第63章 一本槍
マルクス・ウル。
闘技場で解説者をしている男だが、とにかくデカい。高く広い骨格に、異常なほど肥大した筋肉。
そのバルク(筋肉量)は、「魔闘技四天王」ネイザー・エル・サンディと争うレベルだ。
このマルクスと話す機会をもったのは、2週間後に俺と対戦する相手、クライス・カルミエからの提案だった。
「俺はスタッフとして、おまえさんの強さも成長も、ずっと見てきてしまってるしなぁ。このまま試合になったんじゃ、不公平な感じはあるよな。
まあ俺の記事やらも、探せば山ほどあるんだろうけどよ。『生きた情報』は、やっぱ俺と闘った奴じゃなきゃわかんねえ!そう思うだろ!?
俺の公式戦400勝目にケチつけたくねえからなぁ!俺のほうから、マルクスの奴に言っておくよ。体験談をとくと聞いてやってくれ!はっはっは」
……というわけで今、マルクスと対面して飯を食っている。
テーブルの対面には一人だけのはずなのに、凄まじい存在感だ。同じ人間なのか?
「私は過去にクライスと3度、闘った」
グラスの水を飲み干してから、巨人が口を開いた。
「最後に試合をやったのは?」
「もう2年近く前になるな」
「クライス・カルミエって、選手としてはどんな感じなんですか?」
「早い話、あいつは『賢者の印』を持っている。
だから、対戦した相手の全てを学び、闘うごとに強くなっていく、ということ」
賢者の印。
……やはり、また「ギフト」か。
経験者が語ってくれる、せっかくの機会だ。訊けることは全て訊いておこう。
「以前に俺が『風の魔法使い』デニー・ウォルフと闘うことになった時、試合前にクライスさんが言ったんです。『おまえさんとの相性は最悪だ』と。
事実、開始直後から距離をとられて、魔法で削られ続けました。
クライスさんもそんなふうに、相手に合わせた闘い方をしてくるんでしょうか?」
「クライスが私を、クリスティ君の情報源として選んだのは、君と私のタイプが似ているからだと思う。
基本的に近接戦闘を得意とする、もしくは君の場合、近接以外の選択肢を持たない」
なるほど。ネイザーと同様、マルクスさんも殴るタイプの人か。見た目通りだな。
「俺みたいな『一本槍』に、助言していただけるような点はありますか?」
「そうだな。まず、私に伝えることができるのは、クライスの闘いの方の『癖』だ」
「癖、ですか。それはありがたいっすね」
「クライスは自信家だ。というのも、負けたことがないのだから当然だが。
もっと若い頃のあいつは、常に成長しようとしていた。まだ『賢者』として、学ぶ余地があったからね。
相手から学ぶことがほとんどなくなったであろう今も、その姿勢は、体に染み着いてしまっている。
つまりクライスは、試合開始から1分以内に勝負を決めたことがないんだよ。過去にただ一度も、ね」
「手始めに、相手を観察してくる、ってことですね」
「あいつはオプティマ闘技場の看板選手であり、スタッフでもあるからな。『秒殺は盛り上がりに欠ける』という考えも持ち合わせているんだろう。
そして少なくともその1分は、観察と並行して、魔法で自身を強化するか、状況によっては相手を弱体化することを試みる。
まあ、そこはクリスティ君の出方によるだろうが。何にしても、そのタイミングで畳み掛けてくることは考えにくい」
じゃあ俺は、クライスが動き出す前、開始1分で試合を終わらせるか。
確かに、引き出しが無限にあるクライスと、殴るしかない俺が闘うとなれば、時間が経つほど不利になりそうだ。
……しかし、俺の動きは既にクライスが何試合も、直に観察してきている。それも毎回、ただ真っ直ぐ跳んで殴るだけのワンパターン。
無敗の漢が、それを易々と受けてくれるだろうか?
「よく考えているようだね。それがいい」マルクスが分厚い肉を口に放り込む。豪快ではあるが、行儀は決して悪くなかった。
対面してみれば、所作と言い、話し方と言い、丁寧な男だった。まあ外見はバケモノだけど。
「クリスティ君。『持たざる者』である君は、その立場であるが故、ギフトなしに生きる道を切り拓いてきた。
……飾らずに言おう。私は、君に勝機があるとみている」
「聞かせていただけますか」
「もちろんだ。そのために来たんだからね」
マルクスが皿に口を近づけると、吸い込まれるようにスープは消えた。
……クロノ達から見ると、俺もこんな食べっぷりなんだろうな。
「君はクライスにも、誰にも真似できない要素を持っている。わかっていると思うが、それは純粋な『筋力』だ。
我々のような『魔闘家』が、このようなバルクを持っているのは、『魔法を使用する前提で』強く在ろうとするからなのだよ。
魔力は基本的に、体が大きいほど多くを蓄えることができる。
だから私もトレーニングは欠かさないが、それはどちらかと言えば『貯蔵魔力を底上げする』のが主な目的だ。
クリスティ君がネイザー・エル・サンディやデニー・ウォルフと闘った時も、君のパンチが当たりさえすれば倒せる感覚はあったはずだよ。
むしろ単純な近接だけなら、『持たざる者』マッド・エリスビィもかなり強かっただろう?」
「あー、そういうことだったのか!」俺は思わず、米をかき込む手を止め、声をあげた。
「だから、俺の筋力が『魔闘技』の舞台でも通用するんですね」
「そう。単純なバルク(筋肉量)では私達のほうが上かも知れないが、その筋線維の密度が全く異なっている」
「殴り合いなら、俺のほうが強いってことか。
……少し、見えてきました」
「ネイザーが君と闘った時、『このバケモノが』と叫んでいたのを覚えてるかい?
あの時、私も解説席で同じことを考えていたよ!ふぁははは」
料理を全て平らげ、口を拭った巨人の笑い声は、意外に朗らかなものだった。