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第66章 本来のかたち

 鍛練、食事、休息。


 三本の柱を、繰り返す。ただひたすら、繰り返す。




「マット。あんなに貯めておいた肉も水も、半分以上なくなってしまったぞ」

「あー、そうなんですね。筋トレが楽しすぎて、そっちには限りがあるってことを忘れてました」




 この新しい部屋は、元の世界とは別の次元になるらしい。


 連れてきてくれた時、クロノが「時間は、いくらでもある」と言っていた意味はそれだ。


 つまり、ここは肉の保管庫と同じ構造らしく、中にいる俺達に「時間の経過」は存在しない。


「生きているものも入れることができて、かつ時間が存在しない。今まで、そのようには創ったことがなかったんじゃ。


……だから、いろいろ工夫して、頑張ったんだよ」


 その言葉を聞いた時も抱きしめたくなったが、俺は上体を曲げ、クロノにおでこをくっつけ、その黒髪を天辺から後ろに撫でてやったところで踏み留まった。


 いや、それ留まったとは言えない気もするけど。だんだんイチャイチャが甚だしくなってきたな。




「食糧が底をつきそうになったら、いったん部屋を出て、また狩りでもしましょうか」

「筋トレに集中したいでしょ。お金使っていいなら、買ってくるけど?」


 あ、そうか。金は困るほど持ってるんだった。


「ありがたいっす。最近、ほぼケトジェニック(低糖質)ダイエットみたいな食事ばっかりだしなー。


今、カーボ(炭水化物)摂ったらどうなるんだろ?」


「おぬし、肉を食べる量も増え続けておるぞ。体の発達と共にな」


「体の発達……クロノ様から見て、どうですか?」

「んー……そうじゃな。あっ、そういえば設置するの忘れてた。ほれ」


 クロノが指を振ると、瞬時に周囲の壁が一面、鏡張りになった。


「我から見てもわかるくらいの変化じゃ。自身で確認してみよ」


「……凄え。今まではイメージだったり、自分の影を見てポージングしてたから、こんなにはっきり見るのは初めてです」




 300年前、俺の目標となったアラン・シュヴァルツの肉体美。今の俺は、それを超えてしまっていた。


 それどころか、「魔闘技四天王」ネイザー・エル・サンディや「闘技場の巨人」マルクス・ウルのようなバルク(筋肉量)にさえ近づきつつあった。


 しかし、その二人とは何かが違っている。むしろ、俺はアランのほうに似ていた。




「何だろう?今まで出会ってきた、ばかデカい人達と俺は、どこか違ってるような」

「元々のフレーム(骨格)もあるが、やはり『ギフト』の有無じゃと思う。


特に、魔力は体に貯蔵されるからな。我の力が強くなったのも、筋トレのおかげで、この体に少しばかり成長があったからじゃよ」


「クロノ様は、やっぱりデカいほうが立派だと思いますか?」

「え?……な、なんか答えにくい質問じゃな」なんで顔真っ赤にしてんだこいつ。


「前、マットが言ってたじゃん?カーボ(炭水化物)は筋肉と肝臓に貯蔵されるって。


じゃあ肉しか食べてない今は、空っぽだってことでしょ?いっぱい買ってくるから、食べてみなよ」


 クロノは慌てたように消えた。


 こういうやりとり、もう懐かしい気がする。




 さて、今日は背中のトレーニングだ。


 クロノにお願いして追加された、鎖と11000ポンドのプレート2枚を使い、腰にぶら下げて加重したワイドグリップチンニング(手幅を広げた懸垂)。


 胸を高く突き上げていく感覚が重要なので、それが保てなくなった時点でセットを終了。結果、8回しか挙がらなかった。


 続いて、プレートローディング式のマシン・フロントラット(頭上、やや前方にあるハンドルを逆手に握り、脇を締めるように引きつける)。


 これは片手で13500ポンドを使用。本来は両手同時にもトレーニングを行えるマシンのはずだったが、重さが100倍になっているせいで、片手でなければスタートポジションにすら入れないのだ。


 脊柱が軸となって回旋してしまうと、広背筋から負荷が逃げてしまう。トレーニングしないほうの手も使って、しっかり体を固定しておく必要があるな。


 左右各12回行ったが、やはり利き手の右のほうが強いと感じた。こういう気づきがあるから、ユニラテラル(左右独立)種目も大事だと言える。




 ……しかし、俺の体形はおそらく「ハイラット」に分類されるもののようで、背中のシルエットが高い位置から腰にかけて、急に細くなっている。


 だから厚みというか重量感というか、それをあまり感じられない。生まれ持ったものだから仕方ないが。


 そうだ。俺は所詮「持たざる者」。ここから成長を続けるより他はないのだ。




 俺は鏡の前で、ラットスプレッド(背中を広げる)ポーズをとってみた。


「やっぱ、薄っぺらいよなー」独り言が、口から零れる。


「全然そんなことないよ?」


 その声に俺は驚いて、振り向いた。そこには、もうクロノが戻ってきていた。


「……びっくりしたなぁ。クロノ様、いつ帰ってきたんすか」

「いやいや、ここには時間がないんじゃぞ?


我がどれほどゆっくり行ってこようと、おぬしにとっては消えた瞬間にもう現れておるよ。つまり、さっきからずっと居た」


「あ、そう言えば。そうか」


 やっと理解した。300年間の罰ゲームの感覚が、まだ抜けてなかった。


 もう、あの時とは違うんだな。


「帰ってきた座標が、おぬしの視野から少々ずれておっただけじゃ。


それに……集中してるの、邪魔したくなかったからね」


「独り言、聞いてました?」

「ふふ、そのことじゃがな」言いながら、クロノはふわふわ浮かんで、パワーラックの頂上に腰掛けた。


「魔力のある強者は、それをさらに蓄えるため、不恰好なほど筋肉を肥大させておる。よって、ウエストも太い。


それに比して、おぬしは『筋肉』という器官を、本来のかたちで用いながら、それを今のレベルにまで引き上げてきた。


マットが大事だと思うのは『美しい』ことでしょ?どっちが美しいか、っていう話だったら、言うまでもないよ。


だから、自分を『薄っぺらい』なんて言わないこと!それ、わたしまで否定してることになるんだからねっ」




 ふと部屋の隅に目をやると、穀物や果物の箱が山積みになっている。こんなにたくさん買ってきてくれたのか。


「はいっ。じゃあクロノ様、あとワンハンドローイングだけ終わったら、メシにしましょうか」

「うん!いーっぱい買ってきたんじゃぞ!マット、いっぱい食べて、元気になーれ!」


 クロノはくるくる宙を舞いつつ、地上へと降り立った。長い黒髪と衣が、それに少し遅れてついてくる。




 ……ここにいるのは、天使だろうか?


 いや、神だったな。「遊撃特別警邏」の。

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