表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/89

第53章 神の好き嫌い

「前例って、これは成功という認識でいいんすか?」

「大成功ですよっ!イリスさんは元々、レベルの高い魔法使いですからね。これは、魔法で自身の体を動かしているんです!


生き物というのは、基本的にどんな種類であっても、脳から電気信号を全身の筋肉に伝えることによって、自分の体を思い通り動かしています。


イリスさんは新しい体、しかも人族がエルフという新しい生き物に『引っ越し』てきたわけですので、最初のうちは、以前の体で長年培った信号による指令が、そのままの形ではうまく通用しません。


そこで、焦れったくなった魔法使いは大抵、『魔法で体を操る』という案を試してみるんですよ!


だから、このように不自然な動きに見えるわけです!」


「どうも、解説ありがとう。そういうことだよ。


ってなわけで、ただいま!ひゃひゃひゃっ」


 脳に直接、イリスの声が響いてきた。


 以前のままの、お婆ちゃんの声色だった。これは魔法だから、エルフの声帯を通す必要がないんだろう。




「どうも、まだ慣れないもんでねぇ。まだ焦点は合わないけど視覚は働いてるし、みんなの声は聞こえるし、触れられてる感覚もあるんだよ。


でも、やっぱりどこか違うね。こりゃ時間がかかりそうだったから、とりあえず魔法で挨拶だけでも、と思ったんだ」


 エルフの美少女は眼を開き、ゆっくりと俺達の顔を見回している。


 相変わらず、動きはガクガクしていて人形のようだ。姿形が美しいだけに、何か得体の知れない恐ろしさを伴っている。


「おーおー、ようやくあんたらの顔もくっきり見え、んん!?」


 マッドが素早くイリスの背後に回り込み、両手で美少女の眼を覆っていた。それに驚いたのか、尖った耳がぴくりと動いている。


「ありゃ、どうしたかねぇ?急に何も見えなくなったんだけど」

「何だって!?それは大変だ!エルフの肉体が拒絶反応を起こしているのかも!」


 マッドはイリスの後ろから、俺達に向けて笑みを浮かべながら、声だけ真剣な調子で叫んだ。


「マッド?……マッド!どこにいるんだい?あたしゃ大丈夫なのか!?た、助けておくれ」

「もちろん。イリス、おまえを絶対離さない」


「その声、ブレンダン?ブレンダンなの!?」

「ああ。これは、おまえが死ぬ前に見る夢なんだ」


「はーいはいマッドさん!そろそろ許してあげてください!そういうの、モテない女の前で実践しないことです!」


 エリーゼが、大声と両手を叩く音で会話を遮った。割と本気で怒ってる感じがある。


「ばあ。はい、ここでネタばらし」マッドがイリスの両眼から手を離す。するりと正面に回って、二人の顔が近づいた。


「はっ、あ、あんた!」それを見たらしいイリスは、表情をうまく変えることもできないまま、その全身の肌を真っ赤にした。


「おかえり」


 マッドが顔をくしゃくしゃにして、イリスを抱きしめた。


「……改めまして、ただいま。


ありがとうね、マッド・エリスビィ」




「クロノ様、そろそろ起きてほしいんですけど。クロノ様!」

「んー、むうう……あと5年」

「長すぎます。5秒にしてください」


 両の頬っぺたを外から挟み、変な顔にしてやった。めっちゃ柔らかいな、こいつ。


「んみゃ!?おにゅし、なにを」

「おはようございます」

「お、お、愚か者め。寝ている神の顔で遊ぶとは……」

「後でまた300年、閉じ込めてくださっていいんで。


今はイリスのことです。さっき目覚めて、新しい体も何とか動かせてます。問題は、イリスがこれからどうなるのか、ってことなんですが」


「ああ、心配しておるのか。大丈夫じゃよ。このまま、エルフの肉体の寿命いっぱいまで生きるじゃろ」

「クロノさん、その根拠は何なのですか!?


私の研究では、あなた方の言う『引っ越し』が一時的には成功したとしても、その状態は数日しか保たない、という結果しか残せていません!」


「我はさっき『神のみが持つ力』と言ったであろう?


エリーゼ。おぬしが過去に重ねた経験は全て、魂と肉体の拒絶反応によって終わっているはずじゃ。


だから、我も最初はそれを抑えるための魔法を用いた。しかしそれでは、長期にわたって安定した状態は期待できそうにない。


結局、イリスの魂に合わせて、体を創り直したのじゃよ。


見た目はほぼ同じかも知れぬが、中身は全て変わっておる」


「そ、そんなことが可能なのでありますか!?」

「神じゃからな。えっへん」


 まだ相当の疲労はありそうだったが、それを包み隠すかのように、クロノは会心のドヤ顔を決めた。


「クロノ様、そんなレベルで命をどうこうしていいんすか?


結果は『最低限のコントロール』しかしない、って言ってませんでしたっけ」


「こうも言ったはずじゃぞ。『要は好き嫌い』じゃ、とな」


「クロノちゃんの力、ここまでくるとチートっていうか反則だね!」

「だって神だもん」


 ……この世界の神々は、人間より親しみやすい存在なのかも知れない。




「さて、みんな。ちょっと聞いてほしい」


 浮かれた雰囲気のなか、マッドがそれを戒めるような、強い口調で言った。


「まず、イリスは無事に目的を達成した。みんな、本当にありがとう。感謝しているよ。


そして、ここを去る前に、僕にはもうひとつ。終わらせなければいけない問題が残っている」


 終わらせなければいけない?




 ……そうだ。この部屋に、まだ確かめる必要のあるものが存在した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ