99話「愛と歪」
――里奈は、部屋で椅子に座っていた。何故……と、聞かれたら、気持ちを落ち着かせるためと答えるだろう。
(……あの子、あんな力を隠してたのね……それに、悪魔とやらになっちゃってる。でもまぁ、來貴は家族だからね。大切な息子だもの、いつも通りにしないと)
ポジティブに、里奈は考える。だが、表情は晴れていない。心残りな事があるのだ。
――それは、來貴が何をしたいのか。その力で、何を為し得たいのかである。來貴は、世界の破滅を防ぐとだけ言っていた。だが、來貴がそれだけで動くとは思えないと里奈は考えていた。
來貴と10年以上共に生活をし続けた"家族"であるため、來貴の思考パターンはある程度把握している。
來貴の思考は、軍人のそれと同じである。しかし、自分の大切な人たちには情が厚いと言う面も併せ持つ。人道に背くような事は、すると思えない。そもそも、そんな事をしても自分に得が無いとすぐにわかるだろう。
――では、何なのだろうか。
里奈は、蓮也の遺書を取り出す。迷ったときには、これを見るようにしたのだ。数秒間見た後、静かに封筒の中に戻す。
(蓮也……私は、どうすればいい?)
思わず、今は亡き夫に助けを求めてしまう。だが、その想いに応えは無い。答えを求めている者は、既にいなくなっているから。
(……凜の言う通り、悪い事をしようとしてるなら力ずくで引き戻す。それで、良いわね?)
自分に言い聞かせるように、里奈は心の中で呟く。そして、過去を思い出す。
――かつて里奈は、軍事機関の学校で援助魔法の勉強をしていた。何故か……と聞かれれば、それに適正があったからだ。自分に人殺しは向いていなかったから、向いている魔法をする。
当たり前のことだと、里奈は思っていた。
里奈の回復は弱いと言う訳でもなく、特別強い訳でもなかった。しかし、確かに効果はあるため軍事機関では重宝されていた。
そうして無事に卒業をし、医療班の一員として働く事になる。仕事をこなしていく内に、蓮也と出会った。いつものように魔法を使っていると、蓮也は里奈に話しかけて来た。
「お前、なんで医療班にいるんだ?」
突拍子も無く繰り出された、何てこと無い質問。里奈はその質問に一瞬呆けながらも、向いているから――と答えた。
「そうか」
その答えを聞いた蓮也は、そう淡泊に返すだけ。その反応は予想外だったために、里奈は驚愕して変な挙動が出てしまう。蓮也には見られていなかったようで、少し安心したが。
それから、依頼の度に怪我を重ねる蓮也を治療し続けた。里奈で治療出来る程の傷ばかりだったので、丁度良いとされたからである。そして最初は目立つ傷ばかりだった蓮也が、次第に大したことない傷が多くなっていた。
――治療をする間、里奈は一回蓮也に話しかけてみた。何故、あんな事を聞いたのかと。すると蓮也からは、気になっただけだ――と返ってきた。そこから、里奈と蓮也は本格的に関わり始めた。
治療する人、される人。その関係では、収まらないほど仲良くなっていった。
――そして、ある日の事。軍事機関本部が、能力等を悪用する犯罪組織が襲撃された。結論から言うと軍事機関の勝利だったが、里奈の元に犯罪組織の戦闘員が来てしまった。
当然、里奈に抗う術は無い。里奈も人は殺せるが、今相手を殺せる手段があるかと聞かれれば、"No"である。
里奈が医療班の軍人である事は、戦闘員は知らない。だが、軍事機関の人間ならば殺してしまおうと殺されかけた。
――しかし、そこで蓮也が助けに入った。里奈への一撃は防がれ、当然、戦闘員が蓮也に敵うはずもなく殺される。
そこから段々と、里奈は蓮也に惹かれていったのだ。蓮也も、里奈と絡んでいく内に性格が丸くなった。
――そうして付き合いをして結婚し、凜と琉愛を生んだ。そして、來貴を引き取った。それから今まで、幸せに生活を送ってきた。
しかし……蓮也が死に、來貴が闇に潜っている。來貴と凜たちの間にも壁が出来て、歪み始めていることを感じた。
(過去にも、來貴とどう接したら良いか蓮也に相談したことがあったわね。……その時にもう、答えはあった)
來貴が引き取られた直後、中々距離を縮められないため、里奈たちは來貴とどう接するかの家族会議を開いた。その結果出たのが、"時間を待つ"・"積極的に話しかける"・"そっと來貴の心に寄り添う"と言う案だ。
それは審議の結果、三つ目の案が採用されることになった。
――その結果、來貴との距離を縮めることに成功した。來貴の根本的な性格は、幼い頃から変わっていない。変に探りを入れるよりも、ただ何も言わず自然に接する方がいいのだ。
(――いろいろありすぎて、ちょっと疲れたわね……)
最近、里奈は忙しい。それに加え、來貴が衝撃の事実を何個も言い放ってきたのだ。頭と胃が痛くなってきている。そのため、寝て解決しようと思ったのだ。今は昼間だが、昼寝くらいいいだろうと……里奈はベッドに潜り、目を閉じた――――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――凜は、自分の部屋でベッドに寝転んでいた。その頭の中に、悩みと不安を抱えながら。
(どうすれば良いんだろう……來くんとの間に、壁が出来てる。それに、何をしようとしているの……?)
目を閉じ、顔に腕を乗せながら悩みを浮かべる。悩みの種は勿論、來貴の事。力を隠していただけかと思ったが、その背景に"世界の破滅"を防ぐと言う大きな目的があった。
そしてその過程で人間を辞め、悪魔となった。別の能力も得て、見た目も変わった。しかし、來貴の精神が磨り減っているのはわかる。夏休みのいつかの日、それを感じた瞬間があった。今思うと、それは師匠を自分の手で殺したからでは無いだろうか。
來貴の発言の内にも、そう言う旨はあった。師匠――オリケルスとの殺し合い。その結果、悪魔化を使用し勝利した……と言うのならば、辻褄が合う。
それだけでは無い。アルヴァダ帝国との戦争で、蓮也が死亡した。……遺された全員、哀しみに溢れていた。それは來貴も凜も同じであり、哀しんでいるのがわかった。凜も、蓮也の死で思うところはある。
凜は、こう思っている。
來貴には、傷ついてほしくない。出来ることなら、軍人として普通の生活をしてほしかった。それならば、よっぽどの事が無い限り傷付かなくて居られるから。
しかし、それが必ず成し遂げなければならない事ならば。來貴の意思は、昔から強い。だからきっと、それを放棄する事は無いだろう。
凜は身体を起こし、手を強く握る。
(來くん……いつか、私が救けるからね?)
凜は、決意した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
琉愛は、部屋で勉強をしていた。黙々とやっているが、何処か集中出来ていない部分がある。それは、來貴が語った真実を聞いたからだろうか。
勉強は、順調には進んでいる。しかし、所々間違いがある。それを直していき、再開。ひたすらにペンを走らせた。
「――やめよ」
数分後、琉愛はペンを置いた。座っている椅子に身体を預け、深くもたれかかる。同時に天井を見ながら、目を閉じた。
……そして、溜息をついた。頭の中に、不安を浮かべながら。
(お兄ちゃん……何を、しようとしてるの?)
琉愛の不安は、大きいものだった。自分たちに明かしてくれた、來貴のその力。それはあまりにも強大で、今まで隠していたのが納得できるほどだった。これは、全員が思っていることだと琉愛は考えている。
だが、來貴が何をしようとしているのか。それは、わからなかった。世界の破滅を防ぐと言っているが、本当にそれだけなのか。それとも、別の何かがあるのか。どちらにしても、琉愛は來貴と一緒に居たいのだ。
故に、來貴には死んでほしくない。もう、蓮也が死んだのだ。大切な人の死を味わうのは、もうこりごりなのだ。
琉愛は凜のような勤勉さや、來貴のような絶対的才能は無い。だが、琉愛は天性の勘の良さを持つ。内に秘めている能力も、蓮也と似て強力だ。自分でも、弱くは無いと考えている。
(お兄ちゃん……私に出来ること、あるかな?)
願いを乗せ、琉愛は心の中で呟いた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――來貴は、椅子に座って俯いていた。表情を殺し、手を組んでただ考える。
(……ルシファーの事については、話さなかった。……そもそも俺の中にいるだけだし、言う必要は無い。それに、言えば混乱が増すと思った)
先程行った、力の説明。それにより、自身が人間では無くなったと独白した。凜たちの反応は、予想通りだった。だが、部屋に戻ろうとした時に引き止められたのは予想外であった。
だからこそ、來貴は戸惑った。だが……同時に、少し安心出来た。自分が、凜たちに嫌われていないと確認出来たから。元より――嫌われていないのは、解っていたが。
しかし、壁が出来た。出来てしまった。この壁はきっと、長い間構築されたままになるだろう。それを、來貴はわかっていた。
『……俺の事を話さなかったのは、英断だ。ただ――お前、持っていたのか……万物具現化の眼を』
脳内から話しかけて来たルシファーは、心配そうな声をしていた。見かけによらないな……と、來貴は思いつつ、その声に応じる。
「……そうだな。ただ、制約がある。それがあるから、能力の全てを引き出すことは出来ない。再現出来る能力の数は、精々10個ほどだ」
呟くように、來貴は言う。その声は暗く、何処かルシファーに向けているようでは無かった。ルシファーには、來貴が何故そうなっているかの原因はわからない。だが、予想は付く。
力を説明した前と後で、明らかに雰囲気が変わっているのだ。気付かない方が難しいだろう。
『――そうなのか。まぁ、今それは重要なことでは無い。お前は何故、ここまで暗くなっている?』
ルシファーが聞く。声に抑揚は無く、興味が無いように思える。だが、実際は來貴の事を心配している。ただ、ドルナイトを殺せる可能性がある者だから――と云うのが全ての理由だが。
「……さあな」
――顔を上げ、窓の外を見ながら呟く。
『……そうか』
最後にそう呟いてから、ルシファーは意識の奥底へと消えた。來貴はそれを感じた後、椅子から立ち上がる。それから窓枠に手を置き、心の中で決意を固めた。
(――世界の破滅は、必ず防がねばならない。……防がなければ、凜姉たちと一緒に居られないから。……ただ)
來貴は、フッと笑った。その笑いには、何が含まれているのだろうか。少なくとも、喜びでは無いのは確かだ。
(――辛いな。凜姉たちに、心配を掛けている。……この状態は、いつまで続くんだろうな)
眼を閉じる。頭の中に思い浮かべるのは、神藤家で過ごした憧憬。その中には、黒髪の少年がいて――。
――しかし、その虚像もすぐに消えていく。自分はもう、神藤一羽では無い。結月來貴なのだ。もし、そのまま生きることが出来て、普通に柚那や凜たちと会えることが出来たら……もし、柚那を護ることが出来たら――。
「……駄目だな。俺の人生には、後悔が多すぎる」
來貴は、嘆息するように呟く。その後悔は、もうどうしようもない事実となっているのだ。今更嘆いたところで、変わることは無い。
(……護らないとな、凜姉たちは。この戦いに、巻き込むわけにはいかない)
窓枠を強く握る。眼を開く。心に、何度目か解らない決意を宿して。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうして、一日が経った。今日は土曜日であり、俺が神藤家に行く日だ。事前に琴音姉さんに連絡を取っていて、快く許可をもらった。
先程朝食を取り、今着替えている途中だ。ちなみに、朝食を取っているとき、いつも通りだった。何処かよそよそしかったが、俺にとってはそちらの方がありがたかった。
そんな事を考えながら、どの服を着ようか考える。兇介に考えてもらった一式は、全てあの時に破れた。ズボンは破れていないが、所々切れている部分がある。
俺は数秒間思案した後、今目に付いたものを着る事にした。適当だが、まぁ問題ないだろう。
今は10月で、外はまぁ涼しいくらいだ。黒のパーカーの中に、白いシャツ。そして、灰色のズボンだ。とても雑だが、これ以上は考えられない。
"白天黒滅"は……持って行かなくて良いだろう。そもそも、持って行って何に使うのか。何も無し……で、良いか。家の鍵とスマホは持って行くけど。持っていくものを考えるのは、面倒だ。
――そうして、俺は部屋から出た。階段を降りていき、玄関のドアの前に立つ。凜と琉愛には、朝食の時に今日出掛けると伝えてある。小さく、俺は「いってきます」と告げる。それから、家を出た。
神藤家の場所は、覚えている。俺の家からのルートも、琴音姉さんに電話した時に教えてもらった。
……さて、どうなるかな――――。
そう考えながら、俺は歩を進めた。




