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第85章 相撲勝負

「うちが拵えた魔装は、目一杯の魔力を込めて強化してあるからな。


これ着てて、今まで負けたことは一回もないで」


「あのー、じゃあ明後日の腕相撲大会も、その魔装を着たままやるんですか?」

「当たり前や。ドワーフにとっては、魔装を纏った姿が、本来の自分ちゅうことや」


 なるほど。やはり簡単にはいかないようだ。


「クロノ様、どうですか?思いっきりやったらまずいですかね?」

「あのドワーフの女の力だけみれば、おぬしが負けることは万に一つもないよ。


ただ、あの鎧が持つ力は……我にもわからぬ」


 ……なかなか役に立たない神様だな。


「な、役に立たないとか!なんでそんなふうに思うわけ!?わたしだって頑張ってるんだよ!?」

「いや本当すんません。俺も心に余裕なかったもので。あと心読むの禁止っすよマジで」


 ドゴォン。


「おーい兄ちゃん!準備はええかぁ!?」


 女性が、高く振り上げた右脚を地面に叩きつけた音だった。大地ごと軽く揺れてたぞ今。


「……クロノ様、俺ちょっと本気でいくことにしますね」

「それが良さそうじゃな。頑張れ」




 周囲のドワーフ男性陣が、平たい地面に綺麗な円を描く。直径は5ヤード程度。それを囲むように、数十人が集まってきた。


「ランコさん!気合いやで!」

「人族なんかに負けたらあかん!」

「ランコちゃんの怪力、見したりや!」


 あの女性、ランコという名前なのか。本拠地というのもあって所作に余裕を感じるし、それでいて集中している表情だ。一方の俺は緊張してきたぞ。


 審判の役を務めるらしい年配のドワーフ男性が、中央に上がってくる。


「クロノ様、これ持ってていただけます?」俺は上着を脱ぎ、手渡した。


 どよめくドワーフ族の面々。


「マット。何故、わざわざ生身で?」

「それ、クロノ様に貰った物だから、大切にしたいんです」


 ランコに続き、俺も円の中に入った。




「あの人族、どういう筋肉やねん!?」

「武神の像みたいやなぁ」

「何食ったらあんな体になるんやろ?」




 ドワーフ族には割と好意的な反応だった。悪くない。


「ほぉ、しかし兄ちゃん。うちがそんなんでびびると思たか?」

「そうしてくれたら、ありがたいんですけどね」


 パァァン。


 ランコが体の前、両の掌を打ち合わせた。その手をゆっくりと開いていく。


「魔装の他には何も持たん。それが我々の『相撲』や」




 審判が、見合う二人の間に入る。


「互いに両手を着いて!」


 ランコは狩りをする動物のような体勢。俺も腰を落とし、両の拳で土に触れた。中央の男が、ゆっくりと息を吸い込む。


 相撲が、始まる。


「発気揚々ッ!!」


 ドシィッッ。


 一瞬早く突っ込んできたランコに、俺は体を合わせる。しかし相手の重心が低い。


「ぐぬぅ!?」


 ランコの手応えとしては会心の当たりだったのか、吹き飛ぶどころか不動で立っている俺に驚いているらしい。


 立ち合い。当たる直前、俺は内転筋を強く収縮させていた。


 つまり両足を寄せるように力を込め、地面を掘り、脛のあたりまで地中に埋めておいたのだ。


「よっ」


 バオォッ。


 俺は魔装の腋の下に両手を突き入れ、ランコを右から左へ放り投げた。


 ちょっとやりすぎたが、10ヤードは飛ぶ勢いだ。円の外に出てくれれば勝負は決まる。


「ずあッッ」ランコが叫ぶ。


 その体は、空中で急激に軌道を変化させた。


 俺が投げた速度より速く、こちらに頭から突っ込んでくる。


 ガボオッ。


 正面に向かってきたので、脚が埋まっていた俺はランコのぶちかましを胸で受けた。


 心臓が爆発したかと思うほど強烈な衝撃が、俺の体をさらに地中深くへ突き刺す。


 ……地面が窪んでしまってるけど、相撲のルール的にどうなんだろう。


 あ、そうか。ルールか。


 俺は胴体にしがみ付いていたランコを腕力で引き剥がし、裏返して地面に押しやった。


 魔力なのか、最後のほうはめちゃくちゃ浮き上がるように土を拒んでいたが、そこは俺の筋力が上。じたばた暴れるランコも、背中で地面を感じたのか、茫然自失の表情で動かなくなった。




「しょ、勝者、人族ッ!」


 数十人の合唱による悲鳴の塊が、この空間を飛び回っていた。


「ランコさんが、あっさり負けたぁ!?」

「人族、それも生身の奴に!」

「なんちゅうバケモンや、この男」


 何人か、泣いているドワーフもいる。けっこう大変な番狂わせを演じてしまったようだ。


「クロノ様、上着をまた頂戴いたしますね」

「はい、おつかれさま。どうじゃった、ドワーフの力は?」


「相撲勝負の代表が女性ってことは、ドワーフの男女差は人間のそれと違っているんですね」

「そう。ドワーフ族は組織のリーダーに女性が多いし、単純に生物としても男性より強い」


「人族の社会では、男が前に出る……ことが多いようにみえるんですけど」

「単純に、人間は男性のほうが体力面で強いからじゃよ。動物の世界と同じく、強いものが大きい顔をするのは生き物の必然じゃからな。


まあ、それも観点によるが。例えば魔法を加味すれば、女性の魔力は体格を考えると、明らかに男性よりも強い」


「なるほど。俺みたいな狭い視野で、どっちが上か下かっていうのも愚かだってことですね」


「……マットは筋力だけでいうと、世界中でも一番強いような気がするけどね。ふふ」




 埋まった脚を地面から引き抜き、ふとランコを見ると、仰向けに寝たままで、涙をぽろぽろ流していた。

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