第24章 明日より今
「えーっ、ほんとに?残念だなあ。僕が出すんだからマットも来ればいいのに。
あ、ひょっとして。大衆酒場って苦手?僕達はもう、あのごちゃごちゃした感じがお馴染みなんだけども」
「酒は飲んでると楽しいんっすけどね。アルコールって筋肉にとって、やっぱりマイナスなんですよ。短期的にも長期的にも。
適量と言われてるアルコール摂取量でも悪影響は確実にあるし、もし翌日まで残る飲み方なんてしようもんなら、筋トレの効果を全部もって行かれてしまうみたいですから」
……とか言いながら、昨日もここで一杯やっちゃってるしな。
「あはは、真っ直ぐ生きてるなあマットは。僕もそのくらい真面目にやれればいいんだけどね、結局、明日より今なんだよなー」
「明日より今、か。そんな生き方もいいですね」
「うん!だから毎日楽しいよ、僕は」
「おいマッド、早く行こうぜ」
「一刻も早く始めてぇだろ」
悪そうな人達が急かしている。マッドも年とっていくと、あんな風貌になるんだろうか?
「わかったよー。それじゃな、マット。また何処かで」
「そうですね。マッド、また何処かで」
マッドら一行は、わいわい騒ぎながら繁華街のほうに歩き去った。あしたっていまさ、という不揃いな歌声が、遠くなってからも聴こえていた。
シャオン・ライの店の前。そろそろ今日も陽が落ちる。
「腹減りましたね」
「そうじゃな。ふふ」
「クロノ様?どうかしました?」
「……いや。名前だけでなく、中身も似ておるなーと思ったのじゃ」
茜色に照らされたクロノが、くるりと振り返ってこちらを見た。少し遅れるように揺れて光を反射する、鮮やかなロングの黒髪。
もう神の美しさには見慣れてしまったと思っているけど、たまに条件が重なる時は、今でもドキッとさせられる。無邪気に笑う、こんな姿に。
「また山で大きいヴィルボーアとか、いっぱい獲ってきましょうか」
「むう……またあれ食べるのか」
「今日だけでお金、160万も減っちゃいましたからね。節約にもなるかと思って」
「それは確かにそうじゃが……」
「どうかしました?」
「一緒にいろんな店、巡ってみたいなーって思っただけ」
「可愛いワガママ言ってくれますね」
「べ、別にそんなんじゃないもん」
料理屋に向かう途中。俺は僧帽筋の上部から中部にかけて、ピリッとした収縮を感じた。つまり、首筋に嫌な予感が走った。
「どうも……さっきから、後をつけられてますね?」
「気づいたか」クロノが無感動に言った。
「友達になれそうな人達かなー」
「うーん……さっき、仲介所でいろいろ知られたからなぁ。
マットよりも、マットが持っている大金のほうとお友達になりたい、というような奴らではないかな」
「やっぱ、そんな感じっすね。残念ながら」
俺が足を止め、周囲を見回すと、5人ほど確認できた。あちらもそろそろ隠れる気はなくなったらしい。
「……すんません、さっきシャオンの店でお会いした方々ですかね?」
「そうだ。察しがいいな」
悪人の見本みたいな外見。人は見た目が九割、というのはけっこう本当なのかも知れない。
「俺が出せる金は、マッド・エリスビィにあげちゃった分だけですけど」
「……へっ。これを見ても、まだ同じことが言えるかな?」
男達が懐や脇に手を差し入れ、金属製の筒のような形をした何かを取り出して見せた。
「あれ、何ですかね?」
「銃じゃな。火薬の爆発力で、筒から鉄球を発射する。現代の弓矢みたいなもの」
パァン。
甲高い破裂音が、クロノが話し終える前に響いた。
「痛てっ、うわ熱っ」俺は腹斜筋、つまり脇腹のあたりに着弾を感じた。衝撃より熱さのほうが特に不快だ。
「なんでいきなり撃つんですか。痛いんすけど」
「おい、なんか効いてねえみたいだぞ、あれ」
「そんなことあるか!確かに当たったんだ」
「そんじゃあ、残り全員で撃ってみようぜ」
パァン。パパパァン。
4発のうち、3発が俺のあちこちに命中した。熱した石をぶつけられたような感じか。
「痛いって言ってるでしょ!?」
「マット、もう大丈夫じゃ。基本的に銃は一発撃つと、次の弾と火薬を装填するまで機能しない」
「いや既に大丈夫じゃないんですけど。撃たれてるし」
連中はじりじりと距離を詰めてくる。今度は刃物を手に携えて。
その中で一足先に近づいてきた男が、手に頭くらいの大きさの火球をこしらえていた。魔法だ。
「改めて言っとくぞ。金をよこせ」
「クロノ様、もし俺がやりすぎたら対応お願いします」
「あー平気じゃろ。跡形もなく吹っ飛ばすとかでないなら、ほぼ治せるよ」
「頼りになるなあ、神様は」俺は素早く足元の砂を握り込んだ。
かなり加減しないとな。俺は軽く、男達のいる方向へ砂を投げつけた。
バオッ。
「ぐああ」
「ぎゃあ」
「うばしゃああ」
口々に悲鳴を上げ、5人は倒れ伏せた。
「……うん。やりすぎたかも」
「大丈夫じゃ。粉々になってはいない」
俺とクロノは、倒れている男達に寄って確認した。
砂の散弾を浴びた5人は、けっこう大変なことになっていた。片眼が潰れている者もいるし、夥しい流血を催している者もいる。
「死なない程度に治療する。マット、こいつらと話をしてみよ」
「ありがとうございます!ほんとに、流石は神様だなあ。
で……あのー、あなた方は何故、強盗なんかしようと思ったんですか?」
「うう……そりゃあ、てめえが、金持ってるからだろ」
まあ行動原理としては、この上なくわかりやすいな。
マッドの言葉を思い出し、今度は寂しくなった。明日より今、か。