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第33章 生と死と平凡

「まずは、そのバカげた筋肉の兄ちゃんが言うように、あたしがイリスなのさ。今の姿はネコだけどね」


 ラブレイダの店内。元の席に戻った俺達は、テーブルの上に陣取った黒いネコを囲むようにして、話を聞いていた。


「イリスさんの魂が、ネコの体に乗り移ってるんですか?」俺が尋ねた。


「いーや、これはあたしの魔力で捏ねあげたネコの姿でね。


たしかに昔飼ってたネコをイメージして造ったけど、せっかくだから、しっぽを増やしてみたんだよ。あたしゃネコのしっぽが可愛くて仕方なくてねぇ」


「じゃあ、リヴァのいる家で寝ているのは?」

「あたしの抜け殻。できるだけ体が衰えないように、冬眠状態にしてあるのさ。


実際、あたしの寿命はそろそろみたいでねぇ……


数年前に足腰も立たなくなって、部屋から出られなくなったもんで、暇だったから色々考えたのよ。


まだ頭のほうはしっかりしてるし、魔法で何とかして、外に出かけられないかってさ」


「へー。じゃあイリスお婆ちゃんは、人生の最後を楽しみたくて、ネコの姿で外を出歩くようになったってことかな?」

「これ、そっちのチャラチャラした坊。あたしゃね、他人にお婆ちゃんなんて呼ばれると腹が立つんだよ」

「あははっ、ごめんごめんイリスちゃん。でも今のネコ状態はすっごく可愛いよ!食べちゃいたいくらい」

「からかうんじゃないよ!もう」


 言葉と裏腹に、マッドと話している時のイリス婆さんは嬉しそうだ。しっぽが三本、くるくる動いている。


「んー、そうだね……さあ、どこから話すかねぇ。とっても長くなりそうだけど、家を出た理由を説明しようか?」

「お願いします。リヴァを納得というか、安心させてあげたいんで」

「わかったよ。じゃあ、聞いとくれ」




 ……あたしは元々、少しは名の知れた魔法使いの家系だったのさ。リヴァもそうだよ。顔もかわいいし、綺麗な色の眼をしているだろう?あたしに似たんだ。


 若い頃には『請負人』もやったし、冒険みたいなこともやってたからね。世間のことや、ちょっとばかし裏の世界のことも知ってるつもりだよ。


 そんなあたしでも、結婚して子供ができて、家庭のあるゆっくりした暮らしもいいわねー。なんて思ってるうちに、孫まで生まれてねぇ。


 ……気がついたら、そこのチャラ坊が言うような、お婆ちゃんになっちまってたのさ。


 あたしは身の回りのことは魔法で補えるし、凡人よりは豊かな人生なのかも知れないわね。でも足腰が立たなくなって、外に出るのも億劫になってきて。


 いよいよ大魔法使いイリス・キーレも終わりかぁ。なんて考えた時期もあったわ。変に諦めがつくようになるのが、寄る年波の証拠なのかも知れないねぇ。


 しかし、どこにも出歩けないとなると、毎日が暇で仕方ないんだよ。だから魔法でネコを造ってみた。


 我ながら、良い出来だったわ!イメージ通りに動いてもくれるし、ネコらしく自分の意識みたいなものも持たせてみたりね。


 ……そんなことをしてる間にも、どんどん体は弱ってくる。もう、いつ心拍が止まっても驚かないくらいに。今日寝たら、もう明日はないかも知れないから。


 死ぬ前に、少し世界を見てみたい。触れてみたい。そう思った。


 だから最近になって、試してたんだよ。ネコの形に、あたしの意識そのものを移して動かせないか?ってね!そして、やっと、それは成功したんだ。今の、このあたしを見ればわかるでしょう?


 この姿で最初は、ちょっと外に出て、すぐ帰ってくるだけだった。でも、そうしていたら世界が恋しくなったの。まだまだ生きていたい、って。


 ……やっぱり人間ってそういうものよねぇ。ふふ、いくら神様のお告げが来たってね。潔く散ることなんか、できないわ。


 そしたら思い出したのよ。昔、仲介所で聞いた、オプティマの地下にある『遺跡』のことを。


 元々、闘技場っていうのも古代からあったのを建て直して、今の状態なんでしょ?まあ歴史が古いのよ、この辺りは。


 今から数百年だか千年だかの昔、まだ人間や魔族やエルフ族や……諸々の種族が、互いの権利も認め合わず、支配したりされたりしてて、上にも下にも棲み分けていなかった時代の、遺跡。


 今は地下深くはエルフの領分になってて不可侵だけど、その狭間で人間と交わりがあった時代には、大層な研究が行われていたんだってね。


 ……その中でも、こういう話があった。地下の遺跡には、長寿であるエルフ族の肉体「だけ」が安置されているらしい、と。


 つまり、我々人間が死ぬ時は、頭か体、もしくは両方がダメになって死ぬ。でもね、エルフの場合は違うことが多いんだって。


「心だけが死んでしまって、体はそのまま残る」って症例が、幾つもあるみたいなのよ!


 今のあたしみたいに、元の体から抜け出した状態の魂なら、ひょっとしたらエルフの体に「引っ越す」ことができるんじゃないか?って思うの。


 だから、あたしはそのエルフが安置されてる場所を探してるんだよ。こんな姿だから、なかなか思うようにはいかないけど……


 冬眠させてるあたしの体も、完全に止まってるわけじゃないの。ゆっくりだけど、確実に死んでいくのよ。ほんと、目の前にやってくるまで忘れてるんだもんねぇ!


 人はみんな、死ぬってことをさ。


 でもね、せっかく生まれてきて、今まだ生きてるんだし、これくらい足掻いてみたっていいんじゃない?


 それも人間の身勝手だってんなら、間違いなく、そうなんでしょうけどね……




「そんな壮大なエピソードがあったとはねぇ!凄いや、イリスお婆ちゃん!あっははは」

「エルフの地下遺跡か。おそらく、我々の管轄外じゃろうな」




 俺は二人のようには、イリスにかける言葉を見つけられずにいた。


 この場にいるのは、神様と、今だけを精一杯生きてる人間と、死をどこまでも拒み戦う人間と……


 死を受け入れられず、それを深く考えてみることもできない、平凡な人間。


 悲しくなるほどに、俺は凡人だった。

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