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第27章 人力車道中

「ねえマット、あれ乗りたい」

「あれって……何ですか?」

「人力車じゃ」


 闘技場近くの大通りを歩いていると、人々の往来、時折通る馬車の他に、人間が小さな馬車のようなものを引いて走っていた。人力車というらしい。


「あの車引きは『ギフト』じゃな。代々『走の印』を受け継ぐ家系の男性が、人力車を生業にしておるのじゃ。


もっとも現代では、移動手段というより観光や見世物のひとつ、という側面が強い」


 ギフトか。あの車引きの若い男、ほとんど鍛えてるようには見えない。しかし健脚なのだろう。


 それは努力ではなく、生まれ持ったもの。


 これは僻みの感情なんだろうか?クロノは目を輝かせているが、俺は乗りたいと思えなかった。


「自分で走ったほうが速いし、いやその前に、そもそもクロノ様は魔法で移動できるじゃないっすか。あの中だって、けっこう狭そうだし」

「えー、でも乗りたいもん。きっと楽しいもんっ。むうう」


「じゃ、クロノ様が一人で乗るっていうのは?」

「……もういい」


「わかりましたよ。乗りましょ、一緒に」

「ほんと?いいの?」


 もういいって言葉を発する時のクロノは絶対、「もういい」と思っていない。


 人間も神様も、論理で動いてるわけじゃないから、その外面的な言葉よりも内なる感情のほうに目を向けねばならない。


 これは筋トレで「挙上重量」より「鍛えんとする対象筋への刺激」をより重視する必要があることと似ている。いや知らんけど。




「やっぱ狭いっすね。クロノ様、大丈夫ですか」

「ん……だ、大丈夫」


 クロノは照れているようだった。というのも、座席に横並びに座ると、その狭さのせいで、二人の腕や脚が常に触れ合ってしまうのだ。


「すんません、俺の体格のせいですね」

「本当じゃぞ。まったく」


「どうします?すぐ降りますか」

「え……せ、せっかく乗ったんだし、もうしばらく、その……ダメ?」


「わかりましたよ」

「か、勘違いするでない。我は人力車が楽しみで」

「へーい了解」

「むうう」


 クロノは赤くなった頬っぺたを膨らませている。この神様、なんでこんないい匂いがするんだろう。




「きゃっ!ご、ごめ……」

「けっこう揺れましたね、今」


 クロノが俺にしなだれかかってきた。しばらく順調に走っていて、急に座席が大きく揺れたせいだ。


「すみませーん、ちょっと大きめの石を踏んじゃったみたいで。大丈夫でした?」


 車引きの男が振り向き、爽やかな笑顔を維持したまま謝ってきた。確かに、俺が見たところでも、やや道が荒れているらしい。


「大丈夫っす。逆に今までほとんど揺れなかったのが、凄いなーと思ってたくらいなんで」

「あー、最近の型の人力車はですね……簡単に申しますと、下の車輪から座席までの間に、バネの仕掛けがあって、お体の揺れを軽減するようになってましてね」

「へー。なるほどね」


 男はうっすらと汗をかいているが、脚も声も元気そうだ。二人を載せた車を引いて、もう30分ほど走り続けているのに。


 ……やはりギフトの力は偉大だな。鍛えなくても強い。


「あの……マット。ん、ちょっと、もう大丈夫だから」

「あ。いや、こうするほうが広いかなーと」


 ずっと肩が当たっていたし、さっきは揺れてクロノの体がこちらに来たので、それを支えて以来、俺の腕をクロノの背中から向こうの肩に回しておいたんだった。


「むうう……恥ずかしいじゃん」

「ダメですかね」

「……じゃないけど」


「うん。やっぱ、愛しいな」


「え、今なんて言ったの?マット。……ねえ」

「え、今なんか聞こえました?」

「……むう」


 ダメだな。つい本音が漏れてしまった。クロノの耳は真っ赤だけど、表情は髪に隠れて見えない。聞こえちゃったかな?


 ちょっと俺も本気で恥ずかしくなってきた。変な汗が出てくる。人力車、そろそろ降りたいな。このまま永遠に乗っていたい気もしてるけど。




「ありがとうございました!えー……そうですね、アツアツなお二人に負けましたよ!サービスです、10000ロニーぽっきりで!」


「今日は長い時間、お世話になりました。楽しかったです」


 クロノが時空魔法で管理しているお金を、俺は受け取って渡した。


「クロノ様、どうでした?」

「楽しかったよ。えへへ、ありがと」

「お、なんか素直ですね」


「……たまには、ね」


 クロノが大きく伸びをしながら、ぼそっと呟いた。


「今、なんか言いました?」

「何も。なんか聞こえた?ふふっ」


 ……人力車、乗ってよかった。これからもワガママは聞いてあげないとな。


 さあ、シャオン・ライの仲介所はもうすぐだ。ここからは歩こう。二人で。




 ……扉が開く。鈴の音。


「いらっしゃい。ああ、君達か。また来てくれたんだね」

「こんにちは。先日はお世話になりました」


「それで、今日は何にする?」

「今日も『4番目と9番目に強い酒』をお願いします」

「なるほどね。しかし似ているようで、マッド君とは違うなー。


マッド君は店に入ってくるなり『よんきゅー、よんきゅー』って叫んでるからね」


「あははは、それ本当にマッドらしいですね」


「それで……今日は、依頼を受けるのかい?」

「話を聞いてみようと思いまして」

「そうか。まあ色々あるよ、詳しくは奥でね」


 パチン。


 シャオンが鳴らす指の音と同時に、奥の小さなドアが現れた。


「クロノ様、行きましょうか」

「そうじゃな。さて、どんな依頼があるか」

「とりあえず、金になるやつがいいです」


 クロノが俺の中臀筋、つまり尻のあたりをぽんっと叩いてきた。


「金になる……その言葉だけ聞いてると、おぬしもマッドと変わらんような気もするんじゃがな。ふふ」

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