第42章 守るべきもの
「クロノ様、もし魔物が今から、クロノ様に襲いかかってきたとして、対処できそうですか?」
「……今の感じだと、立て続けに来られたらきついな。この体に蓄えられる魔力は、思ってたよりずっと少ないし、ひとたび消耗したなら寝るか魔石を食べるかしなければ回復できそうにない」
「時間とか、相手の動きを止めるやつは?」
「ほぼ無理っぽいかも。絶対しんどいし」
「ところで、イリスお婆ちゃん!僕のこの短剣なんだけど、こっちに魔力を飛ばして援護とかはできるかな?」
「もちろんよ!火、水、風の一通りは可能さね」
「そりゃ良かった!まあ知ってたけどね。大魔法使いイリス・キーレの魔法剣で戦えるのが嬉しいよ!あははっ」
「よっしゃ。それならチャラ坊、あたしはあんたに付いてったほうがよさそうだねぇ」
イリスは俺の腰に着けた袋から跳び出し、たたっとマッドの肩に乗った。
「うわ!?いざ肩に乗せると重いね、お婆ちゃん」
「失礼ねぇ!あんた、女子に向かって『重い』なんてのは禁句だよ!あと『お婆ちゃん』も!」
「それはそれは失敬。くふふ」
「いちいち笑うんじゃあないよ、まったく」
クロノのほうが危ないな。俺が守らなきゃ。しかし考えてみると、自分以外の何かを守るっていうのは、自分だけを守るのと比べて圧倒的に難しいな。
……この湧き上がる感情は何だろう?クロノを失う恐怖なのか?または、本当にそうなってしまう予感?
「じゃあ、入ろう。ここから先、僕達にとっての敵はほとんどの場合、床や壁の振動か何かに反応して出てくる。進み方、足元に気をつけたいね」
「そういうことじゃ。遺跡じゃからな、盗賊などへの対策じゃろう。魔法罠のセンサーが、言葉通りうじゃうじゃ仕掛けてある」
「それが事前にわかってるのは心強いですね。流石はクロノ様」
「えっへん!」
俺の背中に乗っているので表情は見えないが、絶対ドヤってる声だ。でも緊張してるんだろうか、クロノの体温が上昇しているのを背中に感じる。
「じゃあ、みんな。行こう」
マッドが土壁に手を差し伸べると、すっと指先がめり込んでいく。中の足場を確かめるようにしながら、ゆっくりとマッド、肩に乗ったイリスの全身が埋まっていった。
「俺達も行きますよ、クロノ様」
「うん。ねえ……マット、今だけ言わせて。わたし、怖い。マットにくっついてないと、震えが止まらなくなりそうなの」
「はは、嬉しいですよ。クロノ様が、素直な言葉をくれる時は。たまにしかないっすからね。
大丈夫。言ったろ?俺が、守るから」
「……ありがと。ふふふ、マットの背中、あったかいな」
あったかい、か。同じこと考えてたんだな。
……さっきから胸を締めつけるように渦巻いてくる、この感情の正体がわかった気がした。
俺も、壁に体を預けた。さらに進む。視界が遮られ、俺とクロノの体が埋まっていく。不思議な触感が全身に纏わりつく。
体温がさらに上昇していく気がした。俺も、クロノも。お互いに、高揚しているのだ。
俺には守るべきものがある。
ぬるりとした質量のある壁を抜け、俺達が出た場所。そこは、広大で、整然として、かつ美麗な建造物の中だった。
今いる通路から奥のほうに、明るく開けた空間が見えている。はるか高くに天井があり、こんな立派なものが誰の手によって、どうやって造られたのか、想像もつかない。
「思ってたより、ずっと綺麗ですね」さっきまで下水道から土壁のトンネルを延々歩き続けてきた俺の、素直な感想だった。
「どうも、魔力で常に手入れされてるみたいだよ。僕達が侵入して、暴れてみても、次に来た時には全てが元通りに戻ってるからね」
床は一面、絨毯のように立派な模様が描かれている。こんな上品な場所が、罠だらけなのか。
「イリス、クロノちゃん、探知は任せていいかな?罠は作動するたびに、場所も内容も変わってるから。僕にはわからない」
「あいよ」
「任せるがよい」
イリスを乗せたマッドが先行する。クロノを背負った俺は後をについた。
頭の後ろで、バリバリと魔石を噛み砕く音がしている。……クロノ、それ本当に食べるんだな。
「チャラ坊、そろそろだよ。そこの中央、触れれば罠が作動する」
「大型の土人形じゃな。ゴーレムと呼ばれるやつじゃ。それが四方の壁から現れる」
「そこまで見えてるのかい!流石だねえ、あたしにゃ罠があることまでしか探知できなかったよ」
「我には魔石があるから、力を出し惜しみする必要がない。それだけのことじゃ」
「そう!そんじゃ、一回、踏んでみようか」
マッドが床の模様の中央に歩きだした。
「はあ!?ちょっとあんた、罠だって言ったんだよ!?」
「内容までわかってんなら、別にいいじゃん。僕はイリスの魔法と、マットの戦いぶりを見てみたいんだよ」
相変わらず、豪快な奴だな。そのまま歩いていき、中央に立った。わざわざ大袈裟に足踏みまで追加している。
ゴゴゴゴゴゴ。
壁から土人形、というより巨大な石造りのバケモノが、爆音をあげながら出現。合計、おそらく6体。
「あちゃー、思ってたよりずっとデカいな。あれ10ヤードくらいあるよね、イリス」
「ばか者だよ、まったくあんたは!ど、どーすんだい!?」
「クロノ様、隠れることはできます?」
「ゴーレム相手なら、思いっきりやってしまっていいじゃろ。我だけでよければ、いつでも隠れる準備はできておるよ。
ふふっ、暴れるか?」
「魔石、いっぱい採ってきますんで。さあ、隠れて」
「うん!行ってらっしゃい。じゃあね」
刹那、クロノの姿は消えた。
もう動いてもいいよな。マッドとイリスには悪いけど。
ドギュッ。
俺はいちばん近くまで迫ってきていたゴーレムに向け、地面を蹴った。