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第64章 クロノス・ジム

 石を投げる。


 獲物の頭部が弾ける。


 肉と魔石を回収。




 ……繰り返す。




 ある程度の肉が獲れたら、今日は丘でポージングの練習。


 ラットスプレッド(背中を広げる)から、流れるようにダブルバイセプス(両腕を顔の横で曲げ、力こぶをつくる)へと移行。ゆっくりとマスキュラー(最も迫力の出るポーズ)へ。


「筋肉のひとつひとつが、まるで独立して生きているようじゃな」


 クロノは魔石を飴玉のように口の中で転がしながら、大きな肉塊を魔法で低温調理している。


 時間がけっこうかかるので、退屈しのぎに俺のほうを見てくれているようだ。


「クロノ様。神様の視点から見て、俺の体に、発達が足りてない部位ってありますか?」

「むう……何をもって、その過不足を決めればいい?」


「美しさです。それは立ち姿、ポージングの動、静ともに。言うなれば、全てをひっくるめた『美』ですね」




 はたと考え込んだクロノは、空いた手の魔法で行っていた飲み水の濾過作業を止めてしまっていた。


 俺はクロノから返答があるまで、アブドミナルアンドサイ(手を頭の後ろで組み、腹筋と大腿に力を込める)への入り方を練習していく。どちらの脚を前にしても、しっかり縫工筋のカットを出せるように。




「おぬしが生まれ持った骨格、筋肉の形からして、できる限りの発達は成っているように思う。


んー……敢えて指摘するなら、ふくらはぎじゃな。腓腹筋?のピークが、もう少しあれば」


「おー、やっぱそう思いますか。筋肉の名称も正確だし、クロノ様もわかってきましたね。ボディビルを!」嬉しくて、思わず声が弾んだ。


「当然じゃ。何年おぬしと一緒にいると思う?」クロノも相好を崩し、会心のドヤ顔。


 片方の頬っぺたが、詰め込んだ飴玉の形に膨らんでるあたり、どうにも可愛い。




「しかしマット。そのような練習だけで、クライス相手に勝算はあるのかな」


 ……ん?


 問いかけてきたクロノは何故、いつものような心配顔どころか、嬉しそうな表情をしてるんだ?


 何か隠してる。まあいいや、付き合ってやろう。


「それなんですけど、試合までもう時間がないですからね。


相手に合わせてどうこう、ってよりも、今まで俺が続けてきたことを最後まで磨くしかないかな。そんなふうに考えてて」


「ふむふむ、確かに。もう1週間しかないものな。これは危機的状況じゃなー」


 言いながら、明らかにそわそわしてる。さっきから飲み水の濾過、まったく進んでないぞ。


「クロノ様には何か、良い案がありますか?」

「え?ま、まあ、我は神じゃからな。おぬしが一心に祈るのであれば、それを聞いてやらぬこともないであろうぞ」


「あれ?遺跡では『神は手紙に返事を書かない』って言ってませんでしたっけ」

「む、むうう……それは」


「わかってますよ。今の俺は、藁にもすがる思いなんですから。


どうか、クロノ様。御力を」


 俺は跪き、眼前の黒髪美少女に祈った。


 ……そういえば、クロノも筋トレ頑張ってるおかげで、ちょっとスタイルが大人っぽくなったような。


 特に姿勢が良くなって、背中のラインが綺麗になったし、身長も少し高く感じる。


 さらに、ちょっと胸も発達してきたっぽい。


「ちょ、マット!お、おぬし祈るフリして、何を不埒なことを考えておるのじゃ!?」

「あ、心読むの反則っすよー。いや恥ずかしいな」


「むうう、わたしのほうが恥ずかしいもん!」

「まあ、俺の正直な感想なんで。神様でも筋トレの効果あるんだなーと」


「……せっかく頑張って創ったのに、もう見せてあげない!」


 うん。クロノを怒らせたの、久々かも知れない。俺は頭を掻いた。




 ……そういう姿も含めて、愛しい。だから、つい観察しちゃうんだけどな。


「あ、クロノ様。今また読みましたね。それはズルです」

「あわわ」


 クロノが耳まで真っ赤にして俯き、袖で額の汗を拭いていた。


「やっぱ筋トレしてると汗腺が活発になって、汗かきやすくなりますよね」

「もう、いじめないでよぉ……」ちょっと涙目になってる。


 汗の話とかも、恥ずかしがるから言っちゃダメみたいだな。女の子はややこしい。いや神様なんだけど。


「あのー。そろそろクロノ様の秘策、見せていただいてもよろしいでしょうか?俺のほうはマジに期待してるんで」

「むう……ごほん、まーわかった。そこまで言うなら、仕方ないじゃろ。


さ、さっきは我のほうも、ちょっと子供っぽかったし。ごめん」


 ……クロノが、反省した!?


 危ない。驚きすぎて、もう少しで声が出るところだった。




 筋トレを始めてから、クロノも変わってきた気がする。理不尽な怒り方をすることが減った。うん、でも今怒ってたよな。


「では、おぬしに見せてやろう。成長した我の力をっ」




 刹那、俺の眼前のすべては白く無機質なものへと変わった。小さな畑ひとつほどの広さがある、真っ白な空間。




 しかし、300年前とは違っている。そこには、物があった。ぽつりぽつりと置かれている、ダンベル、バーベル、筋トレのマシン。


 雑誌でイラストを見たことがある。それらは全て、最新鋭のものだった。


「……ジム、だ」


 俺はおそるおそる、部屋の中央あたりへ歩み進んでいった。脚が震えている。


「こ、これは、プレートローディングのマシン!?


インクラインチェストプレスにラットプルダウン、果てはシーテッドカーフまでッ!」


「どうじゃ?よ、喜んでくれてる?」クロノはもじもじしながら、俺の反応を窺っている。誉めてほしいようだ。


 ……しかし俺は、どうしようもなく涙が溢れてきて、言葉を話せる状態ではなかった。


 数日前から魔石をあんなに食べてたのは、これを創る作業で力をたくさん使ってたからだったのか。


 クロノは、俺のために。




 ……気がついたら、俺は泣きながらクロノを抱きしめていた。

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