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第6章 時の流れの外側に

「あのー、マット。おぬしがここに来てから、今日で10年じゃぞ。じゅうねん」

「あーそうなんだ。やっと一人前って感じっすね」


「むう……」

「クロノ様もよく飽きないですね」


「だってわたしは……ごほん、我は外の世界も普通に見ておるからな」

「もし俺が、ここから出してください。って言ったらどうします?」


「えっ!?そ、そうか!ついに謝る気になったようじゃな」

「いや、そもそもなんで怒ってるのか覚えてます?」


「えーと……そう、おぬしが我の眠りを妨げたからじゃ」

「忘れてましたやん」


 俺はいいが、クロノも本当に飽きないな。あんまり怒らせると三日くらい現れない時もあるけど、結局また来てくれる。暇なんだろう。


 まあ、10年前まではずっと石になったまま寝ててよかった身分だしな。




 ……筋トレを記録し続けて、ここの白い床も全体が文字だらけになってしまった。


 ちょうど10年記念だし、記録も必要なくなっただろう。


 これからは自身の肉体と対話を重ね、その中にだけマッスルメモリー(筋肉の記憶)を刻んでいくことにしよう。


 最近は壁を蹴って、向かいの壁までの距離を跳ぶことができるまでになった。逆立ちの状態から腕の力だけで5ヤードはジャンプ可能だ。


 どうせ暇だし、彫刻刀を狙った一点に投げるコントロールも身に付いた。




 ずっと鏡を見ていないが、俺の肉体もアランのように美しくなってきただろうか?


「クロノ様、10年経った俺の体、どう思いますか?」

「いやに真剣じゃな。いつもおどけておるのに」


「真剣です。自分がどんなふうに見えているのか、知りたいんです」

「むう……」


 クロノは俺の体をまじまじと見つめながら、顔を赤らめていた。


 上半身は服が着られないほどに発達してしまったので、俺はもうずっと半裸なのだ。


「えー……あの、その、わたしはもう見慣れてるけど、やっぱり逞しくなったかな。って思ったり?」


「なんで照れてるんですか」

「そ、そんなことないもんっ!……カッコいいとかって、やっぱり面と向かってだと言いにくいじゃん!?」


「クロノ様って動揺すると、だいぶ砕けた感じになりますよね」

「ばか、もう知らないっ」


 消えた。おなじみの流れ。


 何だかんだ、こういうやりとりが楽しくて筋トレも続けられているのかも知れない。クロノにはつくづく感謝だな。




 肉体が強くなると、精神も成長していくような感覚がある。


 体が発する「声」を聞く方法がわかってきた。何ヤードをどれくらいのスピードで跳ぶかも大事だが、その瞬間に体は如何に反応し、どのような刺激を受けているのか。


 究極的には、例えば腕を伸ばす伸筋、曲げる屈筋を同時に全力で活動させられれば、自分の内部だけでトレーニングを完結させることができるのではないか?


 まだ試したいことが沢山ある。そして、その機会は永遠にある。


 俺、もっと強くなります。




「マット、おはよ」

「あー、クロノ様。おはよ」


「えーと……お、おぬしの父親の話じゃが、その……聞きたいか?」


「……その表情でわかりました、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。


……そうか、もうそんなに時が過ぎたんだな」


「あの……マットは我を恨むか?」


「親の死目に逢わなかったのは、俺の意思です。クロノ様が思い悩む必要はないですから」

「き……嫌いになったりしない?」


「んー、それは、何て言うか……」


 ずっと会っていなかった父親の姿を思い出しかけて、俺は言葉に詰まり、天井のほうへ視線を逸らした。


 クロノは罪の意識に苛まれてるんだ。早く、何か言ってやらないと。


「……そっか。そうだよね。わたしが意地っ張りなせいで、マットにつらい思いさせて。


も、もう会いに来ないほうがいいよね?わたしなんか」


 下手な作り笑いを見た瞬間、その宝石のような瞳から涙があふれかけ、クロノが慌てたように後ろを振り向いた。


「……マット、ごめんね」


 涙の落ちる音が聞こえた気がした。


 俯いたクロノの声が、体が震えている。


 気がついたら、俺はその黒髪と華奢な体を抱き留めていた。


 普段あんな雑に神様ぶっておいて、こういう時だけ必死で感情を抑えようとしないでほしい。


「こんな長いこと一緒にいて、嫌いになんかなれるわけないでしょ。俺が悪いんです、全部」


「……ふえええん、ごめんなさい。ごめんなさい……」


 クロノの頭ぽんぽんするの、たぶん数十年振りだな。


 ……神様って、こんなに愛しい存在でいいんだろうか。




 両親ともに亡くなった時、俺の生き方は決まった。


 こんな不孝者が許されることはないだろう。俺は、永遠に筋トレを続ける。


 自分の選んだ道を極めること、ただひたすら筋肉を発達させ続けることが、せめてもの償いとなる気がした。




 クロノは時々、外界の様子を話してくれた。


 俺が生まれた農村は開発が進み、統治者は度々変わっていった。


 技術が進歩し、魔物の亡骸や地下から獲れる魔石を使った動力仕掛けが家庭で活かされるようになった。


 俺がいたクリスティ家の農地は縮小し、子孫たちは若いうちに都会へ出て行ってしまうそうだ。




 時代は回る。人間は進む。


 その先には、幸福があるんだろうか?

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