第80章 目覚ましの水
「マット、これは……」クロノが、俺を手で制した。
「どうしたんですか?」
「うん。まだ寝ておる」
えー?殻を割っても、まだ起きないのか。悠長だな。
そう思いながら、俺はドワーフの神の姿を確認した。いや布団被ってたわ。それを俺は、丁重にめくってみる。
「神様……って、これ本当に神様なんですかね?」
「そうじゃ。たぶん」
女の子だった。
全体的に見ると、丸っこい。短躯で、しかも肉づきがよく、むっちむちな印象。寝相のせいもあるのか、多少ごわついた髪はくるくると癖づいている。
顔も丸く、首が短いのと相まって、外見はとにかく幼い。俺が生まれ育ったオプティマの村の農家には、こういう家系もいたな。農作業で筋肉が発達するから、元々が低身長だとひたすら丸い印象になる。
しかし、俺が思うに、めちゃくちゃ可愛い。
寝顔から涎が垂れている。なんだか懐かしい、というか親しみ易そうな見た目だし、まさに小さいけれど力持ちっていう筋肉量だ。いっぱいメシ食いそう。
「むう……寝ていられても面倒じゃ。起こすぞ」
クロノがそう言い捨てると、さっきから大岩を飛び越える角度に制御していた滝を、あろうことか、ドワーフの神の布団にぶつけた。
瞬間、川の流れは元通りになっていき、神はその中に布団ごと沈んでいく。
「あははっ、沈んだ沈んだ!クロノちゃん、かなり手荒だけど大丈夫なのかな!?」
「知らぬ。我は川を元に戻しただけじゃ」
頬っぺたを膨らませて、明らかにご機嫌斜めなクロノ。
……あ、そうか。俺がドワーフを「可愛い」って思ったのを読んで、怒ってるんだな。ほんと子供。
「ぷぁっ!?」ドワーフの神が、水面から顔を出す。
「あ、出てきおった。魔法で底に沈めておいたんじゃがな」
「やっぱ神様でも、水責めは効くみたいっすね。っていうか意地悪すぎでしょクロノ様」
神様は川からこちらへ跳躍、ドンと着地。顔から体を高速で回転させ、水滴を飛ばした。タヌキか何かかな?
「こぉらぁ!おまえらー!」
うん。予想通り、お怒りだ。俺はクロノを庇うように、一歩前へ出た。
「すんません。あの、ドワーフの神様でいらっしゃいますか?」
「何じゃおまえ!?わし、めっちゃ溺れかけとったやんけ!
誰やねん!おまえがやったんか!?こらぁ!」
ガラ悪いな、この神様。
まあでも、ドワーフって作業員っぽいとこあるよな。可愛い外見と中身のギャップに、思わず笑いが出てしまった。
「なぁに笑とんじゃあっ!!あかん、もうキレた。殺すわ」
神様が短い右手を挙げると、そこに突然、とんでもない大きさの金槌が現れた。神様は、それを両手持ち。
「ヤバいな。クロノ様、離れて!」俺はクロノを後ろへ押す。
「死ねやぁっ!!」
ズゥン。
振り下ろされた槌を受け止めようとして、俺の体は地中に埋まった。
流れ星が落ちてきた後みたいに、周囲が窪んでしまっている。クレーターっていうんだっけ、こういうの。
「リプリス殿、ここは地盤の状態が良くない。そのような衝撃を加えると、川が」
「うっさいんじゃぁ!こいつ、ほんま殺す」
槌を支えるのに必死で、上を見ることはできなかったが、クロノは説得してくれているようだ。ドワーフの神は、リプリスという名前なのか。
また金槌が浮き上がる。
これ、本格的にヤバいぞ。俺の体か地面が、壊れる。
「おらあああぁぁ!!……へ?」
……止まった。振りかぶった状態で、リプリスは動かなくなっていた。
「我は『やめろ』と言っておるのじゃ、リプリスよ」
「はぁ!?な、何やねん!その魔力は」
「我は人族の神、『遊撃特別警邏』クロノと申す」
「神?あー。あんたも、神さんか」
「リプリス殿。そなたが塞き止めていたマソフィト川を、我々は正常な流れに戻そうと、ここに来たのじゃ」
「……わしが、この川を?」
刹那、俺の3倍ほどの大きさがあった金槌は、リプリスの手へ吸い込まれるように、するすると小さくなっていった。
「クロノ様ー!この穴、直せます?」
「わかっておる」その瞬間、俺は地面と共にせり上がった。
最初に駆け寄ってきたのはイリスだった。
「マット、大丈夫かい!?あたしゃ、さっきから魔力で地盤を固めてたんだ。
それが沈下するくらいの衝撃だ、本当に神様じゃなきゃ起こせないレベルだよ。それで、ケガはないのかい?」
「あ、大丈夫っす。
あの金槌をショルダープレスの姿勢で受け止めるの、エキセントリック(伸長性)トレーニングとして良いかも知れないっすね」
イリスは、ぽかんと口を開けたまま、隣のマッドと目を合わせた。
「あっははは!もう人間として扱うのは無理だね、マットは」
「はぁ。心配したあたしが、ばかだったよ」
「いや心配はしていただいて大丈夫ですからね。俺、いきなり理不尽に殴られてるんで」
俺はドワーフの神へ向き直った。
「リプリス様、ですね?あらためまして、人族のマット・クリスティと申します。
多少の行き違いはあったようでございますが、何卒よろしくお願いいたします」
こういう時こそ、丁寧な態度が重要だ。
相手が怒っていたら、あまり気にせず、一歩も退かず、しかし丁重に応対。それを俺はクロノから習っている。
「あ……わし、勘違いで殴ってしもたんか」リプリスは明らかに凹んでしまっていた。
……神様ってだいたい情緒不安定だけど、大丈夫なのか?この世界。