第57章 ただいま
帰り道は、ずっと短く、楽に感じる。
上っていくトンネルの途中で、クロノは途端に魔力と元気を取り戻した。
「わー!今、神の力が戻ってきたよ!いえーい!ライウェイ!」
「あ、俺の真似っすか」
「ほんと体が軽い!ばか軽だよ!風船付けたみたいにっ!」
「よかったです。地上に帰ったら、筋トレもちゃんとしましょうね」
クロノは必要以上にトンネル内を明るく照らしたり、パーティ全員の体を清潔ピカピカ状態にしたり、嬉しくて魔力を浪費していた。
土壁のトンネルを抜け、魔法の壁をくぐり、下水道へ。
ここでもクロノは、シャボン玉の魔法で全身を守ってくれている。だから悪臭もないし呼吸が楽だ。
「そういえば、今になって思い出したんですけど。イリスの元の体って……」
「死んだことになっておるじゃろうな。もう『引っ越し』から丸一日経ってるし、家族も気づいているはずじゃ」
「ありゃ、そうだねぇ。ってことは皆、ちょっとくらい悲しんでくれてるのかな?ひゃひゃ」
「意地の悪いお婆ちゃんだなぁ!あははっ」
……このエルフの少女が実はイリスだ。って急に言われても、困るだろうな。確実に。
帰りも先行のマッドは迷うことなく、下水道を進む。
何度も来ているとは言え、やはり元々の頭が良いみたいだ。マッドの奇抜な振る舞いのほとんどは、それがどう思われるか計算の上でのことだろう。
「帰り道のほうが、早く感じません?」
「だよね!?僕もそう思うよ!あー早く酒が飲みたいなー」
「あたしゃ、この体で飲めるかねぇ?」
「子供はダメです。発育を阻害しますよ。まあ健康面を言うと、大人もダメなんすけど。
っていうか、エルフのアルコール分解酵素ってどうなんだろう?クロノ様。エルフと人間では違いますか?」
「エルフはそもそもアルコールの影響をほとんど受けぬよ。水を飲んでいるのと変わらん」
「へー、そうなんですか。なのに、なんで神であるクロノ様が酔っぱらうんですかね」
「むうう、なんでわたしにそんなこと訊くわけ!?」
可愛いからです。そう言いたかったが、またバカップルになりそうだったのでやめといた。
「いや可愛いとか、そういうのじゃないもん!」
「あ、心読んでくるのは反則っすよ」
進んでいる通路の先に、陽の光が見えた。
やっと地上に帰ってきた。
「うわ眩しい。クロノ様、俺達は結局どのくらいの期間、地底に潜ってたんですかね?」
「3日と少し、じゃな」
「潜っても成果の出なかった時なんて、一日が一月くらいに感じてたからね。ほんと、今回は有意義な旅行だったよ!お付き合いありがとう!あはははっ」
「さて、この大魔法使いイリス・キーレの健在を、家族にどう伝えりゃいいのかねぇ……」
「マッド、さっそくリヴァのところへ行きますか」
「そうだね。イリス、君はネコの姿になれば、わかってもらえるんじゃない?」
「あ、そりゃあ良いかもねぇ。やってみるよ!そしたらマッド、あたしの本体のほうは寝ちゃうから、支えてておくれ」
イリスは掌に意識を集中させ、息を吹きかけるようにして、黒いネコの形を創り上げていった。しっぽは、やはり三本。
かくんと突然崩れ落ち、イリスの体はマッドに抱き留められた。
ネコは音もなく、地面に着地。
「あ、あー、こんな声でよかったかねぇ?ババア時代の声なんか、もう忘れちまったよ」
いざ若返ると、ひどい言い様だな。つい昨日までの自分のことなのに。
「たぶん、話し方ですぐわかってもらえるよ!家族なんだしさ」
「まあ、イリスはイリスですからね」
「結果どうなるにしても、帰って報告するっきゃないね!ひゃひゃひゃっ」
……特に良案もないまま、キーレ家の前まで来てしまった。
コン、コン。
マッドがイリスの体を抱いたままドアに近づき、やや窮屈な姿勢でノックした。
「……どなたかしら?」
「見てくるよ」
女性と男性の声が聞こえた。おそらくリヴァの両親だろう。
ドアが軋み、音をたてて、ゆっくりと開いた。
「ああ、マッドさんでしたか。申し上げにくいのですが、母はもう……」
言葉に詰まる男性は、疲れたような表情をしていた。
「何言ってんだい、このばか息子。あたしゃキーレ家の大魔法使いだよ!?そんな簡単に、くたばるかってんだ!」
「……母さん?」
足元で急に母親の声がしたものだから、そりゃ息子も驚くだろう。
「え!?本当に母さんなの?」
「そうだよ。ネコのほうに魂を移して、生き延びてたのさ!
まったくあんたは、自分も魔法使いのくせに、何も知らなかったのかい?」
「でも、そうすると、魂の居場所は」
「このチャラ坊が抱いてるエルフだよ。こっちが新しい体」
「……ふっ、ははは!相変わらず、死んでもむちゃくちゃだなぁ!本当に、母さんは。父さんも苦労したんだろうな」
「じゃあリヴァと、私が死んだと思ってせいせいしてるリンダにも挨拶してくるよ。
リヴァちゃん!リンダ!お婆ちゃんのお帰りだよー!」
「え、お義母さん!?」
「おばあちゃんのこえだ!」
奥に歩いていったネコのイリスと、奥の部屋から出てきた二人が、俺達の目の前で対面した。
「リヴァちゃん!このネコねえ、お婆ちゃんだったんだよ!気づいてなかったかい?」
「おばあちゃん!ネコのおばあちゃんは、かわいいね。よしよし」
リヴァがイリスを、やや乱雑に撫でた。隣で呆気にとられているリヴァの母。
子供の容赦ない可愛がり。それでも黒いネコは、幸せそうに喉をごろごろ鳴らしていた。
「探してくれてありがとうね、リヴァちゃん。ただいま」