第76章 イメージの力
「そんなスピードでは、ゴールまで半日かかるぞ。イリス」
「な、何ぃ!?どうやって追いついたんだいっ!?」
「見えている場所なら一瞬じゃよ。さっき言ったじゃろ」
青空。
クロノと俺は、大ワシに乗って飛行する二人のすぐそばを舞っていた。
……いや正確には、落下しつつあった。
魔法が使える二人は、その力で会話できるけれども、俺とマッドは風切り音がうるさくて、何も伝えられそうにない。
「我も今から飛ぶ。本気を出せよ、大魔法使い。じゃ、また後でな」
クロノの自信満々な声が、脳に伝わってくる。
といっても、俺達のほうは落ちていくだけ。凄まじい速さで飛ぶ大ワシが、どんどん遠くなっていく。
「クロノ様!俺達、落ちてってるんですけどォ!!」
「なんじゃ、怖いのか?ふふ」
「いやいや笑ってないで!俺、死にそうなんすよ!無敵の時空魔法でなんとかしてくださいよォーッ!」
「わかっておるよ。そうじゃな……おぬしも知っているように、魔法は『イメージの力』。
さて。マットが想像する、『この世で最も速く飛ぶ生き物』とは何か?」
この状況で、そんな質問されても。何だ?ワシより速い?ツバメ?いや乗れないか。
……人間が乗る、空飛ぶ生き物?
俺は小さい頃に読んだ、挿絵つきの童話を思い出した。
ヘビやトカゲのような鱗、鳥のような翼、鋭い牙と爪を持ち、その長い巨体で空を飛び、炎を吐く。それでいて、人間のように知性がある。
あれは、何ていうんだっけ?視界が反転する。顔に受ける風が強くて、落ちていくのが怖くて、名前が思い出せない。
「ドラゴン、じゃな。なるほど、面白いではないか!
そのアイデアに加え、マットの想像力。実際には見たこともない姿、そこまで鮮明にイメージできるとは!」
クロノの声が響いてきた。あ、こいつ。また俺の心を読んだな。
「えへへ、まあ怒るでない。今、創ってみせるから」
刹那、俺の体は何かに抑えつけられた。
……いや、違うな。掬い上げるように俺を乗せたその背中が、急上昇していることで受ける、風圧だ。
「どうじゃ!ねえ、凄いでしょ!?」
俺の前方。備え付けられた鞍、というより座席に座ったクロノは振り返り、後ろにしがみついていた俺を見た。子供のようにはしゃぐ無邪気な笑顔。
「いえーい!我が創ったドラゴンじゃぞ。イリスのワシより、ずっと速い!!」
「その台詞、なんか妙な気分になるんですけど!」
速い。俺の全力疾走と比べれば劣るかも知れないが、こんなペースで走り続けるのは到底無理だ。そして、デカい。
「お、もう追いついたな。イリス、それで本気か?」
「ひゃあ!?こ、こ、このバケモノめ!」
クロノのドラゴンが、イリスの大ワシに並んで飛ぶ。
イリスを抱えるように乗っているマッドも、うちのクロノみたいに、楽しそうな笑みを浮かべていた。言葉は聞き取れなかったけれど。
「もっと速く飛んでみせよ。おぬしは『大魔法使い』なんじゃろう?」
「くそっ!言われなくたって、そのつもりさ!」
俺の体感では、おそらく速くなってきている。しかしクロノも合わせてスピードを上げているため、イリスは自分の速さがわかっていないのかも。
涼しげな顔でにやにや笑うクロノに、ちらとその表情を見て半泣きのイリス。悔しさで顔が真っ赤になっている。
マッドはその後ろから包み込むように座り、イリスの頭を撫でてやっていた。なんだか、うちと同じだな。
「マット。おぬしにだけは話しておこう」
高速で飛び続けるなか、クロノの声が小さく響いてきた。
「まず、このペースが続けば、あと3時間もあれば到着できると思う。イリスが飛び続けられれば、の話じゃがな。
それと、我がわざわざ競争など吹っ掛けた理由。
というのは、イリスは元々が優秀な魔法使いの生まれであり、修練を積み、その上でエルフ族の体に乗り移っておるじゃろ?
つまり、イリスは半分が人間で、半分エルフなのじゃ。混血ともまた違う、かつてない命のかたち。
よって、調べる必要があった。魔力の上限や、寿命や、あとは……まあ、神として色々な。
そんなわけで、イリスには本気を出させてみることにした。魔力が尽きて気を失うまで、限界の速さを出させ続ける。
……まあ、我の見立てを言えば、もう1時間も保たぬと思うがな!ふふふ」
とりあえず、人間の上に立っていたいようだ。まあ神様だから仕方ないか。
クロノ自身はめちゃくちゃ楽しそうだし、目的地に早く着くなら悪いことはほとんどない。ただ俺が、めちゃくちゃ怖いってだけだ。
硬い鱗で覆われたドラゴンの背中から、下を見た。山、そこに走る線はおそらく、人間が切り拓いてきた道。
何ヤードくらい上空を、俺達は飛んでいるのか。
……ここでイリスが気を失ったとして、本当に大丈夫なんだろうな?ぞくっとして、俺はひとつ身震いした。
魔力が無限にあるクロノは余裕綽々。それでいながら、イリスをおちょくるように、周囲を旋回しながら飛んでいる。
さっき色々、イリスに悪口言われてたしな。それにしても、これほどクロノが好戦的だったことは、今までになかった。それが何故?
俺はクロノの表情を窺ってみた。イリスを横目に、何か呟いているように見えた。そっと体を寄せてみる。
「ふふっ、どちらが本物のカップルか今、教えてあげてるんだからね!エルフの赤ちゃん」
この神様、心の声が漏れてきちゃってるぞ。しかも聞いてるほうが恥ずかしいやつ。冷たい風を受け続けているのに、俺の顔は熱くなる。
「それに、転生の坊や。イリスのこと大好きなくせに浮気症って、実は純情なイリスかわいそうじゃん!?ほんとチャラい」
……転生?
マッド、やはりそうだったのか?




