第47章 神は返事を書かない
「どうすればいい?」
「適合しそうな肉体を選ぶことができれば、うまく入りこめるんじゃないですかね!?
今までの記録だと、そのうち2パーセント前後は成功して、最大13日間の生存を確認できましたので!」
……それ、全然ダメじゃないのか?
「イリス、聞いた?100回に2回くらいだってさ」
「ひゃひゃ、神様はお優しいねぇ。なあチャラ坊。あんたが言う『10億分の1』に比べたら全然、賭けてみたくなる確率じゃあないか」
それは精一杯の強がりに聞こえた。イリスの声が苦しげに掠れていたから、余計にそう思ったのかも知れない。
しかし今の俺達は、その確率に賭ける他、何も持ち合わせてはいない。
「エリーゼさん。適合する条件っていうのは、どういうものですか?」
「うーん、それはネコちゃん自身の『この体だ!』っていう直感を頼ったほうが良さそうです。
逆に、性別が違ったり、自分の好みではない体だったりすると、成功した例はないですね。今のところは、ですけど。
私が直接関わってきたのは、まだほんの数百例くらいですので」
「イリス、どうじゃ。この中から選べそうか?」クロノが尋ねた。
珍しく、その声は優しかった。イリスの命が終わることを知っているから優しく接するのか、と邪推してしまうほどに。
「……チャラ坊、あんたが選んでおくれ」
「僕が?いいのかい、それで?」
「このなかで一番、綺麗なのを選びな。きっとあたしにぴったりだからさ」
「あははは、流石は大魔法使いだ!わかった、急いで見つけるよ。
……だから、まだ耐えてくれ」
イリスは眼を閉じたまま、少しだけ首を動かした。もう何も言わなかった。
マッドはイリスを抱いたまま、水槽を次々に見てまわる。俺には、マッドが背負ったものはあまりにも重すぎる、という気がしていた。
「エリーゼ、人間には人間でないと適合しない、ってことはない?」
「おそらく、ないですね!動物の体でも成功例はありますので!」
「そうか。ありがとう」
「……クロノ様、さっき言ってましたよね。『生きている』という言葉が、何を指すか、って。
人工の魂を入れられたキーヴァインは今、意思を持ってるんですか?
そして、誰かの体に入ったイリスも、自身のままの魂でいられるんでしょうか?」
「では、考えてみようか。生とは何かを」
クロノは、水槽の向こうに歩いて行って見えなくなったマッドのほうを見ながら、ゆっくりと話し始めた。
「マットは今まで317年の間、生きておるな?」
「はい」
「しかし周りの人間達からすれば、途中300年も世界に存在していなかったのじゃから、死んでいたのと同じではないか?」
「でもまあ実際、ずっと生きてましたからね」
「では、おぬしが生きているか否か、というのは他者ではなく自身が決めることなのじゃな」
「いや『決める』っていうより、『そうある』ことだと思うんですけど」
「なるほど。では、おぬしが考える『生きている状態』というのは、どういうものか?」
「うーん。心臓が動いていて、それがずっと続いてきてる。そういう状態じゃないですかね」
「それだと、少なくともこの勇者キーヴァインは生きているようじゃ。
遺跡の罠に掛かる以前のような人格は、もはやないじゃろうがな」
「人格がないっていうのは、魂がキーヴァインのものではないから、ですか。でもそれなら、キーヴァインは生きているとは言えませんね」
「それでは、マットの言う『生きている』とは、『精神が継続していること』のようじゃな」
「そんな感じです」
「精神が継続。ではおぬし、小さい頃は食べられなかったのに、今なら平気で食べられる物はあるだろうか?」
「それなら、けっこうあります。小さい頃っていうと、苦い物とか無理でしたから」
「つまり、精神とは変化するもの。その変化があまりにも大きく、周囲からは、完全に別人のようになってしまった、と思われるような人がいるとしよう。
それでも、その人は生きているか?」
「……難しいとこもありますけど、生きていると思います」
「ならば、やはりキーヴァインは生きていることになる」
「あ、そうなるのか」
「もし『引っ越し』がうまくいけば、イリスも生き続けることになるだろうな」
「……クロノ様にとっての『生きる』とは?」
「結局、その文脈によるのじゃよ。生も死も、客観ではなく主観でしか判断され得ない。
その個体だけを対象に判断するなら、おぬしの両親は死んでいるのだろう。じゃが、二人の精神はおぬしに生きている。
生きている、死んだ、良かった、悲しい。それらの認識は全て、価値判断を包含しておる。
言ったように、そこに『正しい』『間違っている』など、存在しないよ」
「俺達、人間は誰しも、それを自分で判断して生きていかなければ。
クロノ様が仰っているのは、そういうことですか」
「……おぬしは、いつも懸命に生きておるな。悩んで、立ち止まって。そしていつも、ちゃんと道を切り拓く。
そんなマットだから、ずっと一緒にいたいと思えるんだよ。わたしも」
「え?なんか最後のほう、全然聞こえなかったんてすけど」
「ごほん。独り言じゃ」
「俺の問いに答えてくれてないっすよね?」
「我は神じゃぞ。神はいちいち手紙に返事など書かないものじゃ」
「おーい、エリーゼ!マット、クロノちゃん!決めたよ」
幾つも水槽を隔てた、かなり遠くのほうから、大きな声がした。
「あ、はーい!では準備いたしますね!直ちに!」
「クロノ様、行きましょう」
「うん」




