第30章 マット・クリスティ VS マッド・エリスビィ
「「両選手ぅ、入場ッ!」」
大歓声のなか、舞台へと歩いていく。俺も、向かいの花道のマッドも。
……そもそも、あの時なぜ俺とマッドは間違えられたのか?それは「格闘技」の試合が、常に「魔闘技」の前座として開催されており、基本的には進行スタッフも部門ごとに分かれているからだった。
つまり、誰もマッド・エリスビィの顔を知らなかったのだ。
間の抜けた話ではあるが、それだけ「持たざる者」が「魔闘技」に出場するのは異例だ、ということ。
「「今日のメイン、もはやオプティマの伝説となった因縁の二人!
史上初、『持たざる者』同士が、あろうことか『魔闘技』部門で、今!相見えますッッ!」」
マッドが少し早く、舞台へと上がった。
「あー、やっぱ注目されるってのは、いいね!ねえ、マット!」
俺は作り笑いを浮かべた。強がりだ。こんな大観衆の前で命をやりとりするなんて、少なくとも俺の趣味じゃない。
「「正式には本日がデビュー2戦目のマット・クリスティ!
しかし、非公式に『魔闘技四天王』ネイザー・エル・サンディを圧倒的な筋力で倒しッ!
立て続けに『風の魔法使い』デニー・ウォルフを一撃のもとに葬った実力は、もはや疑いようもありませんッッ!」」
誉めてくれているらしい。俺は軽く頭を下げ、手を振った。歓声がひときわ大きくなる。
「「そんな『最強の凡人』に対するは、『格闘技』部門、実に14戦13勝!しかも一度の敗戦は、明白なコンディション不良でした!
番狂わせを起こすのか!?『刹那を生きる者』マッド・エリスビィ!」」
「どーも!みんな、応援よろしくねー!」
マッドは四方に手を振りまくっている。やっぱ強かったんだな、マッドって。強さから滲み出るのが、余裕というものなんだろう。
俺は、強いんだろうか?
「「さあ、ニセモノ対ホンモノの闘い!二人の外見、筋肉量にはかなり差があります!しかし、どことなく似ていますね。解説のマルクス・ウルさん、どう思いますか?」」
「「まあ、ネイザーとの一戦の際は、我々も恥ずかしながら同一人物だと思ってましたからねぇ。
マッド・エリスビィがさらに鍛え上げれば、マット・クリスティそっくりになるかも知れませんね」」
あ、やっぱり客観的にも似てるんだ。ちょっと嬉しいような、くすぐったいような。
……もし俺の閉じ込められた300年が、なかったとしたら?俺はこんな舞台に立てたのか?
「マット、こないだ『ガチンコで』って言ったの、後悔すんなよぉ?あははっ」
「わかんないっすけど、手を抜くほうが後悔する気がしてるんで。俺の場合」
「だろうね。それがマットだよ」
「「当試合の『ウォーラー』、お馴染みのマイク、レイ!さらにもう一人追加されます!アルトゥーロ!」」
「「前回、壁が破られた教訓ですね。観客の皆様に被害がなかったのは幸いでしたが、あのような危険があってはいけませんので」」
アルトゥーロ。マイクとレイより、ひと回りほどの年嵩に見える。その三人が手を挙げると発生したドーム状の魔力の壁は、いつもよりさらに透明だった。
おそらくアルトゥーロも、有力な魔法使いなんだろう。
「「さあ、いよいよ試合開始ですッ!二人とも『持たざる者』とは信じられないスピードの持ち主ですので、皆様!一瞬たりともお見逃しのないように!
ジャッジ、オーケイ!?さあ始まりますッ!それでは皆様ご一緒に、ファイダーウッッ!」」
カァン。
試合が始まった。
マッドは壁を軽く殴って確かめていた、はずだった。それが突然、弾力のある壁を蹴って加速する。
パキュ。
マッドの左拳が、俺の右眼に直撃。
速いな、こいつ。早々に視力が利かなくなる。
「ははっ」マッドは笑うように嵐のような連打を浴びせてきた。
パパパパッガドドッゴッゴッ。
マッドの強さってこれ、お互い生身だったらネイザー・エル・サンディとも普通に勝負できるんじゃないのか?痛え。
300年間の筋トレを始める前の時点で闘ったとしたら、俺はもう死んでる気がする。
「ライウェイッ」俺は右拳を返す。
ガオン。
外した。というより、俺が動く前に反応されていた。
「おろ?」しかし、マッドは変な声を出しながら、斜めに飛ばされていった。
素早く体勢を立て直したマッドが、こちらを向く。額に汗が滲んでいる。
「おお……今のって、パンチの風圧ってことかな!?」
「そうっすね。多分」
「嘘だろ、こんなの。あははっ」
マッドはさっきよりも細かく、早いステップを踏み始めた。
おそらくは、俺の攻撃を外すための動き。俺が如何に速くても、狙いを定めてから打つまでの時間はゼロじゃない。打つ前に動かれれば、当てることはできない。
ゴッ。
また痛え。なんだ、そのステップで攻撃も余計に速くなってるじゃねえか。動きに無駄がない。
ギフトを持たない俺達が、持つ者に対抗するには、何かを磨くしかない。マッドはそれを、全ての面で実践しているようだ。鍛練なしに、こんな動きはできない。
……その鍛練を、俺はひとつの要素しか積み上げてこなかった。
ひとつだけを300年以上、続けてきたんだ。
ドゴォッ。
俺は石床を全力で殴った。瞬時に舞台の三分の一ほどが崩壊する。
「ひゃあ!?」
衝撃でマッドの体が跳び上がった。
ということは、宙に舞った状態から動くことはできないよな。
「くははっ、ダメだなこりゃ」マッドが顔を歪めて笑う。
「ノォペイィン」俺は空中のマッドへ向かって跳んだ。
ガシャァッ。
マッドの全身が砕ける感覚を、俺は自分の拳に記憶した。