第58章 少女からの報酬
家族にとって死んだはずだったイリスは、堂々とネコの姿で帰宅し、ひと通り挨拶を済ませてから、エルフの少女の体に戻った。
街行く人達も、イリスの家族も、やはりエルフ族という存在は珍しいようで、皆一様に驚きの表情を浮かべる。
とは言っても、まだ少女の体だから背も小さいし、耳もそれほど目立たない。ただ純粋に、驚くほど美しい少女、というだけかも知れなかった。
「あー、やっぱり魔法がないと体が重いわ。本当に筋力がないんだねぇ、エルフは」
とか言いつつ、イリスは自分がお婆ちゃんだった頃の遺体に魔法をかけている。
「こんな顔、見れたもんじゃあないよ!あたしゃこれほどまでにシワシワだったんだねぇ。視力が衰えてたから、鏡でもほとんど見えてなかったのか」
「見えないほうが幸せなこともあるんだね、イリスお婆ちゃん!」
マッドはエルフの少女の頭を、それがネコだった時のように指先で撫でている。
「こら。もう『お婆ちゃん』じゃあない。あたしゃね、チャラ坊なんかよりずっと若くて、長生きするんだよ!」
「じゃあ僕が先に死んだら、また生まれ変わってくるよ!あははっ」
「……見た目だけでも何とかしてやろうかと思ってたけど、このババアの体、外見だけ綺麗に繕っても仕方なさそうだねぇ。
もう燃やしちゃおうか?葬儀ったって、そもそもあたしゃ死んでないんだし」
「元々はイリスの体なんだから、君の好きにしたらいいと思うよ」
「……そういう台詞。普段はチャラチャラしてるくせに、その言い方は、リャンに似てるんだよねぇ……」
「何を、ぼそぼそ話してるのかな?」
「何でもないよ!独り言さ。
惜しいような気もするんだけど、もういいか!
おーいリヴァちゃん、おまえ達、お婆ちゃんと最後のお別れだよ!このババアの姿、もう十分見といたかい!?」
遺体を布に包んで家の外に出し、イリス自身が魔法で燃やしてしまった。
かなり高温の炎だったらしく、後には何も残らなかった。
「マッド。ネコちゃんと、おばあちゃんを、ほんとにありがとう。大すきだよ。
はい!これ、リヴァのおこづかい。ぜんぶあげるから、リヴァとけっこんしてくれる?」
リヴァは掌に乗せた小銭を、じゃらじゃらと差し出した。
「あははは!ありがとう、リヴァ。でもね、そのお金はマットのものなんだよ。
僕は『闘技』で負けちゃったからね!」
……あ、思い出した。勝ったほうがリヴァに報酬を貰う、って約束だったっけ。
「いやそんな、俺が貰うわけには」
「ちょっとちょっとリヴァちゃん、こんな男と結婚って、どういうことだい!?おいチャラ坊!あんた説明してみな!」
「いやいや待ってね。まだ僕は正式に受けたわけじゃないから」
「この、ろくでなしっ!」
「ぐあっ、イリス、ガチで苦しいガチで」
魔法の光で絞め上げられるマッド。
でも何か、二人とも嬉しそうだ。
「くははっ、ダメだ死ぬ!死んじゃう!イリス、許して!」
「一回死んで、また生まれ変わってきな!ふんっ」
「おばあちゃん、マッドがしんじゃうよ!やめてあげてぇ」
「クロノ様、何て言うか、本当に夫婦みたいですね。この二人」
「うん。そんな感じだね」
クロノは微笑みを浮かべたまま、遠い目をしていた。
……神様は、全てを知っているんだろうか。
シャオン・ライの仲介所。俺達はリヴァの依頼達成を報告するため、店の前まで来た。
マッドが豪快に扉を開き、けたたましく鈴が鳴る。
「よんきゅー!マスター、よんきゅー!」
「はいはい、いらっしゃいマッド。あ、今日はバカップルが二組かい?」
「まー、そんなとこだね!はははっ」
「ほー、あたしらもカップルに見えるのかねぇ?」
「むうううっ、わたし達だって違うもん!」
「まあ、俺とクロノ様はこの店でイチャイチャしてた前科ありますからね。あれは完全にクロノ様のせいですけど」
「……むう」
「拗ねるの禁止」
やれやれといった表情で、シャオンが指を鳴らす。店奥に、仲介所の入口が現れる。
「カリーナ!ねえカリーナ、ただいま!」
「あら、マッド。今日は可愛い彼女と一緒なのね」
「まあね!よく言われるよ。しかし今日は、ずいぶん親戚が増えちゃったな!」
マッドは片眼を閉じてイリスに合図した。
「あんた。それでまた、この女とはどういう関係だい!?このチャラ坊め」
「あら。その可愛い子は、親戚なの?」
「いや、こっちの話!あははっ」
「そう。それで、用事は?」
「リヴァからの依頼、終わったよ。仲介所の取り分を持って来たんだ。
ほら、2割」
マッドは、カウンターに小銭を置いた。その金額、僅か240ロニー。
「……ふぅん。本当に見つけたのね。黒いネコ」
「ああ。書類をこっちに渡しといてくれれば、僕がリヴァのサインだけ貰っといて、また持って来るよ」
「わかったわ、書類ね。あと依頼書も片づけてくるから、ちょっと待ってて。ふふ」
カリーナは笑みをこらえるように、カウンターの奥へ歩いていった。
「あの女。あんたの何なのさ?チャラ坊。また首絞めてやろうか!?」
イリスがマッドの袖をめちゃくちゃに引っ張っている。
怒る理由といい、年寄りじみた話し方といい、ちょっとクロノに似てるな。
カリーナのほうに大人びた女性という印象があるから、子供っぽいクロノもイリスも、嫉妬してるようだ。それぞれ神様とお婆ちゃんなのに。
……そう考えてみたら、途端に愛しく思えたので、俺はクロノの肩を少しだけ抱き寄せてみた。
クロノは慌てたように俺の顔を見たけれども、俺は気づかないフリをした。
視線の遠く、貼り紙でいっぱいの、小汚ない壁の何処かを、ぼんやりと眺めたままでいた。