第59章 あんまり覚えてないや
「えー、イリスもついて来る気なの?デートなんだよ、カリーナとデート!」
「このばかチャラ坊が、悪いことしないように見張っててやる!って言ってんだよ!」
「うーん、でもなぁ。カリーナはどう思う?」
「私は何でも。そもそも、本当にデートすることになると思ってなかったし」
「……よし!じゃあ、こうしよう。今回の報酬を受け取ったのは、マットだ。
依頼達成のお祝いとして、みんなマットに奢ってもらおう!」
「はい?」
俺は驚き、固まった。マッドはいつものように笑っている。
「っていうか、よく考えたら『闘技』で勝ったほうがカリーナとデート、って言ってた気もするし!
とにかく、今回は『最強の凡人』マット・クリスティが主役だからさ。
ねーみんな、どう思う!?」
「それなら、あたしも賛成!せっかく新しい体に生まれ変われたんだから、そのお祝いがあってもいいんじゃないかと思ってたんだよねぇ!」
「だよね!カリーナ、みんな一緒でいいかな?あははは」
「言ったでしょ。私は、何でも。ふふ」カリーナもつられて笑い、顔にかかった前髪を手櫛で流した。
「いやいや、あの、皆さん?」
「もうよいではないか、マット。おぬしが稼げる男だ、という証明じゃよ。奢らされるのは」
「……わかりましたよ。じゃあ、今日は俺の奢りで!飲んで、食って、遊びましょうかッッ!」
「「「おーっ!」」」
……あれ?前回も俺が出したんじゃなかったっけ?
ラブレイダの店の中。ここの息子であるハンターが、黒ネコのイリスを見つけてくれたんだよな。
「では皆さん、依頼達成おつかれさまでした。イリス、復活おめでとうございます!カリーナさんも、本日はよろしくお願いします!
では早速、かんぱーいッ!」
「「「うぇーい!」」」
「おら、おかわりの麦酒だ!しかし兄ちゃん達、本当よく飲むよなぁ。見てて気分が良いよ!」
「これが楽しみで、今日を生きてるようなもんだからね!僕は!あはははは」
「ばかだよ、このアホチャラ坊」
「マッドの飲む早さはヤバいっすからね」
「おぬしの食べるほうが、よっぽどヤバいんじゃが……」
「あ、クロノ様も流石に今日はオレンジジュースですね」
「むうう。もうバカップルって言われるの嫌だもん」
「ねえカリーナ、飲んでる?楽しんでる!?」
「ええ」
「カリーナ。僕らさ、ネコを依頼の通り見つけた上に、それをエルフ族の体に入れて復活させたんだよ!凄いでしょ?」
「そうね」
「こりゃ、チャラ坊!カリーナちゃんにばっかり、絡んでるんじゃないよ!」
「あれ、なんかイリス酔ってきてない?」
「あーあんた、わかってくれるかい?なんだか、ぐるぐるしてきたよ。
おかしいねぇ、エルフは酔わないって聞いたと思ったんだけどねえ」
「クロノ様、これはどういうことっすか?」
「むう……あ、そっか。今のイリスの体は、我が魔法でほとんど創り直してしまったからな。
その際に、かなり組成が人間に近づいてしまったようじゃ。我は人族の神である故、人間の体のことしか詳しく知らぬからな。
多分、そういうことじゃ」
「あれ?じゃあ、ダメじゃないっすか!イリス、今の体はほとんど人間だから、その体でお酒はダメだそうですよ。まだ子供ですし」
「うにゃぁ?」イリスは、隣で行儀よく座っていたカリーナに膝枕されていた。
「あら、だいぶ酔っちゃったのね。ふふ、可愛い」
「にゃ……」
イリスはカリーナにその淡く細い髪を、整えるような手つきで撫でられ、そのまま眠ってしまった。
「……それで。この子が、あなたの奥さんってこと?ねえマッド」
「えー!?いやいや、どう見ても子供だよイリスは!
僕はどっちかと言うと、カリーナみたいな大人の女性に優しく包まれたいなー!そこですやすや寝てるイリスみたいに!」
「この子、エルフ族なのね。本当に可愛いわ。
もう少し大きくなったら、私なんかよりずっと綺麗になると思うけど?」
「んー、カリーナの魅力は、何て言ったらいいかな?もちろん外見も綺麗なんだけどさ。そういうのと違う要素にも、僕は惹かれるんだよ」
「……言われたことなかったわ。ありがとう」
「あ、喜んでくれてる?」
「ええ。素直に、嬉しい」
……イリスが寝ちゃってから、なんか良い雰囲気になってきてるな。
「クロノ様。二人、いい感じですね」
「ふにゅるる?もっちろんだよ!マット、大好きだよぉ。ずっとずっと一緒にいてね!」
「クロノ様!?ちょっと、またこれお酒じゃないですか!」
「いーじゃんかぁ。たまには神様だって甘えたいんだよ?」
「平常でも甘えていただいてる気がするんですけど」
「もっと!なでなでしてぇ、なでなで」
クロノまでが、俺の膝を枕に寝転んできた。
「わかりましたよ。はい、なでなで」
「……やさしく、してね?」
「へーい」
すぐにクロノは寝息を立て始める。
艶やかな黒髪、火照った頬、鼻をくすぐってくる甘い匂い。
……こっちも、いい雰囲気のような。
俺はカウンターの奥で作業をしているマスターをちらと見た。マスターは控えめな笑顔で、俺に合図を返してくる。
「すんませーん、水を一杯」
「あいよ!」
「あら、そっちの神様も寝ちゃったのね?」カリーナがこちらに目を向けてきた。カリーナも少なからず酔ってるみたいだ。
「お酒が入るとすぐ、こうなんですよ」
「あははっ、お酒は人を素直にするよねー!」
「二人、お似合いだと思うわ」
「まあ、300年も一緒にいますからね」
「そうなの。へぇ、300年」
「ずっとこんな感じです」
「カリーナ。それに比べたら、僕らが重ねてきた時間は、全然短いかも知れないけどさ。
君と一緒にいる今、すごく幸せだよ!」
「……ふふっ。マッド、ひとつ教えて。
その台詞、今まで何人に言ってきたの?」
「あっははは、あんまり覚えてないや!」
まだ起きている3人で、笑い合った。
夜は、まだ長い。