第38章 作戦会議
「まず、地下遺跡への入口だね。僕が知ってるひとつに、この闘技場の近くを通る下水道から侵入する方法がある。
一箇所、僕達と以前にパーティを組んでた魔法使いが、通り抜けられるようにしておいた壁があるんだ。そこから地下へ進む」
「マッド、その深さはわかるか?」
クロノが尋ねた。
「20階層よりは深いだろうね」
マッドが返答した瞬間、世界は停止した。
「……マット、我とおぬしだけで話したい」
「あ、やっぱりクロノ様の仕業ですか。今回は俺も動けるんすね」
「今はそうしておる。このような、広範囲に及ぶ強い魔法は『神の力』なのじゃ。
……そして、言っておかねばならぬことがあってな。今後、この力に、小さくない問題が生じる」
「問題って、どういうことですか?」
「我々は『人の神』じゃからな、管轄がある。つまりエルフの棲み処である地底や、魔族の大陸などは、我の管轄外なのじゃよ」
「クロノ様は一緒に来れない、って意味ですかね」
「……いや。公務として、行かねばならぬ。ただ『神の力』は、管轄の外では使えない」
クロノは途方に暮れたような表情で、まごついた。
「魔力がなくなるって意味?」
「なくなるわけではない。でも、無限ではなくなる」
「逆に、ここだと無限なんすか!?」
「うん。それが、我の体に蓄えておけるだけの力しか使えなくなるのじゃ。
……正直、そうなったら我の力は、人間の魔法使いと、さほど変わらないかも知れぬ。だから……」
「保管庫は使えます?」
「え?まあ、それくらいなら全然」
「あ、じゃ大丈夫ですね。全然」
「……え?」
「一緒に来てください。いつも通り」
「でも、もし魔力が切れたら……足手纏いになっちゃう、かも知れないし。やっぱり」
「もし何かあっても、俺が守りますから」
「だって!マットに迷惑かけたくないもん!」
久々に面倒くさいな、こいつ。と思ったら、クロノはぽろぽろ泣きだしていた。
「……ごめんなさい。神様なのに、頼りなくて」
クロノの震えた声を聞いて、少しわかった気がした。
不安なんだろうな。力を失う場所に、そうと知りながら赴くのは。こんな子供みたいな性格なんだし、尚更。
掌に握り込んだ袖で、零れた涙を拭う仕種が、余計にクロノの体を小さく見せていた。
「クロノ様の魔力は俺達のメシと、あとは全部、ご自身を守るために使ってください。
……大丈夫、俺がいるから。行こう」
「いいの?こんな、わたしで?」
「当たり前だろ。ほら」
どちらからともなく、身を寄せた。クロノの頬を伝う涙は指で拭ってやり、艶やかな長い髪を天辺から後ろにかけて撫でてやった。
クロノが泣き止むまで、続けた。
「……そろそろ、時を動かす。いいか?」
「俺はいつでもいいですよ」
「マット、ありがと。本当に」
クロノは少し上目遣いに、微笑んだ。素直な声だった。
「こちらこそ。ありがとう」聞こえないくらいの声で、俺も返した。
俺を強くしてくれて。ずっと一緒にいてくれて。ワガママ言ってくれて。羞じらってくれて。弱いところ見せてくれて。
……クロノがいない世界なんて、想像もつかないな。こんな時くらい俺が守らなきゃ。
「それほどの地底は、エルフ族の領分。つまりだね、人間の領分を越えて行くわけだな」
時が流れ始め、マッドの話が続いた。何事もなかったように。
「そりゃ楽しそうだわ!しかしねぇ、そっちの若いお二人は大丈夫なのかい?エルフは大抵、人間を嫌ってるし、ほとんどが魔法も使うよ」
「わかっておる。歓迎はされぬであろうな」
「話ができるなら、まあ何とかなるんじゃないっすかね」
……それよりも、マッドに訊いておかなければならないことがある。
「マッド、以前組んでたパーティの人達は、どうなったんですか?」
「パーティは壊滅したよ。遺跡に仕掛けられた魔法の罠にかかって、おそらく僕を除いてみんな死んだ」
会話の流れが数秒間、止まった。
やはり、か。さっき「パーティ」という言葉を口にする時のマッドには、表情がなかったから。
「……ひゃあ、それはまた、えらいことだわ。チャラ坊、あんたの選んだパーティなんだし、メンバーは弱くなかったんだろ?」
「オプティマでは屈指のパーティだったと思うよ。『勇者』もいたくらいだからね」
「勇者が?本当なのかい!?あ、あんた、そんな所へ……」
勇者の印。それを持った者すら、死んだという遺跡。だんだん事が大きくなってきた。
「力を持つ者の、強者の驕りがあったのかもね。あの時は珍しく、僕からみんなへ慎重になるように呼びかけたんだけど。
……まあ、僕の見立てでは死んだ、ってことになるだけで、ひょっとすると向こうで生き残ってるかも知れないからね」
イリスが慌てたように、自身の黒い体毛を舐めている。そういえば本物のネコも、気分を落ち着けるためにそういう行動をとるよな。
「で、どうだい?みんな、まだ僕について来る気はあるかな?」
マッドは笑顔のままだったが、その眼には冷たく、強いものを感じた。
「明日より今、でしょ?」俺が笑った。
「ふふ。それと、10億分の1の勝率に賭ける、じゃったかな?」クロノも応じた。
「あはははっ、ほんとに君達は!」マッドが大きな笑い声をあげた。
「……あんたら、あたし一人のワガママのために、命まで賭けるってのかい?」
「ワガママなら、お隣から毎日聞いてるもんで慣れましたよ。ね?クロノ様」
「むうう、このばか正直者」
「マット!クロノちゃん!いやー、なかなか大冒険になりそうだ!
ま、やるだけやってみようよ。ね?イリスお婆ちゃん」
「このチャラ坊……ひゃっひゃひゃ!ばかだねぇ、どいつもこいつも」
……300年閉じ込められた後、外に出てきてみれば、こんな難題が次から次へとやって来る。
この300年間で、俺の何が変わったか?筋肉だけだ。どうも、筋トレは人生をまるごと変えるらしい。