第4章 鍛練の日々、始まる
2日目。
誰かが俺を揺さぶっている。妹か?
「むうう、起きない……」
俺は眼を閉じたまま少し寝返り、声のしたほうに右手を差し出し、頭を撫でた。
「ふにゃっ!?え、ちょっ」
「んー、ちょっとだけ待って、今起きるから……」
頭を軽くぽんぽんしていて気付いた。妹の髪はこんなつるつるしてないな。俺はその滑らかな感触に少し驚いて、眼を開けた。
あ、時の神様だ。耳まで真っ赤になってぷるぷるしてる。
「おぬし……か、か、神の頭をぽんぽんするなど……」
「すんません、妹と間違えました。あ、おはようございます」
俺は手を引っ込め、上体を起こした。やっと永遠に閉じ込められたことを思い出した。
「むうううう……ふん、愚かな人間め」時の神は慌てたように立ち上がり、体をくるりと翻した。
長い髪や耳の飾り、服の布地たちがそれに少し遅れ、美少女の体についていった。
「おぬしが持っている袋を見るがよい」
時の神は少し得意気に言った。
俺はおもむろに袋を開けた。すると、寝る前に食べたはずの携帯食が全て四食分、元通り入っていた。
「あれ?昨日食べたメシが、また入ってる」
「ふふん、人間よ。それがどういうことか理解できるか?」
「神様が、戻してくれたんですか?」
「むう……まーそういうことなんだけど、わかっておらんな。愚か者め」
どうも自分の言いたいことを察してもらえなくて拗ねているようだ。時の神は駄々っ子か。
「あー、なるほど。これが永遠ってことですかね」
「そ、そう!わかってるじゃん!
……っごほん、おぬしは我の怒りに触れた。同じ時を永遠に繰り返すのじゃ」
……え、この環境って最高じゃね?
「じゃあ俺、ここで年老いたりとかは」
「しない」
「食べてしまった物は」
「元に戻る」
「でも記憶は?」
「積み重なり続ける」
記憶というのは脳に貯めてあるらしい。つまり結局は物質的なものだ。
つまり物質的なものが永遠に積み重なるのであれば、マッスルメモリー(筋肉の記憶)も積み重なるはず。
俺、永遠に筋トレしてられるやん。
「いいんですか?こんなに色々していただいて」
「へっ?」
「ここでずっと筋トレしてていいんですよね、俺」
「え……あ、いやいや、永遠じゃぞ?も、もう出られないんだよ?悲しかったり怖かったりしない?」
「え?俺はむしろ歓迎なんですけど」
美少女は口をぱくぱくさせているが、どうも言葉が出てこないようだ。
あ、そうか。これ罰ゲーム的なやつだったのか。まあ別にいいや。
「じゃ、ちょっと今から脚のトレーニングしますんで」俺はウォームアップのウォーキングランジを始めた。
「むう、むううううう!もう知らない!」
怒り終えた瞬間、時の神はいなくなっていた。
よし、今はハムストリング(ふともも裏の筋肉)に集中しよう。
しかし、設備が何もないとなると下半身の種目は限定されるか。
俺は右脚を前方に伸ばしたまま、軸の左脚一本でフル・スクワットを始めた。12回で限界だった。これは良い感じ。
感触のない白壁に両手を着け、しっかりと押しながら片脚でカーフレイズを行う。これは丁寧にやれば自体重でも効いてくれた。
脚の種目は色々試してみたが、やはり担ぐ重量物がないと話は簡単でなくなる。どちらかと言えば運動能力を高めていく方向性でいこう。
ただの垂直跳びや幅跳びでも、全力で跳べば、筋肉は瞬間的に強い刺激を受けるはずだ。
バルクアップ(筋肥大)とファンクション(機能性)の両方を求めよう。
締めは軽めのダッシュを10本。走るというのは全身運動だな。上半身もかなり使うし……あれ?
上半身の筋肉痛が、ない?
じゃあ昨日の逆立ち歩行は?
腕を振り回していて、今更になり気付いた。そうか、体はリセットされているのか。
急に俺を不安が襲った。昨日の筋トレは、俺の筋肉になっているのか?
……よし、とりあえず不安は筋トレでかき消そう。もし筋肉までリセットされていたとしても、逆に言えば全身を毎日トレーニングしていいってことだ。
とりあえず今日も逆立ちをやっておこう。全身が疲れているせいで20歩が限界だった。2セット目は12回。
もし先を思い悩んだら、鍛えるか寝るかだ。
3日目。
と言うか、寝て起きただけなので、本当に一日経過したのかもわからないが。周囲の景色は何も変化がなく真っ白なままだ。
「あの……おぬし、謝るなら今のうちじゃぞ?誠心誠意をもって謝罪すれば、時の神はお許しになるかもしれんのじゃぞ?」
「あ、神様いたんすね。おはようございます」
「むううう」
「いつも可愛いですね」
「な……なっ!?」
「いや最初から思ってはいたんですけど、言う機会がなかったんで……あれ、照れてます?」
「あわわわ」
美少女は一瞬あたふたしたと思ったら消えた。
ここには何もないし他に誰もいないので、毎日構ってくれるのは素直に嬉しいよな。
よし、今日からは全身を鍛えよう。