96話「questions」
來貴は桂と琴音が去った後、壁に掛かった時計を見る。現在の時刻は、午前11時。学校がどうなっているのかはしらないが、もしあるとするならば三限目の途中だろうか。……恐らくは無いと思うが。
來貴が最後に見た記憶では、校舎壊れている部分がちらほら見られる。それに、校庭は全て消し飛んでいるはずだ。戦いの場となったあの校庭は、あらゆる技の応酬により荒れに荒れている。
……一日二日で、元通りになる破壊規模では無かったと、來貴は記憶していた。
「――神様……か。近くないうちに、また会うだろうな」
そんな予感がし、傍から見たら意味の分からない事を呟く來貴。……そして、無音の状態が続く。
(――何もする事が無いな)
病室は個室であり、中にいるのは來貴のただ一人。腕と首をあまり動かしてはいけないため、あまり出来ることは無い。
來貴は、目を閉じた――――。
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――――俺は、またあの空間の中で目を醒ます。
『やぁ、派手に戦ったようだね。……まぁ、お疲れ様と言っておくよ』
ドールは歩いて俺に近づきながら、そう言った。そして俺の肩に手を置き、続けざまに話し出す。
『君の記憶が全て戻ったのは、既に分かっているよね? まぁ分かっている前提で話させてもらうけど……なんでだと思う?』
横目で俺の方を見ながら、ドールは聞いた。……記憶が戻った理由か。いきなり戻ってきたから、何のことかさっぱりわからないな。何か特別な事が、覚醒以外にあったとは思えない。もしくは、覚醒が影響しているのか。恐らく違うと思うが。
何が要因で、記憶が戻ってきたのか。そんな事を考えていると、ドールから声が掛かった。
『――わからないか。今回はものは、君の成長を祝福して……だよ』
「……成長だと?」
俺がそう聞き返すと、ドールは笑いながら言う。
『そうだよ。君はもう、柚那の死を乗り越えた。……少し前に起こった蓮也の死も、乗り越えているだろうからね。問題はまだあるけれど、ご褒美をあげないとって思ってさ。辛い事にも、目を向けられるようになったしね』
――記憶が戻った理由は、それか。……確かに、柚那の死は辛かった。でも、いつまでも下を向いていたら、柚那に怒られるからな。
親父に関しても……そうだ。遺言通り、家族を哀しませないように、生きていく。そのためには、もっと力がいる。いずれ、ドルナイトと戦うことになるだろうから。ジーレストより強いと仮定するならば、今の俺では勝てないだろう。
『――ああでも、まだ二つ問題があるね』
ドールが二本の指を立てながら言う。
『君が完全に完成するためには、僕が消えなければならない。けれど、それは無理だ。君にも僕を消すことは出来ないし、僕にも僕を消すことは出来ない。まぁ、僕は決して表に出ることは出来ないからね』
ドールは少し俺から距離を取り、振り返る。そして一つ指を下ろしながら言う。
『一つ目。君と血の繋がった家族の間に、深い溝がある。10年も離れていたから、互いのことをよくわからなくなった』
返す言葉が、思い浮かばない。実際、そう言う節があるからだ。10年間で、俺は変わった。神藤家を出て以来、明人の姿を見ていないが、かなり変わっているだろう。……俺はどう見られるだろうな。
少なくとも、桂――父さんからは何も言われなかった。恐らくは、神藤家へ行った時に聞かれるだろう。そう言う意図の発言もしていた。ただ、明人や母さんは何も知らない。……どうなるだろうな。
黙ったままで居ると、ドールが再び指を下ろした。
『二つ目。正直に言うと、こっちの方が問題だ。君は、凜たちよりも自分の力を信じている。だから頼れないし、信じ切れない』
――これは、紛れもない真実だった。俺は自分が、凜姉たちよりも強いと自覚している。ここ数ヶ月の急激な成長が、俺に強さというものを授けてくれた。だからこそ、俺は自分の力を信じている。
凜姉たちを信用していないわけではない。ただ、大切に思っているのだ。死んで欲しくない、死なせたくないと思えるからこそ、全て自分の力で解決しようと思っているのだ。世界の事も……何もかも。
『君の心の問題だから、どう乗り越えるかは君次第だ。……だけど、君は周りに沢山の人がいる。覚えている事しかない君ならば、わかっているはずだよ』
「……そうだな。どうやら、まだまだ問題だらけだったようだ。お前を消せるように――いや、俺のために頑張ってみるよ」
その答えに、ドールは微笑むだけで返す。
そして、世界は光りに包まれる――事は無く、闇に覆われる。俺もドールも、いきなりの事でかなり驚いていた。
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『……よォ、俺の入る器。俺の名はルシファー。以後、この名前を記憶に残しておけ』
ニヤリと笑みを浮かべながら、その悪魔は闇より出でる。白く長い髪に、血のような赤い瞳。そして、すり切れた黒い服を着用している。來貴もドールも、その存在感に戦慄して動けないでいた。ルシファーはその二人を一瞥し、來貴へと近づく。そして、來貴に目を合わせる。
『マサハスから、俺の存在は聞いているだろう。……今から、詳しい事を話そう。その後は……まぁ、そうだな……その時に考えるか。まず、俺についてからだな』
そうしてルシファーが話そうとしたとき、ドールが行った。
『……僕は帰らせてもらうよ。どうやら、君とルシファーの事のようだしね』
言い終えたと同時に、光りに包まれてドールは消える。來貴とルシファーはそれを見届けた後、ルシファーが続きを話す。
『厄介なものがいるんだな。……まぁいい。俺の名はルシファー。最古の悪魔である"原初の悪魔"の一柱にして、悪魔たちを束ねていた。……そして、大罪の能力をこの魂に宿している。それと俺の意思をお前に受け継がせるべく、お前の中に入った』
來貴は静かに、ルシファーの話を聞く。動揺もせず、驚きもせずに。
『――俺の能力は"傲慢之邪神"と"悪魔の罪証"。傲慢之邪神が"全てを捻じ伏せる能力"で、悪魔の罪証が"罪を自身の力に加算する能力"だ』
ルシファーは手を掲げ、グッと力強く握る。
『そして、俺の意思。それは、ドルナイト様を止める事だ。俺たちは、ドルナイト様から生み出された。その後、何万年も間見続けてきた。だからこそ、あの方がどんな性格でどんな事をするかわかっている。……世界を破滅に導くなんて事、するとは思えない。だから、止める。しかし、俺たちは負けた。だから、有望そうな者たちに意思を継がせる』
ルシファーは、掲げていた手を下ろす。來貴の目を見ながら告げる。
『俺たちの代わりに、ドルナイト様を止めてくれ。……選定を終えている時点で、その意思はあるだろう。勝手だが、お前がその資格があるかどうかを判断するためにここに居させてもらう。二段階目の覚醒をしたら、俺の能力を使わせてやる。……二段階目まで覚醒しないと、俺の能力に耐えられないからな。……それと』
注意するような目を來貴に向けながら、ルシファーは言う。
『覚醒直後は、あまり動かない方がいいぞ。本来、修行の果てにアレは起こるものだ。そして、起こった後は寝るか動かずにいる。覚醒によってもたらされる絶大な力に、身体を慣れさせるためだ。能力を使うのも、勿論駄目だ。……お前の魔力路がボロボロになったのは――まぁ、俺が魔力を供給したのもあるが、覚醒後の力に慣れていない身体に、全力で能力を使ったのが主な要因だ』
「――肝に銘じておく」
ルシファーがそう言い終え、來貴が返事をした後、世界は闇に包まれる。この後目覚めるのだろうと、來貴は直感で感じた。ドールの時は光りであったが、ルシファーの時は闇。來貴はこの違いを、種族の違いだと考えた。
ドールは神の化身であり、ルシファーは最凶の悪魔。……イメージとしては、光りと闇は合っている。そんな事を考えながら、來貴は目を醒ます――――。
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――――凜たち"家族"は、一緒に來貴の病室に向かってた。自宅での待機期間が終わった後、すぐさま來貴の病室へと向かっている。
全国の軍事学校の生徒は、アルヴァダ兵の潜伏を警戒及び捜索するため自宅に待機させられていた。被害を出さないためだ。一般の方々には、アルヴァダ兵が居ると仮定した範囲に近づけないようにしていたが。アルヴァダ兵が東京に侵略し、撤退した日からそれは行われていた。
日数は三日。そして今は四日目。それは午後2時まで続き、アルヴァダの残存兵はいないと判明した。
そして先程、ようやく外に出てもいいと通達されたのだ。
凜はそれまで、自宅で來貴の事を考えながらテスト範囲の復習をしていた。琉愛も同じで、來貴の事を考えながら次の範囲の予習をしていた。内容は頭に入ってきているが、ペンを動かす手は何処か遅かった。
そんな中届いた、來貴の目覚めと自宅待機の解除。それを聞いた凜たちは、すぐさま來貴の元へ向かった。病室は元々、医療班である里奈が知っている。そのため、里奈の顔パスで病院に入りそのまま來貴のいる病室へと向かう。
階段を上がり、來貴のいる病室――315室へと行く。廊下を走るとマズいので急ぐ気持ちを抑えながら歩いている。そうして、315室の前に着いた。
(ここに……來くんがいる)
はやる気持ちを凜は抑え、病室の扉をノックする。数秒経った後、中から來貴の「どうぞ」と言う声が聞こえた。その声を全員が聞いた後、中へと病室の中に入る。
凜たちが見たのは、病室のベッドで身体を起こしている來貴。その腕と首には、点滴が繋がっている。
「――凜姉、琉愛、義母さん……」
來貴はそう呟くと、目を逸らそうとする……が、目を逸らさずに凜たちの方を見た。
「來くん……大丈夫、なの?」
その質問は、野暮なのかもしれない。でも、凜は聞かずには居られなかった。
「……ああ、大丈夫だ。後遺症は無い。魔力路もすぐ治るし、多分後数日で退院出来る」
來貴の言葉を聞き、凜は安心したように胸をなで下ろす。そして、涙ぐみながら來貴の手を握る。
「――ごめんね、來くん。あの時、一人で戦わせちゃって。私たちが、弱いから……入院する羽目になっちゃって」
静かに、來貴たちはそれを聞き届けた。あの時起きた出来事は、里奈も琉愛も把握している。
強力なアルヴァダ兵に、凜たちは手も足も出なかった。そのため、來貴が一人で戦い、勝利した。その過程で、來貴は傷を負い入院することになった。この全てを、あの時に起こった、戦いを。
「――いいよ。俺は気にしてない」
來貴の返事を聞いた後、里奈は凜の背中に手を置く。
そうして数秒、凜は落ち着きを取り戻す。その様子を見つつ、恐る恐るといった感じで琉愛は來貴に話しかける。
「ねぇ、お兄ちゃん。見た目が変わったのって、その……黒い翼みたいなのが関係してるの? もしくは、別の能力を持ってる……とか。お姉ちゃんから聞いた話で、翼が生えたときに傷が全部治って、空中に浮かんで、黒い何かを出してた……お兄ちゃんの覇壊の轟きじゃ、そんな芸当は出来ないと思って」
――琉愛は、勘が良い。だから、些細な事でも真実にたどり着くことが出来る。少し違う部分はあるが、おおよそ正解である。黒い翼は変わって修行をした結果出来たことで、琉愛が言う黒い何かを得た時に変わったのだ。
凜と里奈は、琉愛から繰り出された推測に驚愕していたが、すぐ頭の中で整理し納得した。……そして、その答えを持つ來貴に目を向ける。
「――ああ、そうだ。少し違う部分はあるが、おおよそ合っている」
あっさりと、來貴は答えた。合っている、と。少しは躊躇うと思っていたため、琉愛たちはぽかんとしている。しかし肯定したと言うことは、琉愛の推測が当てって居ると認めたと言うこと。
この場にいる全員が、それをわかっている。里奈が冷静に、口を開く。
「そう……なのね。……詳しく、教えてくれるかしら?」
來貴は、しばらく沈黙を続ける。……そして、答えた。
「――……それは、退院してから話す。そっちの方が、わかりやすいと思う。今は、何も出来ないから」
凜たちは、來貴の答えに陰を残しつつも納得した。その様子を見て、來貴は心の中で溜息を漏らす。
いつか、言うべき時が来ると來貴はわかっていた。……恐らく、それは今なのだろう。しかし、言う勇気が出なかった。話すだけならば、この状態でも出来る。能力や悪魔化を見せながらの説明の方がわかりやすいのは理由の一つだ。
だが、口が開かなかったのだ。そのせいで、沈黙が続いた。その結果捻りだした言葉が、後回しである。
(……俺は人間じゃない。それはいずれ明かされるだろう。受け入れられる……とは、思っている。だが、開きすぎてしまった力の差をどう思うだろうか)
凜たちと來貴には、差があった。才能も、強さも、何もかも。そして、その全ての頂点に來貴が立っている。ただでさえ力の差は大きかったのに、強くなりすぎてしまった事でその差は確固たるものとなった。
――それをどう思うかは、わからない。恐れも、羨望も、受け入れるつもりで來貴はいた。
凜たちの気持ちを、知らずに。
(――來くん、何かあったんだね。……自分を変えてしまうほど、影響の強いものが。……でも、安心して。私たちは拒まないよ)
凜たちは、來貴を恐れたり、羨んだりすることは無い。ただ、結月來貴を好いているのだ。だからこそ、今は何も言わない。それを言うのは、全て明かされた後だ。
その時には、笑顔で受け止めようと、凜は考えている。
(……今度は、私が救ける)
静かに、決意を固めながら。
(――お兄ちゃん、また抱え込んでる。……そんなに抱え込まなくても良いのに。私たちは、お兄ちゃんの事大好きなんだよ? 何かあるなら、一緒に乗り越えようよ)
琉愛も、同じだ。來貴を恐れたり、羨んだりすることは無い。來貴の事が好きだから、最善の択を選ぶ。
(……私にも、背負わせて欲しいな)
想いに意思を、乗せながら。
「――あ、忘れてた。來くん、校長先生から伝言預かってるんだ。"学校は修築するため、しばらく休校です"だって」
「……そうか。……休校か」
「え、それだけ?」
――それから……病室の中には、雑談の輪が広がった。
十数分間そうやって話していると、來貴がいる315室の病室の扉がノックされる。里奈は來貴に確認を取ると、「どうぞ」と言う。
「來貴君、起きてますか……って、凜さん?」
「あら、文奈さん」
病室に入って来たのは、文奈たちだった。




