第29章 死すべき者として
「このへんだったと思ったけど……あ!あれだよ、あの家!」
街並みのなか、マッドが指差した先には、小さな家があった。随分古くからありそうな、ボロ家と言っていい建物。
コン、コン。
「どちらさま?ですか?」
「やっほー、リヴァちゃん!僕だよ、『請負人』マッド・エリスビィだよ」
「マッド!」
解錠の音がして、軋みと共にゆっくりとドアが開いた。
「ねえマッド、ネコちゃんは?ネコちゃんは!?」
「今日も探してるんだよ。それで、捜索仲間を連れてきたんだ!こっちのお兄ちゃんがマット、お姉ちゃんがクロノだよ」
「ふわぁ……すごいむっきむきな人と、めっちゃきれいな人。くろいかみ」
多少乱れてはいたけれども、幼い娘に特有の、細くて艶々で淡い色の長い髪。それを、左右それぞれ三つ編みにした束が肩のあたりで揺れていた。
「えと、リヴァは、リヴァといいます。な、なまえです。よろしくおねがいします」
急にムキムキが来たので、びっくりさせてしまったかも知れない。まあ俺、ずっとこの体だしな。そこらの大人でも、内心は驚いてるんだろう。
「俺がマット・クリスティだよ。怖くないよ。よろしくね」
「クロノじゃ、よろしく。ほー可愛い娘じゃなぁ」
「お母さんも仕事に行ってて、なにもありませんが、どうぞ。おはいり、くだされ」
何やら畏まったリヴァの台詞に、三人で顔を見合わせて笑ってしまった。いや、三人じゃなくて一神と二人か。
「黒いネコって、他に何か特徴はあるんすかね?何歳くらいとか、模様とか」
「それがね、どうも最初に訊いた感じだと、全身真っ黒で何歳くらいかもわからないらしいんだよ。そうだよね、リヴァ?」
「はい。でも、えと、ネコちゃんは、しっぽが三ぼんあります」
「え?しっぽが三本!?」
「マジで!?リヴァ、それ最初に僕が来たとき言ってほしかったなぁ。めっちゃ有力だよ、その情報」
「え……ごめん、なさい」
「あー大丈夫!大丈夫!ぜーんぜん怒ってないよ!ほら、ぴーかぶーぴーかぶーアイアン・マイク!」
突然、前傾して頭を振りまがら、いないいないばあを始めたマッドに、リヴァはにっこりと笑顔を見せてくれた。
「……マッドって、とってもかわいいから、すき。しょうらい、リヴァとけっこんしてね。やくそく」
「もちろん!ひょっとしたら一夫多妻になっちゃうかもだけどね!」
「いっぷ……たさい?」
「貴様。ダメじゃぞ、それ」
「そう言えば、闘技場ってここから近いですよね?たしか」
「あーそうだったね。歩いて15分くらいかな」
「道に人通りも多いし、特徴あるネコだし、きっと目撃者もいるはずだと思うんですけど」
「そうかも!じゃ、闘技場に貼り紙でもして、皆に……」
言いかけて、マッドが止まった。
「いや、そうか。うん、名案が浮かんだよ。あっははは」
「どうしたんですか?」
「マット君、『闘技』の舞台で、僕とやり合おう」
「……はい?」
「それでさ、勝ったほうが大観衆に呼び掛けるんだよ。『黒くて、しっぽが三本あるネコ見ませんでしたか』って」
「あー、そうか。勝利者インタビューって、みんな注目してくれますもんね」
「しかも、ファイトマネーまで貰えるんだぜ!」
……名案と言っていいかも知れない。ただ、どうも出来レース感は拭えないな。
「俺はそれ、受けますけど、条件があります」
「よっしゃ、聞こうじゃないか」
「『ガチンコ(真剣勝負)』でいきましょう。
それで、観客から目撃証言を得られて、ネコが見つかったとしたら、試合に勝ったほうの手柄とする。ってことで」
「えー、ガチる気なの!?」
「そうです。まあ俺、ばか正直なんで」
「僕、死なないで済むと思う?」
「体が粉々になってなければ、治療はできるらしいです」
俺は隣のクロノに視線を向けた。クロノは悪そうな笑みを浮かべ、首を縦に振っていた。
「そうじゃな。やはり勝負は公正でないといかん」
「大丈夫です。この間は投石食らってぐちゃぐちゃになった人を、あっさり完治させてましたよ」
「マジか君達!いや、てめーら!やってやろうじゃないか!じゃあ早速、試合を申し込みに行こう」
「あ、一応貼り紙も作っときましょうよ」
「お、おう……きっちりしてんなー、マットは」
マッドは俺と同じ「持たざる者」。一度闘ってみたいという思いがあった。あのネイザー・エル・サンディに挑むくらいだし、強さに自信もあるんだろう。
闘技場に出向き、運営の人達と交渉した結果、試合は次の日曜日に決まった。
「じゃあ、ここから日曜までは敵同士だね。覚悟しときなよ、マット・クリスティ」
「はい。全力で殺し合いましょう、マッド・エリスビィ」
「ガチっぽくて嫌だな」
「ガチっすよ。俺のほうは」
「僕だってさ、人生いつでもガチってるぜ!へへへ」
「……マッド、ひとつ訊いても?」
「試合の作戦以外のことなら、いいよ?」
「マッドの、その……人生を全力で生きてる感じの、原動力って何なのかな、って」
「ん?あーそうだね、たまにそういうこと訊かれるよ。簡単に言えば僕は『死すべき者だから』かな」
そう言ったマッドの表情は、いつものように朗らかなままだった。
「死すべき、か」
「僕は、って言うより、人はみんな死ぬからね。
それが10年後か明日か、次の瞬間かはわからない。たださ、それは必ず来る。
その時に『つまんない人生だった』なんて思っちゃうような生き方は、僕に向いてないんだよ。多分ね」
「マッド・エリスビィ。おぬしは、そういう後悔をしたことがあるのか?」
「……さあね。そういうのは、前前前世くらいに置いてきちゃったからさ。
あはは、じゃあ僕はそろそろ行くよ。マット、また日曜に!クロノちゃんもね」
そう言って手を振ると、マッド・エリスビィは街の人込みに融けていった。
「明日より今、か」
マッドの背中を見失った頃、俺は無意識にその言葉を口にしていた。