95話「10年の時を経て」
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「――ここは……?」
目が覚めると、俺は知らない場所にいた。
(頭がひどく痛むな……)
頭が痛い。何かが、入り込んでくるような感覚がある。それは十数秒間続いた後、収まった。……入って来たのは――いや、今は良いか。
ジーレストと戦って勝利し、そのまま空中から落下しながら倒れたことまで覚えているが……と言うかそれで全部か。意識が落ちる直前、誰かに抱えられたような気もするが……その辺りはあまり覚えていないな。
凜姉たちは避難していただろうし……誰だったんだ? そんな事を考えつつ、俺は辺りを見渡す。白い天井、白い床、白いベッド。……そして、俺の身体中に突き刺さっている点滴のようなもの。ここは軍事機関専用の病院だろう。
目立つ怪我は、悪魔化の効果で治っているはずだが……どこか悪い部分でもあったのだろうか。身体の痛みは無い。異常があるとすれば……魔力が空っぽなところだろうか。魔力が身体を巡っていないし、身体が少し重い。
ぼんやりとそう考えていると、突如病室の扉が開いた。入って来たのは……衣良文先生だ。
「起きたのね、結月君。……想定ならば、後一週間は目覚めないはずだったのだけど……随分速い目覚めね」
白衣に身を包み、俺の状態が記されているであろうタブレットを持ちながら、衣良文先生はそう呟く。そして、俺がいるベッドの近くにある椅子にドカッと座った。
「とりあえず、貴方の今の状態について言うわね。よく聞いてなさい」
俺は衣良文先生の方を向き、話を聞く態勢になる。
「全身の血管がボロボロ、両腕と肋骨の骨折以外に目立った怪我は無かったわ。それは全部治療したけど、しばらくは激しく動いちゃ駄目よ。完治しているけれど、また壊れる可能性があるから。……まぁ、これらの怪我はあまり重くないわ。すぐ治ったからね。――問題はこれよ」
そう言いながら、衣良文先生は持っていたタブレットの画面を見せつけてきた。
画面に映っているのは……人の身体だろうか。それに、うっすら黒銀色の線が浮かんでいる。これは魔力路を表しているのか。と言うよりも……俺の、魔力路だな。魔力色が俺と同じだ。
――だが、線の大きさに差異があり列がグチャグチャ。……俺の身体に何かあったのだろうか。……いや、何かあったのだろう。
「結月君、貴方の魔力路はボロボロよ。限界を超えて魔力を使い続けたせいで、魔力路全体が壊れてる。具体的に言えば、異物を取り込んだかのように魔力路が無茶苦茶に磨り減っているの。あなたの魔力はしばらく回復しないし、おまけに能力も使えないでしょうね。……身体の内に、魔力は感じないでしょう?」
俺は目を閉じ、身体の内に眠る魔力を探す……が、魔力は空っぽだった。ほんの少量残っているわけでも無く、ゼロだ。恐らくは、あの時聞こえた声の主の魔力を取り込み、死黒暴滅で無理矢理適合させたからだろう。
それに、あの時魔力はほぼ空っぽだった。一気に魔力を取り込んだ事で、魔力路が対応出来なかったのだろう。
「ちなみに、貴方は四日眠っていたわ。普通なら、最低でも一週間は起きないはずだった。戦いの疲労、能力の酷使、限界を超えた魔力の使用が原因でね。まさか四日で起きるなんて……人間とは思えないほどの回復能力だったわ。予定より早く手術が終わったし」
呟くように、その事実を口にする衣良文先生。……と言うか、俺は四日眠っていたのか。後、俺は眠っている間に手術をされたのか……え?
「私の『治療と再生』でも、魔力路の治療は厳しいわ。これはあらゆるものを治療し再生出来る能力よ。これがあれば、出来ないことは無いけど……ここまでひどいのは初めてだからね。私が少しずつ能力を使って、治しているわ。回数は一日に三回、ここに来て能力を使うわ。今一回目を行うから、動かないでね」
そう言いながら、衣良文先生は膝の上にタブレットを置く。これから能力を使うのだろうか……そう思っていたら、意外な言葉が降りかかってきた。
「――これで終わりよ。……だけど、正常に繋がるのは時間がかかるでしょうね。直接貴方の身体に能力を使うと、魔力圧で魔力路が潰れちゃう。そうなれば、貴方は一生能力が使えなくなる。その点滴から私の魔力を少しずつ流しているから、暴れたりしちゃ駄目よ」
能力を使っているような様子は無かったが、能力を使ったのだろう。俺の身体に、魔力が巡る感覚が確認出来た。
「治療が終わって魔力路が繋がれば、自然に魔力路はいつも通りに再生するでしょう。それまで絶対安静よ。動いたら繋いだ魔力路がバラバラになるわ」
その勧告を聞き、俺はいつ治るのだろうとぼんやり考えていた。それまでは動けないし、魔力も回復しないだろう。
「後、校長先生に感謝しておきなさい。あの人が、空中から地面に激突しそうになっていた貴方を受け止めたのだから」
衣良文先生はそう言いながら、椅子から立ち上がる。そして、ひらひらと手を振りながら病室を出て行った。
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――來貴は目を閉じ、身体にある魔力に意識を向ける。……少しずつ、点滴から魔力が入っているのがわかった。ごく少量であるため、意識していなければ感じることの出来ない量だが。
「……随分と、派手にやったみたいだな」
「――!」
もう止めようかと思っていたところで、ある人物が入って来た。それも扉からではなく、開いている窓から。その入って来た人物は、來貴がいるベッドの横に立ち、徐に話し始めた。來貴の方に、目を向けずに。
「勝ったみたいだな。おめでとう、と言っておく。それに、あの方にも認められたようじゃないか」
「……あの方?」
來貴が聞き返すと、入って来た人物――マサハス・ロンディーネは、詳細を語り始める。
「あの方――ルシファー様が、お前の魂に入り込んでいる。お前に魔力を貸した方だ。詳しい事は、後ほどルシファー様がお話になるだろう。……あぁ、それと」
マサハスは來貴の方を向き、澄んだ目で言う。
「――來貴。お前も、"覚醒"したんだな」
驚愕。來貴の反応は、正にそれだった。マサハスは、來貴とジーレストの戦いの場――軍事育成機関高等学校にはいない。ジョンの家にて、その戦いを観測していたのみだった。だが、そこから放たれる技の数々、魔力の波動はしっかりと感じていた。
目視ではさすがに見えなかったため、戦況はエオからの報告で把握していたが、覚醒の波動は感じている。ただ、感じているのはマサハスのみで、エオとジョンは全くわからなかったが。
「……ああ。何故分かったんだ?」
來貴がそう聞くと、マサハスはあっさり答えた。
「オレも"覚醒"しているからだ。そのついでに、覚醒について詳しい事を説明する。よく聞いとけよ」
マサハスはそう言いながら、三本の指を立てる。
「――まず、覚醒の条件を言う。一定の強さ・聖邪の力を持つ存在が、何かを強く渇望しながら魂に聖邪の力を込める。これが、覚醒の条件だ」
説明し終えた後、マサハスは一つ指を下ろす。來貴はマサハスが言った覚醒の条件を理解出来たが、一つ聞き慣れない単語があった。
「……聖邪の力ってなんだ?」
とりあえず、來貴はマサハスに聞いてみる。
「それは、後で神様が教えてくれる。覚醒の事が先決だ。……次に、覚醒の段階だ。覚醒は、一回のみではない。覚醒は三段階あり、回数を重ねれば重ねる程――"神の領域"に近づく。三段階目にもなると、神の一歩手前にいる。オレは一段階しか覚醒していないがな」
説明し終えた後、マサハスは再び一つ指を下ろす。覚醒の条件に続いて語られたのは、覚醒の回数。恐らく、次で最後なのだろうと、來貴は推測した。ならば次は、覚醒の効果だろうか。そう考えた來貴は、マサハスの次の言葉を待った。
「最後に、覚醒の恩恵だ。一段階目、二段階目、三段階目でそれぞれ違うので、一段階目から話していく。一段階目は、寿命が一万年以上伸び食事の必要がなくなる。二段階目の覚醒は、呼吸と睡眠が必要無くなる。同時に、寿命がかなり伸びる。三段階目の覚醒は、世界に留まるのに肉体が必要無くなり、寿命が無くなり不老不死になる」
――來貴は、絶句した。覚醒によってもたらされる、その恩恵の数々に。それは想像を超えるもので、まさか自分が一万年以上をもの年月を生きられるようになってるとは思えなかった。
マサハスは説明し追えた指を下げたが、思い出したかのように手を叩く。そして、また説明を始めた。
「――あ、そうだ。先程の覚醒の恩恵だが、あれが全てでは無い。恩恵の中でも、特に強力なものを述べたものだ。……他のものも、言っておくべきだと思ってな。身体能力が上がり、魂に聖邪がより濃く残る他、能力の出力が劇的に上がる。……そして、覚醒を終えた者と終えていない者では、強さの"格"が違う。魔力が回復した時、加減を間違えるなとだけ言っておく」
全てを説明し終え、マサハスは目を閉じる。そのまま窓際に向かって歩いて行き、窓に手を掛けた。
「――退院したら、また戦おうぜ。第三の選定の悪魔として、本気で相手をしてやる。……その時が来ることになれば、オレは相手にすらならないだろうけどな。覚醒前でさえ、オレとほぼ対等に戦えていたんだ。同じ土俵に立って戦うなら、オレは――。……おっと、時間のようだ。それじゃあ、幸せにな」
最後にそう言葉を残し、マサハスは窓から出て行った。そうして入れ替わるように、病室の扉が静かに開けられる。音はあまり無かったが、静かな病室内には音が響いていた。
來貴は身体を起こし、音のした方を向く。
――そして、扉の向こうにいた人に目を見開いた。
「……久しぶりだな、一羽。……いや、今は來貴か」
病室へと訪れたのは、桂と琴音だった。
「調子はどうですか? 來貴君」
琴音の問いに、來貴は目を逸らしながら答える。
「……まぁ、いい方です」
來貴はそう答えた後、桂たちの方を向くことが出来なかった。琴音は表情に影を落としながら、來貴に近づく。そして話しかけようとしたが、その前に桂が來貴に話しかけた。
「――來貴。覚えているか? ……俺たちの事を。……敬語は、使わなくて良い」
桂の質問。その答えを、既に來貴は持っている。記憶は、起きた時点で全て戻ってきていた。だから一言、覚えていると言えばいい。けれど、來貴はその一言を言えなかった。言ったことで、どうなるかがわからなくて。
数秒間、沈黙が流れる。それはたったの数秒であると、この場にいる誰もが理解していた。しかし、それが永遠のように永く感じるのは、何故だろうか。
答えは、恐れているから。桂も琴音も、一羽――來貴の事を大切に思っている。それは今も変わらない。だからこそ、自分たちの事を覚えていないのが、怖いのだ。そして、それは來貴も同じ。10年間離ればなれになったとしても、神藤家のことを考えなかった日は、無かった。
(せめて今だけでも、あの時みたいに笑えるなら)
だから來貴は、一羽は、答える。
「――覚えているよ」
言った。覚えている、と言う言葉を。そしてしっかりと、桂と琴音の耳に届いていた。
「……そうか。……良かった」
桂は胸をなで下ろし、チラッと琴音の方を見る。琴音は何も言わず、胸に両手を当てている。顔は俯いていて、表情を見ることも出来ない。琴音が何を考えているか、桂は理解出来た。自分も、同じ事に悩んでいたから。
琴音は顔を上げ、來貴の方に目を向ける。そして、來貴に話しかけた。
「來貴君――いや、一羽。言いたいこと……謝らなくちゃいけないことがあるの」
かしこまった表情で、琴音は言う。桂は何を言うのかを察し、一歩引いたところで見る。
「――ごめんね、一羽。あの時、護れなくて……怖い思い、させちゃったよね……」
琴音は泣きながら、ただひたすらに謝る。一羽の手を強く握りながら。
10年前、一羽が西宮寺家に匿われる事になったとき、アルヴァダ兵の魔の手から一羽を護れなかったことに。
桂と琴音はアルヴァダ兵の対処のため、一羽の元から離れてしまった。その結果、一羽の元にアルヴァダ兵が来た。一羽はアルヴァダ兵を殺害したが、その時に恐怖を抱いていたのは今も覚えている。あの時が、初めての殺人となったのだから。
しかし、後悔はしていないしトラウマも無い。結月來貴と言う名を貰い、大切な人たちと巡り会う事が出来た。あの時の事の怨みなんて、一切無い。だからあの時のように、無邪気で笑っていられた頃のように――。
「大丈夫だよ、姉さん。……もう、いいんだ。あの時の事は気にしてない。だからあの時みたいに……笑って?」
――琴音は涙を拭い、「そうね」と呟く。そして、微笑を浮かべてこう言った。
「昔みたいに、"お姉ちゃん"って呼んでくれないのね。あの頃は可愛かったのにな~」
「……やだよ、恥ずかしい」
「そうか、残念だったな、琴音」
――それから、しんみりとした空気は無くなった。桂も話に加わり、無邪気に笑い合える空間となっていた。
來貴は、一羽だった時の記憶を全て取り戻している。その中には、琴音との関わりも含まれる。
琴音の事を"お姉ちゃん"と呼んでいたこと、琴音がいれた紅茶をよく飲んでいたこと、桂や母が仕事でいない時によく遊んでくれたこと。
まだまだ、沢山ある。けれど、それは胸の内に永遠に残っている。振り返る必要は無い。
「一羽。退院したら……家に来ないか? 明人も陽子も、歓迎するぞ?」
「わかったよ。でも、俺は結月來貴だから」
その言葉の意味を、桂は理解出来た。だからこそ、父親として桂は言う。
「――そうか。だが、いつでも待っているよ」
結月來貴と言う名を、一羽は背負っている。思うところはあるが、來貴はこの決意を蔑ろにしない。
「西宮寺家にも来て良いよ、來貴。待ってるから」
「では、仕事があるからもう行く。……詳しい事は、治った後にな」
最後にそう言って、桂と琴音は病室を出て行った。來貴は身体を寝かせ、目を閉じる。時計の音が聞こえる。
(――俺は幸せだよ、柚那)
心の中でそう呟き、來貴は窓の外を見た。




