第60章 信じるもののために
「皆さんのおかげで、もう店にゃ出せる酒も料理もなくなっちまったよ。
本当に、豪快な人達だな!がっはっは」
「全部なくなるまで付き合ってくれるんだから、マスターも豪快だよ!今日もありがとうね。寝ちゃったハンター君にもよろしく言っといて!
あ、お金はきっちり取ってよ。払うのはマットだから!あははは」
「クロノ様。ほら、水です。起きてください。あと、支払いは大変なことになりそうですッ」
「むにゃ?」
「イリスは……うん、完全に寝ちゃってるみたいだな。カリーナ、その子の面倒みてくれて助かったよ!ありがとう」
「いえ。私も久しぶりに楽しかった」
「家まで送るよ」
「そう。なら、お願いするわ」
ラブレイダの店から出ると、もう夜明けが近い空だった。
「じゃあ、またいつか。マッド・エリスビィ」
「またすぐ会うかも知れないけどね!でも、これが最後かも知れない。人生はいつだってそうさ。あはは!
……だから。生きてたら、また会おう。マット・クリスティ」
拳を合わせ、俺達なりの挨拶を交わした。
「マット、また『請負人』として会えるかしら?」
「まだ考えてないっすけど、たぶん。そのうち行きますよ」
「待ってるわ。その時に、マッドの近況も、私から話してあげる」
「あれ、前は守秘義務って言ってませんでした?」
カリーナは髪を流すように、かき上げた。
「そう……義務ねぇ。忘れちゃってた!あはっ」
その解き放たれた笑顔は、引き込まれるような妖艶さを有していた。
……これで、パーティも解散だ。
明け方の誰もいない道を、クロノと歩く。
「ねえ、マット」
「どうしました?」
「おぬしも、カリーナみたいな大人っぽい女性が好みなのか?
……べ、別に気になってるわけでもないけど。一応訊いてみただけ」
「はははっ」
「な、な、何じゃ!マッドみたいな笑い方しおって。おかしいか!?」
「うん、おかしいっすね。300年も一緒にいるのに、そういうこと訊いてくるクロノ様が」
「むううう」
「さて。次は何処へ行って、何をしましょうか。ずっと一緒に」
「……うん。一緒にね」
俺も、少し酔っているらしい。
一人と一神、手を繋いで、早朝の街を歩く。
宿を見つけて、少し寝ることにしよう。色々なことがありすぎた。
「クロノ様。突然ですが俺、やりたいことを見つけました」
「ほう。それは何じゃ?」
「本を書きたいんです。筋トレの」
「やはり筋トレか。マットらしいな」
「きっかけは、地底で出会ったエルフ族のエリーゼさんでした。最初に彼女の歩き方を見た時、すごく大変そうに見えたんです。
高身長の女性で、しかも筋力が不足してる。エルフ族はそれを普段、魔法の力で補わなければ生活動作すら困難だそうですね。
筋トレは、人間だけでなく、そういう他の種族にとっても有効なはず」
「まずは人間のための本を書いてみてはどうじゃ。それではダメなのか?」
「300年以上前に、アラン・シュヴァルツという人の本が既にありました。俺はそれに感銘を受けて、筋トレを始めたんです。
外の世界に出てからも、ちょくちょく街で本や雑誌を読んだりしてますけど、人間のための筋トレ情報はかなり出回っていますね」
「なるほど。しかし他の種族、エルフや、ドワーフやホビットはどうじゃろうな。そもそも筋トレなどという習慣が、人間以外のものに存在するのかもわからぬ」
「そこなんですよ。だから、世界中を調べて回って、人間にとっての原則がどれくらい当てはまるのか、当てはまらない場合はどうすればいいか。それを書き記していく。
……ひょっとしたら、一生かけても終わらないかも知れません。
でも、その情報が有益なものであるなら、きっと他の誰かが俺の遺志を継いでいってくれるんじゃないか。アランから俺へ繋がってきたように。
……俺はそういう考えなんですけど、この計画、クロノ様はどう思いますか?」
「うん。計画は、すごく良いと思うよ。でも……」
クロノは何故か、しょんぼりしているようだった。
「どうしたんです?言ってみてくださいよ」
「だって、また何度も、人間の領域の外に出ることになるじゃろ?
そしたら、また我の魔力は弱まる。人間と変わらなくなる。今回の地底の時みたいに、次もきっと……
あ、足手纏いになっちゃうんじゃないかな、って」
「未だにそんなこと言ってんすか。呆れた神様っすね」
「そ、そんなことないもん!イリスの時はうまくいったけど、次は途中で魔石が尽きるかも知れないじゃん。
マットが大変な時、守っても助けてもあげられなくて、指をくわえて見てるだけになっちゃうかも知れないんだよ!?」
「その時は、その時。だから俺達は、『明日より今』って唱えてる。
そんなもんじゃないですかね?」
「……むう」
「クロノ様。世界を見て回りませんか?俺と、一緒に。
俺が発揮できるだけの筋力で、あなたを守ります」
クロノは急にそっぽを向いた。
「クロノ様?」
「……ふふ」
「あ、笑ってます?」
「うん。だってさ、神が人間に『あなたを守ります』って言われたんだよ?」
「えー、おかしいですか?俺」
「マットはおかしいよ。神への態度も、筋肉の大きさも、好きなことへの真っ直ぐさも、もう全部おかしいから!」
「そんな俺でも、ついて来てくれます?」
「もちろんじゃ」
「あ、今のは神様っぽいですね」
「神じゃからな。えっへん」
計画は壮大。正直言って、何から手をつけていいかすら定かでない。
ただ俺は、信じるもののために生きてみようと思った。
学びを止めない限り、いつか全ては繋がる。