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第89章 技術者の家

 デンが入口の横手に備え付けられた鐘に触れると、扉は音もなく左右に開いた。


「おー、なんかわからないけど凄い」

「ドワーフ独自の技術じゃな」


 人間側から、一様に驚きの声が湧く。


「これは、あれですねん。パダイラの家の者が触れた時だけ、開くように造ってましてなあ」


 どういう要素で判別するのか本当に謎だ。そして、家の中に置かれた様々の物体が、俺の頭に次々と新しい疑問を生んでいく。


「クロノ様、このひとつひとつが何なのかご存知だったりします?」

「うん、全部わからぬ」


 やっぱそうだよね。知ってた。


「ひゃひゃ、こりゃあ凄いねぇ! あたしでも(ほとん)ど知らない物ばっかりだよ。そっちのは『冷蔵庫』かい?」

「そうですねん、そっち側が台所や。ドワーフは酒のこと以外、どうも食に無頓着な種族みたいでなぁ。せめて調理法やらの幅を広げよう思て、ここの(いく)つかは俺が発明しましたんや」


 酒か。俺は筋肉が大事だから好んでは飲まないけど、人間の世界も酒なしでは成り立たないもんな。まあ、今それで当のドワーフの神様が問題起こしてる真っ只中なんだけど。




「さあ、何やかんやで大人数やったら鍋が一番ええやろ! ほな皆様、どうぞ召し上がってください」


「イリス見て! この鍋すごいよ! 鍋だけで煮立ってる! あっははは」

「えらくご機嫌だねぇ。あんたはお子様かい? ひゃひゃひゃ」


「クロノ様、これなら常にアツアツが食べれますね」

「我はちょっと冷めてるほうが好きじゃ。熱いの苦手だもん」


 皿に取り分けてあげた肉を、口を(とが)らせフーフー冷ましている。お子様か。


 肉や野菜はどれも新鮮なままで保存されていた。


 食材というのは、栄養学の観点からみると、調理過程が少ないほど良いらしい。


 とは言え、加熱しなければ普通の人間にとって消化吸収が悪いからな。まあ俺自身は何でも食えるんだけど。




「ごちそうさまでしたッッ」


「マットさん……あんた、無限に吸い込んでいくなぁ! 我が家の食べ物みんな消えてしもたわ!」

「そんだけ食べたら、生身でも強くなれるんかいな? さっきブチ当たった時、山と勝負してるみたいな重さやったで」


 お腹いっぱい食べたおかげか、ランコの態度もだいぶ柔らかくなっている。相撲とった仲だもんな。あと今は「魔装」を脱いでいるってのもあるか。


「あ、そう言えば。この辺で昔、めちゃくちゃ強い人間がひと暴れしたって話あります?」


 俺は歴戦の勇士クライス・カルミエが言っていたことを思い出したのだ。


「あー、それ聞いたことあるで!」ランコが威勢よく応えた。


「うちらが生まれる何年か前……やったかな? 人族の大男が、ドワーフを力比べでバッタバッタ()ぎ倒してったらしいでぇ!」


「あと、酒もドワーフよりたくさん飲んで行ったらしいですわ」デンが付け足す。


「この辺の話だったんすね。やっぱり」

「でもたしか、腕相撲は当時の『ドワーフ最強の女』と引き分けやったって聞いたなぁ」


 引き分け?


「クライスが……人族が、勝てなかった?」

「いや。言い伝えでは、腕相撲に使ったテーブルが全部真っ二つに割れてしもて、勝負がつかへんかったって言われてますわ」


「何じゃ。そんなことで、明後日の大会は大丈夫なのか?」クロノは苺を頬張(ほおば)り、気の抜けた声を出している。


「せやさけ何年か前に、俺が丹精込めて造りましたんや。どんな圧力でも壊れへんようになぁ! かかっ」


 デンは自身の腕をぽんぽんと叩いてみせ、歯を見せて笑った。


「公式大会で使われるってことは、信頼されてるんすね。デンの技術」

「ここは謙遜(けんそん)しといてもええんやけど。俺はドワーフだけやなくて『この世界で一番の技術者』を目指してるんですわ。マットさんの力でも壊せん! ……と、思いたいね!」


「思いたいだけかいな!」すかさずランコが突っ込みを入れる。一同が笑いに包まれた。


「ひゃひゃっ、ランコちゃんも魔装を脱いだら可愛いもんじゃないかね!」

「うん! ドワーフ族ってのも愛嬌があっていいなぁ」

「チャラ坊! あんたが言うと卑猥(ひわい)な響きになるんだよっ」

「ぐぁっ!? ちょ、食後に首絞めないでイリス!」


 またバカップルが何かやってる。俺は隣に座るクロノと視線を合わせ、二人で小さく笑った。




「皆様、どうします? ここに泊まって行ってもろても俺は全然構いませんけども」


 デンは食器を手当たり次第、網のようなものが敷かれた箱の中に放り込み、蓋を閉めた。少し経つと、箱の中で洗っているような水の音が鳴り始める。


 あれだけで食器洗いが出来るのか? いちいちすごい発明だな。


「クロノ様、お言葉に甘えちゃいましょうか?」

「うむ。そうじゃな」

「そもそも他の場所に出歩いてみるの怖かったりします?」

「……心読むの禁止」


 頬っぺたを膨らませ、肘で小突いてくる神様。愛しいな。あと「心読むの禁止」って言ったんだからクロノ様もやめてくださいね。


「むう、バレたか。てへぺろじゃ」

「はいはい、バレバレっすよ」


「じゃあ僕らも泊まらせていただこうか、イリス?」

「あたしゃどこで寝たって平気だよ。魔法があるからねえ」


「よっしゃ! そしたらあれや。ランコ、おまえも泊まってけや」

「な、なんでやねん。うちはおまえなんかと一緒に……」

「魔装や魔装。置いて帰れへんやろ? おまえの性格上」

「これの調整はデンひとりに任せられへん! うちかて出来るんや」


 結局、デンが上手く丸め込んだ。


 この二人は常にこんな感じで、デンのほうが実質的にリードしてるらしい。

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