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第31章 真似できない生き方

 魔力の壁に叩きつけられ、マッドが跳ね返る。


 激しく回転しながら、石床へと落下し、数度また跳ね、止まった。つい今まで、人の形をしていたものが。


 カンカンカンカァン。


 鐘の音が響きわたる。


「「決ッ着ッッ!やはり強かった、最強の凡人ッ!」」

「「いや強いわ。鳥肌立った」」


「クロノ様!お願いしまーす!」俺は叫んだ。まだ張られていた壁の中から。


 早くしないと、マッドが死ぬ。


 漸く壁は消え、スタッフが倒れたマッドへ駆けつける。


「クロノ様!早く、早く治療しないと」

「もう終わっておるよ。マット、おつかれさま」


 肩を叩かれて振り向くと、クロノは俺のすぐそばに立っていた。


「ほれ、見てみよ」


 数人に囲まれ、抱え起こされているマッドの体は、血で汚れていたけれども形は留めているようだった。さっき砕いた感覚があったはずだから、それは既に治っているらしい。


「助かりました。また人殺しにならずに済みそうです」

「本気で殴るとはな。やはり、ばかじゃよ。おぬしは」

「いや、力は抑えたつもりだったんですけど……」




「「それでは勝利者インタビューですッ!『最強の凡人』、『物理の究極形』マット・クリスティ選手!


いやー、今日も終わってみれば一撃でしたね!」」

「「あ、あー、マッドとは一度闘いたいと思ってました。それが叶って嬉しいです」」


「「試合を受けた『刹那を生きる者』マッド・エリスビィ選手も、相当な覚悟だったかと思いますが、それを勝負の最中、感じましたか!?」」

「「うーん、マッドのほうは……平常心っていう風に見えましたね。俺はそう感じました」」


「「では最後に、マット・クリスティ選手から皆様に告知があるようです!」」


 ……あれ?何だっけ?


「「皆様、既にご覧になられたかも知れません!会場内にも貼り紙による掲示が、数箇所にて行われております!」」


 あ、そうだ。思い出した。ネコだ。


「「えー、そうなんです。あのー、ここの近所のお宅から、黒いネコが突然いなくなったので、探しています。


黒いネコは、しっぽが三本あります。黒くて、しっぽが三本です!見かけた方は、是非ともお知らせください。俺にでも、闘技場のスタッフにでも構いません」」


「「以上、勝利者インタビューでしたッ!皆様、マット・クリスティ選手に大きな拍手を!」」




 万雷の拍手に包まれながら、俺は考えていた。この一件、どうマッドと折り合いをつけるべきだろうか。




「あれは久々に死んだよ。ダメだマット、君は強すぎる。あっははは」


 早いとこ目を覚ましたマッドは、その瞬間からやはり、いつも通りのマッドだった。


「ただ年数の差があっただけのことです。それがなかったら、俺のほうが死んでたと思ってるんで」


「はは、あー負けちゃったんだな、僕は。10億分の1くらいの勝率はあったと思うんだけどね。それを掴めなかった」


「マッド、今回のネコの件は……」

「気にしないで。勝負は勝負だし、どうもカリーナと僕は結ばれない運命みたいだ。仕方ないさ。君の手柄ってこと」

「まだ、さっきの呼びかけで情報が得られるかも、わかりませんよ。


それで、俺からの提案なんですが。ネコは引き続き、協力して探していきませんか?」


「……マット、それ、君のほうに利益はあるの?」


「一緒に探したほうが見つかり易そうだし、まあ見つかったとして、俺のほうはカリーナさんと二人きりのデートは無理そうなんで。ほら」

「ダメじゃぞ。そんなの絶対ダメ。あんな女……むうう」


「どんな女だったらいい、とかあるんすか?クロノ様」

「うるさい。わたし怒ってるんだよ!?」

「ほら、こういうわけでして。仕方ないから、マッドも一緒に来てくれないかなーと」


「あははははっ、幸せそうで何よりだ!


……マット。君みたいな生き方も、いいな。僕には真似できなそうだけどね」


「それはお互い様ですよ」


「マットさん!マット・クリスティ選手はいらっしゃいますかー!」


 不意に呼ばれて振り返ると、スタッフの女性がいた。その横に並んで、父親と息子らしい、大人と子供が立っている。


「マット選手!さっき観戦してくださっていた、このお二人が、ネコを見たことあるって!」

「本当ですか!?」


「ああ。まあ俺じゃあなくて、7歳になる息子の、こいつ。ハンターが知ってるみたいなんだ」


 先に父親が答え、ハンターと呼んだ息子の頭をくしゃくしゃ撫でた。


「ほれ、兄ちゃんに教えてあげな」

「……黒いネコで、しっぽ三本のやつ、見たことある。うちのお店の裏で、ごはん食べてた」

「いやな、うちは料理屋をやってんだけどよぉ。残飯目当てで生き物や貧しい子供なんかが寄ってきたりするんだ。


どうも、あんたの探してるネコもちょくちょく来てるみたいだぞ」


 これは有力な情報だ。俺はマッドのほうを見た。


「マッド、一緒に来てくれます?」

「断る理由は特にないな。ねー、おじさん!じゃあ今夜、店に行くからご馳走してよ!


金は、この僕に勝ったこいつが、いーっぱい持ってるから!」


 マッドは冗談ぽく俺の三角筋中部、つまり肩を拳で叩いている。


「クロノ様、俺の奢りでもいいっすかね?」

「まーいいんじゃない?どうせ、いーっぱい貰えるんじゃろ」


「なんだ、みんな店のほうにまで来てくれるのか?」

「はい。みたいなんで、店の場所をお願いします」

「はっはははは!こりゃ、申し出て良かったよ」


 父親は大きな声で笑った後、ハンターを抱き上げた。


「いやー、さっきまで殺し合うみてえに闘ってたのにな。凄えや、あんたらみたいな人種は」


「まー、僕は既に何回か死んじゃってるからね!あはは」

「それ、冗談なのか本気なのか、微妙なネタっすね」

「いや少なくとも、さっき殴られた時はガチで死んだから」


 全員で、声をあげて笑った。


 殺し合う場所には似合わない、気の抜けたような笑い声だった。

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