表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/89

第70章 殴り合い、続編

 さっき二度目の魔法を受けてから、ずっと体は硬直している。全身の筋肉が「過緊張」の状態。


 それを懸命に動かそうとして、少しでも力を抜こう、と頭で考えていた。


 結果は芳しくない。おそらくは外から強制的に、筋肉を収縮させるような命令を下す魔法なんだろう。


 パキィ。


 頭の中に破裂音が響き、ざっと視界に砂嵐が生じ、歪む。


 ……光が見える。何だ?




「「マットの顎が、体が、跳ね上がるッ!これで決まるのか!?」」

「「今のは効きましたよ!確実にッ」」




 遠くで声がした。ああ、実況か。


 ……実況?何の?


 不意に、びくっと全身が強張り、その後で弛緩した。


 ……今の反応は?


 ゴシャ。


 鼻先から殴られ、俺は床に叩きつけられる。硬い石床を、背中で破砕した感触があった。再び全身が痙攣。そして弛緩。




 あ、そうか。この反応、正体がわかった。


 漸進的筋弛緩法。




 ゴドッゴッゴッゴッ。


「「倒れたマットにも、クライス容赦なし!瓦割り演武の如く、頭部を殴り続けるッッ!!」」

「「あー危ないですよ、これは。もうね、怖い」」




 筋収縮を抑えるのに必要なのは、「脱力の意識」ではなかった。


 正解は「筋収縮」そのもの。




 俺は殴られ続けながら、クライスの足首を掴んだ。


「ノォペイィン」全力で、握る。


 バチュ。


 歴戦の勇士を長年支えていたはずの足の片側は、一瞬にして千切れた。手が液体の感触で満たされる。


「ぐぁッ!?」クライスが声を漏らす。


 ついさっきまで、自分の体じゃないみたいだった。しかし、それは解決できたようだ。


 俺の体。こいつ、動くぞッ。


「うぅッッ」残る片足で飛び退いたクライス。


 俺は這いつくばったままで、その顔を見た。初めて見る、無敗の男が狼狽える表情だった。


 俺は拳を握り締め、全身に力を込める。


「は、超回復(ハイペルヒーオ)


 今しかない!


 バオッ。


 俺は可能な限りのスピードで立ち上がり、クライスに殴りかかった。




 魔法はイメージの力。


 同時に幾つもの魔法を使うってことは、頭の中がごちゃごちゃになる、ってことだったな。


 だから。いま、殴りにゆきます。




「ちぃっ」クライスは腕のガードを固めた。


 ……知ったことか。


 ガォンッ。


 今の俺に出せる全力の右拳が、クライスの腕を貫通、そのまま胸のあたりに直撃。


 ッドォッ。


 吹っ飛んだ男の体が向こう側の壁を破壊、突き破りかけ、最も外の層に引っ掛かった。


 網のように柔軟な素材が、魔力の壁に織り込まれているらしい。ついさっき貫通された事実の、反省材料ということだろう。


「がぼォッ」


 クライスが血を吐いた。その全身は、原型を留めてはいるが、おそらく骨折どころではないダメージを受けている。


 俺はクライスへと歩いた。


「筋肉は、全力で収縮させると、その中にあるゴルジ腱器官というやつが『危険だ。弛緩させろ』って命令を出すんです。


さっきから、俺の体は不規則な収縮を繰り返していた。


だから一度、思いっきり力んでやったんすよ。そのおかげで今、なんとか動けてる」


 クライスへ、ゆっくりと近づく。


 俺の動きが緩慢なのは、もうエネルギーが切れてしまっているから。マジしんどい。今すぐ寝たい気分だ。


「がッ、風切りの刃(ウィンドスライサー)」口から鮮血を撒き散らし、クライスが唱える。


 ジャドドドドッジャドドッ。


 俺の体に、冷たい風の弾丸が突き刺さる。体に数十発の衝撃。


 しかし俺は歩みを止めない。


 ……なあ俺の脚、止まるんじゃねえぞ。


 眼前に近づく、壊れかけた歴戦の勇士。


「ライウェイッ」俺は右拳を振りかぶった。


 ガジュッ。


 殴られたクライスは網にめり込み、そのゴムのような反発力のせいで俺の後方へ吹っ飛んでいった。


「「瀕死のクライスに、右ぃーッッ!!」」

「「これは入りましたね。ただ」」


 立っているのすら厳しくなってきた。完全に燃料切れだな。終わったら、すぐクロノにメシ作ってもらおう。


 そんなことを考えながら、ゆっくりとクライスが飛んでいった方を見た。




 クライスは立っていた。


 ……おそらくは、万全な状態で。




「これは『自動蘇生(プロテイオス)』だよ。


ある程度の魔法使いなら、不慮の事故に備えて、予め死ぬ瞬間に発動する魔法をかけておくってことだ」


「……じゃあ、完全復活ですかね?それ」

「いや、魔力はかなり消耗しちまってるなぁ!それに、自動蘇生(プロテイオス)も切れちまったよ。はっはっは」


 うん。魔法、マジでズルい。


「……なるほどね」俺は、言葉を返すのが精一杯だった。


「色んな試合プランは考えてたが、こうなったら本当の意味で俺も『突き抜ける』しか選択肢がねえぜ!」


 ……俺、もう動けそうにないんだけど。


鋼の筋肉膨張(パンピンガーイロン)


 クライスの筋肉が、異常に盛り上がっていく。


自動蘇生(プロテイオス)に回してた魔力も全部、肉体強化に割り振ったッ!


……さあ、改めまして。『殴り合い』続編、開幕だな」


 ギャッ。


 速い。さっきよりも。


 ドッガパパパドドッボドムッドッ。


 ……重い。さっきよりも。


 一発返せるか?俺の体よ。クライスは防御すら考えていないのか、一点の曇りもない純粋な暴力を浴びせてきている。


 シィィッ。


 俺の振り回した左。クライスの右肩に直撃。


 クライスは体ひとつ分だけ飛ばされ、すぐに体勢を整えた。


 ダメだ。全然力が乗ってねえ。そして、もう打つ力は尽きた。


「へへっ、効いてなくはねえよ。右肩、今の一発で脱臼した」


 グッッ。


 クライスは不敵な笑みと共に、右肩を左手で抑え、捩じ込んだ。


「ほい、直った直った」




 ……どうする?どうすれば、こいつに勝てる?


 そもそも、勝てるのか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ