第68章 伝説 VS 伝説
響いてくる太鼓の音、大歓声。
……ひとつの時代を、伝説を、終わらせる時は来た。それだけだ。
俺は、通路の向こうの光へと進む。クロノを背に。
「「さあさあ、皆様!とうとうこの時が、やってきてしまいましたッ!!
『無敗』対『最強』ッ!
『伝説』対『伝説』ッッ!
『399戦無敗』クライス・カルミエ選手!そしてぇ、『最強の凡人』マット・クリスティ選手の、入場ッですッッ!!」」
耳を痺れさせる声の塊が、10000人収容、満員の会場全体を震わせていた。
歩きながら、向かいの通路にクライスが見えた。観客に手を振っている。余裕なのだろう。
今日の俺は、それもよく見えている。むしろ観客の中に知り合いを探してしまうほど、落ち着いていた。見つけたのは、仲介所のカリーナ、ラブレイダのマスター、職安のローラ。
「マット!おーい、バケモノー!あっははは」
「ひゃひゃひゃ、何だいその体!?めちゃくちゃデカくなってるじゃあないか!」
それはよく聞いたことのある声、笑い方だった。
横を見ると、「刹那を生きる者」マッド・エリスビィ。隣に小さなエルフの少女、「大魔法使い」イリス・キーレが、手をぶんぶん振っていた。
「みんな楽しみにしてるよー!マットも楽しめよーっ!」
「明日より今ってことさぁ!ひゃひゃ」
その言葉に、つい笑ってしまった。
二人とも、遠くに行ってしまったもんだとばかり思っていたが、いったいどこで試合を知ったんだろうな。
最前列の席には、ベンファト老夫婦が座っていた。周りも着飾った人々で埋め尽くされている。その一帯は、おそらくベンファトの血族だろう。
俺はゆっくりと舞台へ上がる。クライスも、ほぼ同時だった。
「マットぉ!おまえさん、短期間で本当デカくなったよなあ」
「これくらいでやっと、体格はいい勝負になりましたね」
「はっはっは!わかるよ、さらに強くなったのが。どうだい、今日は開始から、本気で行っても?」
「それが良いと思います。俺のほうは、加減して殴れるほど器用じゃないんで」
クライスは笑う。俺も笑う。
互いの強さを、もう認め合っている。
「おーい、実況席ィッ!この試合、初っ端から気合い入れて実況しろよォ!一瞬で終わるかも知れねえからなッッ!!」
拡声器を通していないはずの、クライスの怒号は、満員の観衆すら一瞬静まらせるほどの勢いで響きわたった。
「「おおっ、出ましたぁ!クライス・カルミエ、今日は様子見なし!という、宣言ですッッ!!」」
「「それを先に言ってしまうあたり、彼の性格が出てますね。
しかし、『今日の相手は、そうするだけの強さを持ち合わせている』という認定にもなりますよ。今の宣言は」」
「「確かにそうですねぇ!過去の試合、クライスが1分以内に試合を決めた前例は、一度もありません!
一瞬で決まる危険がある、一瞬で仕留める必要がある相手が、このマット・クリスティ!ということですねッ!」」
「「そういうことです」」
舞台上、俺は軽くダイナミック(動的)ストレッチを行う。
クライスは首をほぐしつつ、自身の肉体と対話しているようだ。
……体を見ればわかる。俺と同様、クライスも万全の状態。
「「当試合の『ウォーラー』、マイクとレイ、そしてアルトゥーロ!」」
3人の男、凄腕の魔法使いが、両手をかざす。俺とクライスだけが立つ舞台に、半球状の透明な壁が被せられる。
「ウォーラー!壁が破れたら、1秒以内に張り直せ!準備しておけよッ!」
再びクライスの声が、大歓声を切り裂いた。
……まったく、壊す気満々だな。この二人とも。
「「さあ、『魔闘技』史上最高の試合が、いよいよ始まりますッ!
オッズはクライス優勢ですが、その差は僅かなもの!
解説のマルクス・ウルさん!人々が待ち望んでいるのは、歴史が変わる瞬間なのかも知れませんね!!」」
「「この勝負に賭けられたお金の総額は既に、オプティマ闘技場の歴史を塗り替えていますからね。
ひとつだけ言っておくなら、どちらが勝っても、この試合は伝説になる、ということですッッ」」
……伝説か。死ぬまでに何かを残せたら、それは「成し遂げた人生」なんだろうな。
なんだ、どっちに転んでも幸せじゃないか。
今日は、死ぬには良い日だ。
「マット!頑張れーっ!」
それは、確かにクロノの声だった。喧騒に消されかけながら、ギリギリのところで俺の耳に届いた細い声。
「あー、そうだ。死んじゃダメなんだった、俺。てへぺろ」
俺はクライスを見据えたままで、声のした方に向けて左手を振る。
「いい顔してるじゃねえか!おまえさん今、笑ってるぜェ!」
クライスも、高らかに笑っている。つくづく歴戦の勇士だな、この人は。
「開始から行きます。全力で、殺し合いましょう」
「了解!俺ぁな、この時を待ってたんだぜ!
おまえさん相手に、どう立ち向かうか?ずっと頭ん中でぐるぐる考えてたよ。なかなか臆病者なんだなぁ、俺って!はっはははは」
「はははっ。じゃあ、俺もそうです。臆病者が二人、ですね」
「違いねえ!しかし、こうなっちまったら、もう殺るしかねえよなあ!?」
クライスが壁にもたれ、感触を確かめる。俺も肘で小突いてみた。できたら壊れないでくれよ。
「「さあ、始まります皆様!瞬きしたら終わってしまうかも知れません!絶対にお見逃しなくッ!
ジャッジ、オーケイ!?
それでは皆様ご一緒に!せーのッ、ファイダーウッッ!!」」