座ったところで、桂は口を開く。
「よく来たな……來貴。積もる話はあるが、それは後だ。……まずは、話してくれないか? 10年前、何をしていたのかを」
桂の言葉を聞いた來貴は、何も反応を示さない。数秒後、そのまま口を開いた。
「――わかった。話すよ」
……それから、來貴は『あの時』の事を話し始めた。この場にいる、桂・陽子・琴音・比謝矼が、語られる事実を息を呑んで聞いていた。
盗み、殺し、占拠。様々な罪が入り混じる來貴の過去を聞いた桂たちは、絶句するも静かに何も言わず聞き届ける。本来ならば、逮捕されてもおかしくないほどの罪だ。この場にいる全員が、それを理解している。
それでも、誰も動かない。軍事機関は警察との繋がりは無いと言うわけではないが、能力を知らない一般人を取り押さえたときのみ引き渡す関係だ。來貴は一般人じゃないし、そもそもあの時は6歳である。
警察では抑えきれない程、來貴は罪を重ねた。それ故、軍事機関で処理されたのだ。
――そうして数分、桂たちは話を聞き届けた。想像を絶するエピソードの数々に、桂以外は開いた口も塞がらないような状態だった。
「……話してくれてありがとう、來貴。――これから話す事を、よく聞いてくれ」
部屋の雰囲気が、少し変わった。重い雰囲気から、張り詰めた雰囲気に変貌した。桂は、その雰囲気を意に介さず発言する。
「――お前が10年前にやった事は、全て無かったことになっている。……俺が、揉み消したんだ。被害を元通りにし、殺された者の存在を消した。……だから、今のお前に罪は無い」
來貴たちは、桂の発言に驚愕した。しかし、驚愕しつつも腑に落ちていた。來貴が生きるためにやってきたことは、決して許されることでは無い。
しかし、何事も無かったかのようになっている。……それは、桂が権力を使って全てを揉み消したから。ただ揉み消すわけでは無く、被害に関しては元通りに、來貴が殺した者は世界から葬り去った。
その事実に、來貴は「ありがとう」とは言えなかった。言わなかったのだ。照れ臭いなどという理由などでは無い。自分の汚れた手が、拭かれただけ。完全に消えているわけでは無いし、死んだ人は戻っていない。
それに、來貴はこの行動を後悔しているわけではないのだ。故に、言わなかった。
「……そうか」
――ただ、一言。來貴は、それだけ返した。その反応に、誰も不自然だとは思わなかった。桂も、陽子も、琴音も、比謝矼も。感謝は、いらないと思っていたから。
そして、これまで一言も発していなかった陽子が來貴に話しかけた。
「來貴。……聞きたいことがあるの。いいかしら?」
「……聞きたいこと?」
來貴が、陽子に聞き返す。陽子は意を決し、來貴に質問をした。
「結月さんの家での生活は、どうなの?」
――その質問は、來貴にとって予想外だった。しかし、答えられぬものでもない。だが、どう答えるべきなのだろうか。それが、わからなかった。
結月家での生活は、幸せだ。凜たちは優しく、大切な人も出来た。しかし、同時に辛さも経験した。単純に幸せだと言うのならば、神藤家での生活は、幸せでは無かった……と言う邪推が出来る。
一つ可能性を考えれば、また一つ可能性が浮かぶ。來貴は、数秒間思考で口を開かなかった。
桂や陽子が緊張した面持ちでいる中、來貴は口を開く。
「……幸せだよ。でも、ここでの生活が幸せじゃなかったわけじゃない」
――陽子は、何も言わなかった。ただ、心の底から安堵しただけだった。來貴が幸せならば、それでよかったから。しかし――自分たちの家での生活が、幸せでなかったと言われれば、辛い。だから、神藤家が幸せだったと言われてよかった……と、陽子は思った。
そんな陽子を横目に見て、桂は比謝矼に目で合図を出す。瞬時にそれを受け取った比謝矼は、後ろ手でスマホを操作する。
來貴はそれに気付いていたが、何をしようとしているのかはわかっていない。何もせず、ただ座っていた。
――数分後、部屋のドアがノックされる。突然響いたその音に、部屋にいた全員がドアの方を向いた。
「来たぜ、親父」
扉越しに聞こえてきたのは、少年の声。その声を聞いた來貴は、部屋の前に誰がいるのかを悟った。そして、表情を引き締める。
「入ってこい」
桂の言葉を聞いた少年は、扉を開けて部屋には行ってきた。いきなり呼びつけて何の用だと桂に話しかける少年は、視界に入った來貴の姿に驚愕し固まる。
一方來貴は、その予想通りの成長した姿に目を逸らした。
「兄……さん?」
その少年――神藤明人は、兄の神藤一羽の方による。桂に話しかけようとした事も、忘れて。
來貴は、明人の方を見ることが出来なかった。神藤家の者を置いていって、散々迷惑を掛けた。明人がどんな思いをしていたか、來貴にはわからない。だからこそ、明人に顔を向けられないのだ。
「……悪い」
だから來貴は、それしか言えなかった。だが明人は、何も言わない。顔を俯かせ、來貴の肩を強く握る。
「――バカ兄さん……心配したんだぞ」
そう言った明人の声は、少し震えていた。だが、ここにいる全員は、何も言わなかった。
――そうして、数分。明人は落ち着き、來貴の隣に座った。
「……これで全員揃ったな。來貴、明人。これから、重要な事を話す。しっかり聞いておけ」
桂がそう言うと、明人が質問を繰り出した。
「もしかして、呼んだ用件ってそれか?」
明人のその質問に、桂は「そうだ」と言って肯定を示す。
「――これから話す事は、軍事機関を揺るがす程の真実だ。そして、お前たちの出生にも関わってくる」
桂の言葉に、來貴と明人は疑問を覚えた。そして、すかさず明人が質問をした。
「出生って……俺と兄さんは親父の息子だろ? そこに、特殊なものでもあるのかよ」
特殊なもの……そうだと來貴も推測したが、それが何かは來貴にもわからない。しかし、來貴は少し予想があった。わからないと言うより、確証が無いと言う方が正しい。
約一ヶ月前にオリケルスから聞いた話で、日本で何かしたという"神"がいた事を來貴は覚えている。
まさか――と、來貴は思った。
「まぁ待て。今、その真実が記されている巻物を持ってこさせている」
もう少し時間はかかるだろうから、ゆっくりしていろ――と、桂は言った。
その言葉に明人は、もう少しだけ待つのかとぼやいた。そして、ふと思い立ったと言わんばかりに來貴に話しかけた。
「そういや兄さん。なんでそんな髪色にそんな瞳の色なんだ? 奇抜すぎて、一瞬兄さんかわからなかったぞ。……イメチェンにしては、もう少し目立たないようにすると思うんだが」
遂に聞かれたか……と、來貴は思った。しかし、もう凜たちには言った。桂たちに、隠す必要は無いだろうと思い、話そうと口を開く。
「実は――」
――それから、來貴は話し続けた。
自身が悪魔になったこと、悪魔の力を得たこと、その影響でこんな見た目になったことを、語った。とは言いつつも、凜たちに語った内容と殆ど同じだが。
ただ、ルシファーと覚醒した事は隠した。万物具現化の眼については、話すかどうか迷ったが、この際話す事にした。
そうして全部話した結果、大変驚かれた。しかし、すぐに全員平常に戻り、逆に來貴が驚くことにとなった。
「そんな事があったんだな、兄さん。……今、その能力は使えるのか?」
明人にそう聞かれ、來貴は返答に困った。今能力は使えない。來貴の魔力は、半分回復しているかどうかぐらいだ。そのため、使えば回復が遅くなる。使うならば、魔力が完全回復してからの方がいいと思っているのだ。
「今は使えない。魔力が回復しきっていないからな」
來貴がそう言うと、明人は少し残念そうだった。そこで、佇んでいた琴音が來貴に質問をした。
「魔力が回復してないのって、あのアルヴァダ兵と戦った後だよね? ……何かあったの?」
「……ああ。能力と魔力を使い過ぎて、魔力路がボロボロになった。今は治ったが、魔力が空になったから回復に苦労している」
一部事実を隠し、來貴は琴音の質問に答えた。だが來貴は、疑問に思った事が出来た。この要因は、衣良文などの医療班に聞けば聞けることだし、何よりも軍人――魔力を感知出来る者ならば見ればわかる。
「……言われてみれば、兄さんから微量の魔力しか感じないな。でも、能力と魔力の使い過ぎだけでそうなるのか? せいぜい、ちょっと壊れるだけだろ」
――そう言うことかと、來貴は理解した。本当の目的は、俺が何をしかた引き出すのと明人に説明をすること。明人は、事情を何も知らないから。
そして來貴は、桂が怪訝な顔をしているのが見えた。
「――來貴。覚醒したか?」
覚醒。その単純にして明快な一言に、明人以外の全員が來貴の方を向いた。來貴は、桂の方を無表情で見ている。数秒間見つめ合った後、來貴は目線を逸らしながら言った。
「したよ。ジーレスト――アルヴァダ兵と戦っている途中にな。魔力路がボロボロになったのは、そのせいだ」
來貴の一言に、桂はニヤリと、琴音と陽子と比謝矼は少しの驚愕と、明人はよくわからないと言った反応である。
「覚醒したなら、魔力路があれほどボロボロになるのは頷ける。覚醒すると、魔力量は跳ね上がる。そして、増加した魔力がどんどん身体に流れ込む。そんな状態で能力を使用したら、ボロボロになるだろうよ。俺も覚醒しているが、その途中で力を行使すれば身体がボロボロになるだろうと感じたさ。まぁ――――」
コンコン。
桂が言葉を続けようとした直後、部屋中に静かに響いた。桂は口を閉じ、部屋のドアの方を見る。
そして來貴は、サラッと告げられた衝撃の事実を聞き逃さなかった。
「旦那様。例の"巻物"を持ってまいりました」
「入れ」
桂の言葉で、若い女性の使用人は部屋へ入った。そして、右腕に抱えていた小さめな箱を机の上に置いた。
「――――話の続きは、これの中身を見てからだ」
とうとうここまで来ることが出来ました。これからも執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。




