第28章 仲介所
仲介所。相変わらず、ややこしい人達で混雑している。300年前に入ったことはなかったが、かつてのギルドもこんな雰囲気だったんだろうか。
俺は窓口の女性の前にできた人々の列に並んでみた。
「ん?これって……順番、待ってないのか?」
「どうも、ただ屯しておるだけのようじゃな」
よく見ると皆、窓口の周囲で依頼書に目を通しているだけのようだ。
「すんませーん」
「あら、可愛い坊や。今日はマッドに会いに来たんじゃないのね。依頼を出す?受ける?」
「えーと、受けてみたいんです。一度」
「なんじゃ、可愛い坊やなどと……むううう」俺の横、クロノが初手から既にイライラしてる。
「どういう依頼がお好みかしら?」
「……どういう依頼があるんですかね?」
「そうね。色々あるけど」
このお姉さん、態度に余裕が感じられる。こんな癖者揃いの窓口で働いてるんだから当然か。
細い指先で素早く紙の束をめくりつつ、そこから何枚か取り出して見せてくれた。
「坊や、あんまり曲がったことは好きじゃないでしょ。この間の、マッドとの一件でそう感じたわ」
「あんまり自覚ないんすけど、やっぱりそうなんですかね」
「……おぬしは完璧にそういう人間じゃ。ばか正直」
「うふふ、それじゃあ……このあたりはどう?」
『畑に出没する害獣(魔物)の駆除』
『土砂崩れと倒木によって封鎖された街道の復旧』
『祭の盛り上げ役』
害獣駆除は良いかも知れない。山で獲って食って、お金まで貰えるなら一石二鳥だ。
「あ、そう言えば。マッド・エリスビィは、どんな依頼を請け負ってるんですか?」
「ごめんね、それは守秘義務があって。こちらからは何も……
あら?マッドなら今来たわよ、ほら。丁度よかったじゃない、直接訊いてみれば?」
「あー、マットと可愛い娘のコンビだ!おーい」
「マッド!」
「どうしたの?『請負人』始めたの!?」
「今、始めるとこでして。話を聞いてたんです」
「いいなー、カリーナと仲良くお話できて。あいつ僕には素っ気ないんだよ、いつも!」
「マッド。あなたの声、窓口まで余裕で聞こえてるわよ」
「えー聞いてたんだカリーナちゃん、それは意外!」
「呆れるわ、はぁ」
カリーナという名前らしい受付の女性は視線をあさってに向け、気だるそうに長い髪を撫でていた。
「あんな態度だけど、根は優しいんだよ」口に人差し指を当てたマッドが、今度は声を抑えて喋った。
「マッド、今はどんな依頼を請け負ってるんです?」
「僕なら、同時並行で色々やってるよ。依頼書は……ちょっと待ってね」
マッドは背負っていた鞄を下ろし、ごそごそ探していた。やっと折り畳んだ紙を何枚か見つけ、広げてこちらへ寄越した。全部くしゃくしゃになってしまっている。
『用心棒』
『地下遺跡の発掘』
『貴婦人のお手伝い』
『おばあちゃんのネコさがしてください』
前もそうだったが、マッドはいつでも人生を楽しんでいるように見える。明日より今、って言葉をまさに体現してるよな。
「こないだ二つ片付いたから、僕は今これだけだね」
「一度に複数、っていうのも可能なんすね」
「条件によるけどね。拘束時間が短かったり、曜日が決まってれば掛け持ちも余裕だよ」
……どうも下二つが気になる。大っぴらに頼めない「貴婦人の手伝い」って、どういうものだ?
「この『手伝い』っていうのは、どんな内容ですか?」
「あーそれ、すっごくオススメだよ!マットなら若くてイケメンだし、きっと気に入ってもらえるんじゃないかな」
「え……」
「内容は、身寄りがなくて寂しいけど、お金はいっぱい持ってるおばさんと、半日くらい一緒にいて遊んだり、ご飯食べに行ったりするだけ!
前回なんて、おばさん家で雇ってる料理人が作ってくれた料理を二人で食べて、本を読んであげてたらもう終わったよ。それで一日24000ロニーだからねっ」
「クロノ様、どう思います?」
「マットはダメじゃぞ、そんなの。絶対っ」
「へい」
……本当に、そんなんでお金が貰えるんだろうか?それ以上は考えないことにした。
「じゃ、最後の『ネコさがし』は?」
「これは僕がやりたいから受けただけ。職安と違って、仲介所は基本的にどんな依頼でも受けるからね!その紙、読んでみなよ」
「えー、
『あたしのねたきりのおばあちゃんは、かっている黒いネコが大すきでした。
でも、ネコはいなくなってしまって、おばあちゃんも目がさめなくなってしましました。
あたしのおこづかい全ぶあげます。だれか早く、みつけてください』」
「えへへー、マットはどう思う?受けたくならない?」
「確かに。この『しましました』になっちゃってるあたり、どうも放っとけないですね」
「まー、報酬は仲介所に二割だから、ネコ見つけても1000ロニー弱しか貰えないんだけど。
こういうのってさ、お金じゃなくない?」
「ははは、マッドらしいっすね」
「いや、僕の場合は君と違う。この依頼は誰も受けたがらなくてカリーナが困ってたから、僕が請け負ったんだよね!」
マッドは窓口に向かって通る声で言った。カリーナさんは俯いて、手元の紙に何か書いている。
「カリーナ!これ解決したら、僕とデートしてくれるんだよね!ねー、カリーナ!」
「はいはい、そうね」
こちらに目も向けず、やはりカリーナさんは気だるい態度で応えた。
ただ、その口元は微笑んでいるように見えた……かも知れない。
「そういうことなんだよ。だからマット、僕は君のような真っ直ぐな奴とは違うね」
「なるほど。やっぱマッドらしいや」
「やはり、チャラい奴じゃな。ふふ」