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第86章 身を捧げる

「うっ、ぐっ……うう……」


 溢れる感情を必死に抑えつけるように、ランコは片腕で顔を覆ったまま、ゆっくりと起き上がった。


 周囲に集まってきたドワーフ達も、まるで誰かの葬儀のように肩を落としたり、涙を拭ったりしている。


「ランコさん……」

「ごめんなぁ、みんな。うち、負けてもーたわ」


「そんなん、ごめんなんて言わんといて!ランコさん、精一杯やりましたんやさかい」

「せやせや!いい勝負やったで、ランコちゃん」


「……精一杯やって、いい勝負して負けたから、悔しいんよ。あはは」


 ランコは困ったような顔をして、泣きながら笑った。




「クロノ様、なんか……この空気、どうしたらいいっすかね?」

「わからぬ」


 困った。クライス・カルミエに1敗をつけた時でも、こんな沈痛な雰囲気にはならなかったぞ。


「あっははは!おーいマット!また面白そうなことやってるねー!?」

「チャラ坊!耳元で叫ぶなってんだ!声が大きいんだよ!」


 不意に呼ばれて、俺は空を見上げた。


 大ワシに乗ったイリスと、その後ろのマッドが、ゆっくりと降りてくる。ドワーフ達は一様に驚いていた。


「二人とも、矢は飛んで来ませんでしたか?」


「矢?いーや、大丈夫さ」

「そういえば、あの時イリスは魔力を使い切って気を失ってたからね。お婆ちゃんなのに無理するから」

「うるさいよ!」


 またマッドが絞め上げられてる。この二人、もう定番の流れだな。




 ドワーフが設置した迎撃設備は、対象の大きさ「だけ」で判断しているのだろうか?


 確かに、イリスが出していたワシくらいの大きさなら、自然の生き物にも幾らか存在するもんな。流石にドラゴンは有り得ないだろうけど。


「それでさー!マットの仕業か、クロノちゃんかは知らないけど、なんでドワーフ達はこんなに悲しんでるのかな?」

「いや、ドワーフ代表のランコさんと相撲で勝負することになって。どうにか勝ったんですけど、その結果がこの空気でして」


「ほー、なるほどにゃあ。代表ってのは、そこの女の子かい?」


 2人の唐突な登場にドワーフ達が固まっている中、イリスは輪の中心にいたランコを顎で指した。


「……ああ。うちがランコや。ランコ・コルム。あんた、エルフ族か?」

「いーや、あたしゃ人間さ!『大魔法使い』イリス・キーレって者だよ。


それにしてもねぇ、ランコちゃん。あんた未婚なんだろ?この結果、どうするつもりだい?」


 驚きの表情を浮かべるや否や、瞬時にランコは赤面し、下を向いてしまった。困惑は明らかで、眉がハの字になっている。


「未婚?どういうことっすか?」

「その特別な魔装をしてるってことは、ここらのドワーフの中で一番の女ってことさ。


マットは若いから知らないかねぇ?近年はそれほど厳格じゃあないようだけどさ、ドワーフには風習みたいなものがある。


『強いドワーフの女は、自分を倒した男に身を捧げる』っていう内容の、ね」


 ……うん。それは実にややこしいぞ。


「そこのエルフ族!余計なこと言うなや!」

「せや!そんなん、我々身内だけのことや。おまえらには関係あらへん」


 ドワーフ族の男達が怒っている。


「ひゃひゃ、確かに!もう20年は前の話になるがね。その頃から既に、若いドワーフの間では『女は意中の男に挑戦し、または挑戦を受け、わざと負ける』っていう、結婚の儀式として残ってるだけみたいだったよ」




 なるほど、イリスの解説で話が見えてきた。


 さっきの勝負に対する取り巻きの反応からして、ランコはドワーフ族の中で人気者のようだ。


 それが俺に挑戦して負けたというのは、古い慣習に従えば、ランコが人族の男に盗られてしまうってことになる。


「いやいや皆さん!すんません。俺のほうは全然、何も知らずに勝負を受けてしまったので」

「その通りじゃ。人間の神であるこの我ですら、ドワーフ族のしきたりは存じ上げぬ。


このマット・クリスティが言うように、互いの了解なしに結婚は成立せぬじゃろう。


よって先ほどの勝負に、『身を捧げる』などという条件は存在しない!どうじゃ!異論ある者は、此処に居るか!?」


 クロノが漸く、まともに仕事してくれている。神様なんだし最初から堂々としててくれよ。っていうか今すごい怒ってるよね。


「……マット・クリスティ。うちが浅はかやったよ。でも、みんなの前で無様に負けたんは事実や。この程度の命、もうあんたに」


「待ったぁ!」


 怒号がランコの話を遮り、その場にいた者は一斉に声の主を見た。


 さっき一人で歩いていて、俺達に大会のことを教えてくれた若者だった。


 すぐにその人とわかったのは、彼の「魔装」も他の人々とは違っていたからだ。


「ランコ!おまえなぁ。この兄さんの強さを、ぱっと見ぃでわからんかったんか?ほんまにアホやな」


 若者は舞台役者のような調子で声を張り上げ、大袈裟な身振り手振りで伝えている。どうも、ひと芝居打っているようだ。


「うっさいわ!うちもアホか知らんけどな、デンはデンで手先が器用なだけのアホやんかぁ!」

「うっさいんはどっちや。おまえはちょっと黙っとれ。


なぁ人族の兄さん、マットさんいうたかな。さっきの勝負、どう感じました?こいつ、強かったと思います?」


 そう問いかけてくる、デンと呼ばれた若者は、堂々たる笑顔だった。


 俺がどう答えようとも、この場をうまく運んでいってくれる。デンの表情は、そういう強さを感じさせた。

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