97話「退院」
病室に入って来たのは、文奈たちだった。文奈の他には黎、雫、刀華、瞬華、彩月、竜二、怜次が居る。文奈、黎、雫、刀華の四人に瞬華、彩月、竜二、怜次の四人が合流し、目的が同じなため一緒に来たのだ。
随分病室が賑やかになったなと、來貴は思った。病室内にいるのは、來貴を含め12人。病室は広いためあまり窮屈にはなっていないが、それでも狭くなったと感じるようになった。
中にいる人たちに驚きながら、文奈たちは來貴の元へ行く。凜たちは、端っこで見守る。
文奈は來貴に話しかけようとしたが、その前に瞬華たちが話しかけた。
「來貴君……いろいろ聞きたいことはあるけれど、まず謝罪させて。……ごめんなさい、あなた一人に押しつけてしまって」
瞬華は、頭を下げる。それに続いて、刀華と竜二と怜次も頭を下げた。文奈たちは一歩引いてその様子を見ている。
今日の内で、謝られるのは何回目だろうか。片手で数えられる数だ。だが、こうも謝れるとむず痒いと來貴は感じていた。別に罪悪感は感じていない。ただ、謝らせるほど深刻に思っていないのだ。
琴音の事も、凜たちの事も。それぞれ、來貴の人生に大きく関わっているだろう。……特に、琴音が持ち出してきた内容は。だからこそ、気にしてほしくないのだ。自分の事は、もう自分で決められるから。
「――頭を上げてください。俺は気にしていませんよ」
來貴がそう言うと、瞬華たちは頭を上げて來貴の方を見据える。そして、瞬華が代表してこう言った。
「……ありがとう、來貴君。そう言ってくれて助かるわ」
そして、瞬華が言い終えるタイミングを見計らってか、文奈が來貴に話しかけた。
「來貴君……身体、大丈夫なんですか? 後遺症などは、残っていませんか?」
心配そうに、文奈は問いかける。來貴は文奈の方を見て、その問いに答える。
「ああ……何ともない」
簡略化された答えを聞き、文奈たちは來貴は入院こそしているが無事であるとわかった。
それがわかった時、文奈たちは胸をなで下ろす。文奈たちは、來貴たちが戦っている様子を見ていた。來貴が傷を負ったところも、悪魔化を使ったのも知っている。途中からは避難したが、その時は來貴が劣勢だった。
後に來貴が勝利したのは知っているが、怪我をしていたため後遺症等を心配したのだ。ただその心配は、杞憂だったようだが。
そして、文奈たちは次の質問を繰り出す。
「來貴君、いつ頃に退院出来そうですか?」
文奈のその問いに、來貴は普通に答える。瞬華たちも、來貴が何と答えるか聞き耳を立てている。
「数日後には退院出来る」
回復が早いなと、この場にいる全員が思った。一週間はかかると思っていた文奈たちは、その答えに少し驚いている。凜たちもそうだったが、來貴が規格外なのはわかっているためそんなに驚いていない。
――そんな文奈たちの様子を見て、來貴は窓の方を目を向ける。文奈たちが嫌いだから、と言うわけでは無い。友人として、大切に思っている。ただ、眩しかったのだ。軍事機関に染まっていながらも、純粋にいる文奈たちが。來貴は、世界の闇に沈んでいる。
……悪魔となった自分が、純粋だとは思えない。それに、この力を受け入れてくれないと密かに思っているのだ。
「……ねぇ、凜。來貴君にあの黒い翼の事とか、聞いた?」
瞬華は凜に話しかけ、來貴が出した悪魔の翼の事を聞く。
「琉愛が聞いたよ。今は、答えてくれなかったよ。でも、退院した後に詳しく教えてくれるって」
「……そう。なら、その時詳しく教えてもらおうかしら」
そう言って、瞬華は彩月の所へ行った。凜はその様子を一目見た後、琉愛と話し始める。
――文奈たちは、迷っていた。來貴にあの事を……黒い翼の事を聞くか。今來貴は、病室内にいる文奈たちとは反対方向……窓の方を見ている。そこから見える外は全て病院の敷地であり、景色は良くも悪くも無い。
ただ、車と人の往来が見えるだけだ。それも、かなりの数の。
「――文奈さん」
「ど、どうかしましたか? 凜さん」
いきなり凜に話しかけられたため、文奈は少し戸惑ってしまう。
そんな文奈の様子を見てフフッと微笑みながら、凜は口に指を当てながら言う。
「來くんにその事を聞くのは、退院してからにして? その時に、詳しく話してくれるそうだから」
「……はい、わかりました。そうします」
そう言って、文奈たちは來貴から少し離れた場所で話し出した。
――しばらく窓の外を見ていた來貴は、病室の中に目を戻す。そこには、各々話し出している凜や瞬華、文奈たちの姿があった。
(……なんだこの状況は。完全に俺が置いてけぼりになっている)
ここに来た目的が何なのか、ここにいる全員に問いただしたい程騒がしい。最初に来ていた凜たちでさえも、瞬華たちと話している。大人である里奈と刀華と怜次も、來貴と話さず互いに会話したり竜二と話している。
病院に来たのに、病人と話さないとはこれ如何に――――。
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――――結局、数分後に全員帰った。もうここでやることが無いと気付いたため、即刻帰って行ったのだ。
來貴は身体をベッドに降ろし、息をつく。空間の変化に、少し疲れたのだ。
数分前まで人の声で包まれていたこの空間が、今では静寂に包まれている。その変化が、ほんの数分で行われた。あまり喋っていなかったが、ずっと病室にいる來貴には少し苦だったのだ。
(……この状態だと、全然動けないな。せいぜい、身体を起こすのと寝かす事しか出来ないな)
來貴は、自身の不便さに嘆息する。かと言って何か出来るわけでも無いので、そのままベッドで横たわっていた。
そうして数分、病室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼するわ」
病室の扉が開け放たれたと同時に、入って来たのは衣良文とその補佐。その補佐はタブレットを持っていて、どうやら來貴の魔力路の状態を記録しているようだ。
來貴がいる病室に入って来た衣良文は、ベッドの近くにある椅子に座る。そして、自身の近くに補佐の軍人を立たせた。その状態のまま、衣良文は來貴に話しかける。
「結月君、身体の調子はどう?」
その問いに、來貴は「普通です」と答える。
「そう、なら良かったわ。じゃあ、早速始めるわね」
そう言って、衣良文は能力を行使する。『治療と再生/あらゆるものを治療し再生させる能力』の本質は、"回復"。そもただ回復するだけでなく、完璧に回復させる。治療が終われば、能力の効果により自然再生が始まるのだ。ただ、その速度には個人差がある。
それを促成するため、衣良文は援助魔法『回復』を併用しているのだ。ただ、今は使っていない。それをしてしまうと、魔法を使用した際に生じる魔力圧で、來貴の魔力路が潰れてしまうからだ。
來貴の再生速度は速い。それはかなりのものであり、常人なら一週間はかかると言われていた魔力路の回復も、もう半分以上は終わっている。このペースで行けば、残り数日で退院出来るだろうと、補佐の軍人が持つタブレットを見た衣良文は言っていた。
そうして、衣良文が能力を行使すること数分。衣良文の能力行使が終了した。
衣良文は、補佐の軍人からタブレットを受け取る。そして、今の來貴の状態を見た。まだ繋がっていない部分はあるが、大きさに差異は無い。すぐに治るだろうと、衣良文は考えた。
「じゃあ、もう行くわ。大人しくしててね」
衣良文は手を振りながら、補佐の軍人を引き連れて病室を出て行った。
――再び、病室内が静かになる。あまりうるさくは無かったが、來貴は何かしみじみするものを感じた。
來貴はする事が無くなり、首を傾ける。その目線の先には、病室の窓があった。
(後少しで退院だな……)
そう、考えながら。
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――そうして、二日後。來貴は、退院する事になった。ボロボロになった魔力路は、正常に繋ぎ合わされて大きさの差異は無くなった。要は、完治したのだ。
退院するまで来ていた病人服を脱ぎ、家からの輸送で持って来てもらった服を着用している來貴。靴は、いつも履いているものを持って来てもらった。
病院の受付の人に「お世話になりました」と言ってから、來貴は病院を出る。
外に出た來貴は、病院の駐車場へと向かう。そこで、里奈が迎えに来てくれるからだ。駐車場へ向かう中、來貴は顔を顰めながら心の中で思考を巡らせていた。
(魔力が回復しない……魔力路が治ったばかりだからか?)
そう、魔力が回復していないのだ。魔力路は治ったが、その道を巡る魔力が身体に無い。そのため身体がいつもより重く、能力は使えないとわかる。
そう考えていると、いきなりルシファーが内から話しかけて来た。
『まぁ、治ったばかりだからな。完全に魔力がゼロになれば、回復するのには時間が掛かる。普段の魔力切れは魔力が残っているから、魔素が魔力に引っ張られる。今は魔力が無いから、魔素が魔力に引っ張られない。だから、数日はそのままだろうな』
「……そうか。初めて知った」
その言葉に適当に返事しながら、駐車場に向かって歩いて行く。
やがて数分経った後、來貴は駐車場に着いた。そして広大な駐車場の中で、里奈の車を探そうと歩き出す。
特徴を挙げるとするならば、白くて大型だと言うことが挙げられる。しかし、そのような特徴の車はこの駐車場に数多く駐まっていた。そのため、その特徴のみで判別するのは難しい。
しらみつぶしにその特徴を持つ車を見て行くしか無いかと考えた來貴だったが、数秒後にその必要は無くなった。
「來貴、こっち。まずは、退院おめでとうと言っておくわ。……着いてきて」
里奈が、直接迎えに来てくれたのだ。來貴は里奈に着いていき、車が駐めてある場所まで向かう。
その場所へと向かう途中、しばらく会話は無かった。しかし、いきなり里奈が來貴に話しかけた。
「――來貴。入院生活……どうだった?」
「不便だった。首と腕に点滴が刺されてあったから、まともに身体を動かせない。でも、首の点滴が外れてからはある程度動けるようになった」
それを聞いた里奈は――慈愛に満ちた、しかし何処か哀愁漂う微笑を浮かべる。その表情を見た來貴は、疑問を覚えたが口には出さない。慈愛と哀愁の矛先が、何処であるかを察したから。
「……そっか。……よかったわ」
里奈がそう言い終えた後、会話は無くなった。だが、空気が悪くなることは無かった。だってそれは、"家族"だから。
――そうして数分歩いた後、里奈の車が駐めてある場所へ着いた。早速里奈は來貴を乗せ、結月家の自宅へと向かう。
その途中も、会話は無かった。しかし、車が駐めてある場所へと向かう時と同様に、空気が悪くなることは無い。
軍事機関の病院から結月家の自宅まで、それなりに距離がある。そのため、來貴は助手席で頬杖を突いて外を眺めていた。
――そうして、数十分。車を走らせ続け、結月家の前に着いた。里奈は家の駐車場に車を駐める。
里奈が車を駐めた後、來貴と里奈は車から降りる。里奈は玄関の扉を開け、先に中に入る。扉は、開けたままにして。
「…………」
來貴は意味がよく分からず、玄関の前に立ち尽くしたままだった。そんな來貴を、里奈は急かす。
「何してるの? ほら、速く入って」
里奈に急かされるまま、來貴は家に帰ってきた。途端、リビングから顔を出した凜が笑顔で言う。
「おかえり、來くん!」
しばらく呆気にとられた來貴だったが、すぐに返事を返す。
「……ただいま」
そんな來貴と凜の様子を見て、里奈は微笑みながら言う。
「あら、先を越されたわね。……おかえり、來貴」
微笑を浮かべた里奈が言い終えたところで、階段からドタバタと足音が聞こえた。來貴は階段の方を見て、その正体を確かめる。もっとも、予想できる人物は一人しかいないが。
「――あ、お兄ちゃん! 帰ってきてたんだ! おかえり!」
元気のある声で、琉愛は言った。その表情はとても笑顔で、來貴の退院を祝っているように見えるだろう。
揃ったところで、凜がリビングから出て來貴の元へと行く。
「お腹、空いたでしょ? 昼ご飯、出来てるから。まずは、手を洗ってからだけど」
現在の時刻は、13時を過ぎたか過ぎていないかの所。昼食の時間であり、普通なら腹も空く頃だろう。
「……わかった」
それから來貴たちは手を洗い、昼食を食べ始めた。




