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第39章 下水道

 闘技場の周りにある大きな側溝の中ほどから、水平に走る下水道への入口。俺達はそれを見下ろしながら、とりあえず食事の時間をとった。


 いつものように、クロノが魔法で取り出し、焼いてくれた肉を食べていく。


「マット、あんた本当に人間なのかい?今の肉だけで10ポンドはあったろ?あたしゃ、この年まで生きてきて、こんな食べっぷりは見たことないよ」

「イリス殿、マットはこれを1時間ごとに1回じゃ」

「はあ!?」

「マット、随分と手のかかる生き物みたいだねぇ、君は!あはは」

「ボディビルやってたら、けっこう普通ですよ。こういう食事」


「……もうちょっと、何とかならないのかい?こんなんじゃ、いつまで経っても先に進めないじゃないか。年とると、せっかちになってくるんだよ」

「ああそれなら、脂質の多いクマの肉も今朝、いっぱい獲ってきてるんで。こっちなら2時間に1回くらいで大丈夫っぽいです。多分」

「それでも2時間かい!?」

「次からは、歩きながら我が焼いてマットに食べさせるよ。こればかりは仕方ないのじゃ、了承願う」

「はあ……とんだ筋肉オバケだよ、まったく」

「あははははっ、そう言えばこの間も、店の食べ物ぜーんぶ平らげてたもんなぁ。オバケオバケ!」




 筋肉に限らず、人体は生きる限り絶え間なく、細胞の合成と分解を続けている。


 俺のような筋肉量、筋力の人間が、起きて活動しているとなれば、多くのエネルギーを必要とする。


 もし摂取するエネルギーが足りなくなると、人体は自らの分解を強めてエネルギーを取り出そうとするのだ。


 つまり「腹が減った」と感じた時点で、既に筋肉は弱り始める。それに先回りして補給するのが、ボディビルダーの食事の基本だ。


 ……しかし、これに忠実であろうとすると、どうしても他人との協調性を損なうことになってしまう。


 今までは一緒にいるのがクロノだけだったから、俺に合わせてくれていた。パーティを組んだからには、また良い方法を考えないといけないな。


「……我はもう慣れておるがな。おぬし一度、お腹空いても我慢してみたら?少しくらい大丈夫じゃろ」

「嫌です!」

「言うと思ったよ。そこを譲るような人間なら、そんな体になっておらぬもの」




 足元に下水の流れる地下道に入る。なかなか不快な悪臭だ。と思いかけたら、クロノが魔法で、全員をシャボン玉のように包んでくれた。


「これで常に、質の良い空気が吸えるじゃろう。人間の領域なら力は無限じゃからな。


ついでに道も明るく照らしてやろう。ほれ」


「クロノちゃん凄いよ!もはやチートじゃん!」

「チート?ドカ食いのことっすか?」

「むしろマットの言うことがわかんない!あっはは」

「へぇ、複数同時に魔法を使うって、簡単なことじゃないよ。クロノ!あんた、やるねぇ」

「ふふ、当然じゃ」


 超ドヤ顔。久し振りに見たな。人間に誉められて喜ぶ神様というのも変だけど、いちいち可愛いから許せてしまう。




 クロノが明かりを調整してくれるおかげで、良好な視界のまま進むことができている。


 しかし、長居したいとは思わない空間だな。蜘蛛の巣だらけだし、足元を流れる水も黒く汚れてるし。


 道案内のために、最初からずっとマッドが先行している。もし知識なく入ったとしたら、迷路のように感じるであろう入り組んだ下水道を、マッドは迷うことなく進んでいた。全て記憶しているらしい。


 ……ということは、何度も来ているってことか?それとも、抜群の記憶力?




 梯子で下階へ降りる時、クロノはふわふわと宙に浮かんだ。イリスは少し戸惑ってから、俺の頭に乗ってきた。


 まさに本物と変わらないネコだな。肉球の感触が、何とも心地よい。


「マット、そもそもあんた、重さって感じるのかい?」

「あー、どうなんですかね?あんまりわからないですけど、イリスが頭に乗ってる感覚はありますよ」

「いやはや……もう歩くの面倒だから、ずっと乗ってていいかねえ?」

「俺は一向に構わんッッ」

「えらく歯切れがいいねぇ」

「ネコの感触って、絶妙なんですよね」

「マットの筋肉も、乗ってみたら意外と柔らかいんだねぇ?もっとカチカチなのかと思い込んでたよ」




 着実に進んできて、もう地図なしに引き返すのは困難と思える深さまで到達している。それでもマッドは一切迷わない。


 俺は、以前から気になっていたことを、マッドに尋ねてみることにした。イリスは俺の僧帽筋から三角筋にかけて、つまり肩の上で、もう寝息を立てている。


「マッド、そもそも『地下遺跡の発掘』は、どういう依頼なんです?」

「まず地下遺跡の存在を確認することだった。どうも、地下遺跡があって、そこにエルフ族の肉体が安置されてるって噂は、かなり昔から知られてたみたいなんだよね。


まあ、どこから出た話なのかはわかんないけどさ。それで、僕達が遺跡の存在は確認した。次いで、エルフの肉体の探索。


……今のところ皆、そこで頓挫してる」


「誰からの依頼で、その目的は?」

「依頼主はベンファト家だよ。オプティマの大富豪さ。


目的は、どうなんだろうね?永遠の命の研究に使うのか、ただのコレクションとしてなのか。エルフは美しいからね、「玩具」として使うのかも。


金持ちの考えることなんて、大方そんなとこじゃない?はははっ」




 ……俺は以前、道で助けたベンファト家の老夫婦を思い出していた。乗っていたあの魔動車も、ベンファトが自らの財力を誇示するためだ、とクロノは言っていたな。


「危険ですけど、それに見合う報酬は貰ってるんですか?」

「これまでの報告だけで、200万は貰ってるよ。こういうことにゃ、金に糸目はつけないって感じだね。ベンファト家の人間は」




 マッド達は命を賭けて、ベンファトは安全に、目的を達成しようとする。


 俺も搾取される側の農民として、生まれてからの17年と半年を生きてきた。


 ……今も、そのままなんだろうか?どんなに強くなっても、この構図は変わらないのか?

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