第73章 勝利の美酒
テーブル一杯に並んだ山盛りの食べ物。それを一皿ずつ、ぺろりと平らげていく。
隣に座るクロノは、ずっと黙ったまま、スープを飲んでいた。俺は食べる。さらに食べる。
……恥ずかしいんだ、二人とも。死闘に勝利した勢いで、あんなこと、やっちゃったんだから。しかも10000人の面前だぞ。
「すんません。メニューにある食べ物、全部お代わりお願いします」
「あいよ!今日もじゃんじゃん召し上がってな!
ハンター、こいつをマット君、こっちはクロノちゃんに持ってってくれ」
「りょーかい!」
とりあえず、口の中を満杯にしておく。気まずくて黙っている、と悟られたくないからだ。いや、お互い絶対わかってるんだけどね。
「おまちどう、さま、です」ラブレイダの店の息子、ハンターにとっては高所であるテーブルの上。両手を伸ばしてグラスを二つ、丁寧に置いてくれた。
「ありがとう」俺は食べながら礼を言った。
クロノは頷いたものの、一言も喋らないままで、グラスを手に取り、口をつける。ダメだ。今はその瑞々しい唇に意識をやると、照れてしまう。
俺のほうは早いとこ酔っぱらってしまおう。そう思ってハイボールをぐいっと飲んだ……はずが、ただの冷たい水。
「……え、あれ?じゃあクロノ様、それって」
「ふみゅう?ねえねえ、マットぉ。さっきから、なんで喋ってくれなかったの?
……わたし、寂しかったんだよ」クロノは俺の腕に、その細い腕を絡めた。眼がとろんとして、顔が赤い。
「やっぱり、そっちがお酒じゃないっすか。はあ……飲んじゃう前に気付いてくださいよ」
「あー!?おいハンター!また間違えやがったなぁ!?クロノちゃん、またベロベロじゃねえか!」
「だって、ふたつとも『とうめい』だったんだよ。てへぺろ、てへぺろ!」
「……毎度のことになっちまって、すまねえな。お二人さん」
「いや、あはは」
とりあえず笑っておくか。と思ったら、ハンターが背中をつついてきた。そちらに振り向くと、いたずらっ子の笑みを浮かべている。
なるほどね。そうか、わざとか。酒の力で和ませようと、子供なりに考えてくれたようだ。
「マット。さっきの、びっくりしたんだからね?ほんとに」
「クロノ様のほうが、先に、その……だったじゃないっすか」
あ。これ、本当に恥ずかしいやつだ。顔が熱くて、喋ることすらうまくできない。
「だってね、ちゃんと治してあげたかったんだもん。
マット、ほんとにひどいことになってて、すごく痛そうで……」
クロノがまた、うるうるしてきている。溢れそうになって、その透き通った瞳を輝かせる、涙の雫。
「……もう大丈夫ですから。泣かないで」
俺はいつものように、頭を撫でてやった。そっと手を差し出すとすぐ、もたれかかるように身を預けてくる神様。
「……甘えていい?」
「いいですよ。俺も、今はちょっと甘えたいんで」
「えへへへ。じゃあ、ちゅーしてあげるね」
「それはちょっと、今日はもう止しましょうか。ガチで恥ずかしいですし」
「むうううっ、わたしとは嫌なの!?」
「嫌とかでは全然ないです。ただひたすら恥ずかしい、と申しております。
あ、すんませーん、ハイボールもう一杯お願いします!」
「あいよ!」また俺が注文しまくったせいで、忙しそうなマスター。
「んー、んー!」クロノが腕を引っ張ってくる。
「どうしたんですか、急に」
「……かまってよぉ。もっと」
「構っておりますよ。これからも、ずっと」
困った。こりゃ完全にクロノのペースだな。先に酔った者勝ちということか。
不意に、入口のあたりが騒がしくなった。店奥の席から、俺はその様子を窺ってみる。
「お、いらっしゃい!」
「やっぱりここだったか!マット、おめでとー!凄え試合を見せてもらったよ。あっはははは」
「何だい二人とも、お熱いことじゃあないか!?ひゃひゃひゃっ」
刹那を生きる者、マッド・エリスビィ。そして大魔法使いであり、今はエルフ族の少女、イリス・キーレ。
「あ、お久しぶりです」
「ひと月も経ってないと思うけど、やたら久々な気がするよね!マット、めちゃくちゃデカくなってるし!」
「それがクライスと闘ってるうちに、だんだん小さくなっていってたからねえ。
やっぱり、あれだけの力を出すには、物凄いエネルギーを蓄えておく必要があるんだにゃあ」
「イリス、なんだか今でもネコっぽいですね」
「この可愛い見た目でネコみたいに振る舞うと、余計に可愛いだろ?ひゃひゃ」
笑い方は相変わらずだな。
「おまえ達、何の用じゃ?我はマットと、仲睦まじく飲食を楽しんでおるのじゃぞ。邪魔をするでない」
「そっかー!マット、今日は勝利の美酒でクロノちゃん酔わせて、それから色々やっちゃう感じなのかい!?」
「いやいやいや待ってください。これは俺の酒を間違えて飲んじゃっただけなんで」
「いいじゃないかい、若い二人なんだからさ!300年間も一緒にいて、何もないってほうが可笑しいんだよ」
「うーん……それは、けっこう言われる話なんすけどね」
……違う、そうじゃない。このままじゃ二人のペースだ。
「あ。それでお二人とも、わざわざお祝いに来てくださったんですか?」
「もちろん、それもあるよ!そして、ちょっとしたプレゼントを持って来たのさ」
「えっ、なになに!?」クロノが子供みたいにはしゃぐ。
「カリーナから聞いたんだよ。君達が、次に目指す場所。
ディエネスまでの道中、ここから真っ直ぐ行けば必ず、ウェイダールを通るだろ?
そこで、大きな仕事があるんだ!どうだい?また、一緒にやらないか」
「今度の仕事は当然、報酬もたんまり貰えるみたいだけどさ。あんた達は金で動くわけじゃあないもんねぇ!
……力さえあれば、救える命があるんだ。二人とも、どうだい?受けてくれるかい?」
「当たり前でしょ」
「当たり前じゃろ」
俺と神様が、ほぼ同時に返事をした。
繋がってるのは、手だけじゃないみたいだ。