第87章 切れ者
「強かったっすよ。間違いなく!」
俺は周囲にも伝わるよう大きく頷きながら、デンの問いに答えた。
少々わざとらしい言い方になったぶん、その意図も伝わったはずだ。
「へへっ、なるほど。ほんなら、もしランコの奴が、もうちょい強かったら?」
「負けてたかも知れませんね。うん、可能性は十分にありました」
デンが歯を剥き出して笑い、ランコに振り向いた。
「やっぱりや。おまえなぁ、その魔装が悪いわ。どーせ、まともな調整もできてへんねやろ」
「な、なんやねん!魔装だけで中身クソザコのおまえが喋んなや。気持ち悪いんじゃ引き籠りオタク!チビ!」
ランコが特別きつい口調で言い返してるあたり、仲は良さそうな雰囲気だ。しかし本当に口悪いなドワーフ族。
「おーおー、じゃあ中身クソザコのチビにすら負けるおまえは何て呼んだらええんや?」
「誰が負けるって!?クソが、やんのか?ああ!?」
詰め寄るランコ。二人の顔が近い。もう鼻がくっつきそうだ。
「今の俺やったら、おまえをもっと強くできる。そう言うてるんや」
「はぁ!?」
「ええか、ランコ。その魔装、造りっぱなしでほとんど修理も調整もしてへんやろ。最後にいじったん何時か、覚えてるか?」
「最後に?……それは」
「そーゆーこと。ええか、調整っていうんは」
刹那、デンはランコの背後に回っていた。
速すぎる。
ほぼ見えなかった上に力感もなく、地面を蹴ったような形跡が何処にもない。
「こういうことを言うねや。おまえ、相撲で背後をとられるっちゅうのが、どういうことか?わかるやろ」
「ふ……ふぎゅ」
驚きを噛み殺そうとしたのか、ランコは変な声をあげていた。
「魔装っちゅうのはな、我々ドワーフの誇りや。
おまえの調整は、ただ部位ごとの出力を増幅させたり、魔法をテキトーに貼り付けとるだけで調和がない。
見比べてみ?俺の魔装は、そんな手足やら末梢にゴテゴテ着けとらんやろ?」
「……そんなん、教えてくれてへんやんかぁ!」
「おまえが『ぜーんぶ自分で造る』言うて聞かんかったんやろ」
「うっさい!いちいち偉そうなんじゃ、男のくせに!」
「おーおー、差別や差別。おまえはいっつもそれや。女やったら、仕事で男に負けてても偉いんか?」
「しばき倒すぞこらぁ!誰が、おまえみたいなチビに負けてるって!?もっぺん言うてみろや!!」
この会話だけでも、何となく見えてきた。二人の関係……というか、これがドワーフ族の社会なんだろうか。
女性が大きくて強くて、前に立つ。体が小さい男性は比較的細やかに、女性を支える。
デンは髭を掴まれて引き倒され、馬乗りになったランコに殴られつつ頭部を守っていた。でも仲良いんだろうな、じゃれてるようにも見える。まあ拳は数発まともに入ってるけど。
「痛ってぇ!おいランコ!勝ちたいんやろ?じゃあ俺が調整した魔装で、大会出てみいや。ぐぅッ……おい、誰か!そろそろ止めに入ろーや!」
「クソがぁ!死ねやッ!」
あ、そうだった。止めなきゃデンがやばい。
俺はランコの魔装の首根っこに指を引っ掛け、デンから引き剥がした。
「ランコさん、流石にデンさん死んじゃいますんで」
「あーっ!!邪魔すんなやッッ!こいつ、殺す」
それ半分くらい本気で言ってるんじゃないか?
デンは鼻血を手で抑えながらうずくまっていたが、しっかりとした足取りで立ち上がってみせた。
「おー痛え。おいランコ!さっきの話、聞いてたなぁ?
兄さん!さっきのこいつは、ランコ・コルムは万全やなかった。明後日の腕相撲大会で、白黒つけることにしたってくれんかなぁ!」
なるほどね。我が身を挺して女性を守る、まるで騎士じゃないか。このデンという若者は。
「せや!なぁ人族、ランコさんはこんなもんと違うで!」
「その通り!ランコちゃん、大会で本気見せたりーや!」
周囲のドワーフ達も同調し始めた。
場の空気を制する頭も持ち合わせているあたり、デンは切れ者だ。俺の左腕でじたばた暴れるランコも、違う意味でキレてるけど。
「もう離せや!」
「いや、まあ落ち着いてくださったら離しますけど」支えてんのは左手だ。利き腕じゃないんだぜ?
いきなり上向きに引っ張るような力が働き、ぶら下がったランコは舞い上がる。魔装の力か。結果、こらえた俺の手を軸にぐるぐる回転を始めた。
「はーなーせーやー!!」
「ランコさん、まず停止しましょう!停止です!今、離したら周囲に死人が出ますんで!」
しかしこの体勢、遠心力に対して逆方向の筋力を発揮するため、腕にあらゆる角度からの負荷が乗っている。
肩のローテータカフや前腕に新鮮な刺激があるぞ。よって、筋トレとして有効かも知れない。
特に剣や槍などの使用者は、相手の動きに合わせて急激に遠心力を制御する筋力が必要なはず。
「マッド、こういう遠心力を用いたトレーニングって、剣を振り回すための筋力向上に良いんじゃないっすかね?」
「うーん、持ち堪えられるレベルの負荷であればね!あっははは、ほんとにマットは」
きっと、そうか。じゃあ重たい縄を振り回す、みたいに簡易化すれば、誰でも実践可能な筋トレになるぞ。
「よし、これは使える。メモしておいたほうが」
「兄ちゃん!降ろしてーな!もう止まってるで!」
ランコが体を揺すりながら大声を出したので、漸く俺も停止していたことに気付いた。