第21章 過ぎ去った誤解のあとで
「……マット。わたしって、なんで泣いてたのかな?」
「あ、俺が言おうと思ってた台詞です。それ」
「さっき先輩が、『絶対に離れるな』って」
「命令、って言ってましたね」
「マットは……わたしのこと、神様なのにばかだなって思ってる?」
「いや、そういう多少抜けてるとこも含めて、全部好きですよ」
「わたしで、いいの?隣にいるのが」
「えー……結論から言います。いいとか悪いとか別にして、クロノ様の隣にいたいです。俺のほうは」
クロノはそれ以上何も言わず、すっと俺に身を寄せた。月明かりだけが俺達を照らしている。
表情はほとんど窺えなかったが、そのほうがいい。お互いに、ひどい顔をしてるだろうから。
俺に背負われたクロノが、だらりと体を預けながら、ちょっかいをかけてくる。早く、どこかに宿は見つからないのか。
「ふふふぅ。マットぉ、おぬしは本当に可愛いなぁ」
「ちょっと、俺の鼻に指入れるのダメです」
「はな?はな?そうそう、花みたいに可愛いよ、マットは。んー、いい匂い」
「いや、俺の頭嗅ぐのもダメです。マジで」
「何じゃ、ダメダメばっかり言いおって。えへへへへぇ、そんなマットも大好きだよぉ」
「……なんで酒ひと口で、そんなになるんすか。もう」
別れの時、というのはクロノの勘違いだった。それがわかって、ほっとしたら、お互い腹が減ったな。
っていうことで俺達は料理屋を探したんだけども、さっき橋の上でクロノをずっと抱いたまま、泣き止むまで立ち尽くしているうちに、夜が更けてしまっていたらしい。
仕方ないので、唯一開いていた酒場に入った。その結果が、これだ。
事前に飲めるのか一応訊いたら「我は神じゃぞ。おぬしらも何かにつけて酒を捧げたりしているであろう」とか偉そうにしてたくせに。へべれけじゃねえか一瞬で。
「ねえマットぉ、マットは酔ってるぅ?はむはむ」
「俺の耳噛むのもダメです。タイソンじゃないんだから。まあ俺も、けっこう飲まされましたからね。いい気分ですよ」
「いい気分……わたしが、そばにいるからぁ?」
「そうですよ」
「いえーぃ!マット、愛してるよぉ」
「明日になって後悔しないでくださいね、マジで。今、本気でお願いしてますんで」
……翌朝、クロノは恥ずかしすぎるらしく、布団から出てこない。
「まったく、つくづく世話のやける神様っすね、クロノ様。朝ですよ、ほら」俺は部屋のカーテンを開けた。
「マット、あの」
「どうしたんですか」
「……嫌いにならないでくれる?」
「嫌いになるわけないでしょ、こんな放っとけない神様。もうチェックアウトの時間なんで、早く起きてくださいよ」
「むう」
「むう、じゃないです」
「うぅ、なんか今日、あたま痛い……」
「ひと口しか飲んでないのに!?」
結局、クロノは水を1杯飲んだら治った。
朝飯もたらふく食べ終えて、これからどうするかの話になった。
稼げることが判明したので、闘技大会に今度は正式な形で登録しよう、という結論を俺が出した。よって、職業安定所に向かおう。
職業安定所を間に挟まないと、またえらいことになるかも知れないしな。
「職安かぁ……わ、我は勧めないがな」
「え?なんでっすかクロノ様。第一、最初に職安の解説してくれた時は『実力次第じゃ』とか言ってにやにやしてませんでしたっけ?」
「むうう、あの受付の女が……
いやっ、えーと、マットがあのような命の危険に晒されるのは避けねばならぬ。それも我の職務じゃからな」
あ、そうだった。あの筋肉大好きな受付の女性、ローラにやきもち妬いてるのか。うわ面倒くせえ。
「嫌がってる理由、何となくわかりました。まあ一応、職安に話は聞きに行きましょうよ」
「……わたしのこと、面倒だとか思ってる?」
「そういうとこも含めて、好きだって言ってるでしょ」
「……ん。ごめん」
ちょっと素直になってきたけど、まだまだややこしいな。
支払いを終えて店の外に出ても、まだクロノは拗ねてるので、職安への道中ずっと手を繋いで歩いた。
……それはそれで最初恥ずかしがるし、「じゃ、やめときましょうか」って離したら余計に拗ねるし。
最近は俺も、クロノの気持ちが読めるようになってきた。そもそも拗ねる理由を辿ってみれば、内心では嬉しかったりする。
……神様って、こんなに愛しい存在でいいんだろうか。300年間で何回くらい考えたっけな、これ?
「クリスティさん!先日は、闘技場のご見学に行ってらしたんですねっ!?」
「あー、そうですね。かなり近くで……いろいろ体験できました」
まさか舞台に上がるとは夢にも思ってなかったぞ。そして受付のローラ、相変わらずテンション高いな。
「では、ご覧になれたんじゃないですか!?あの『魔闘史の新たな1ページ』の名試合を!」
「はい。いやー何て言うか、痛みが直に伝わってくるような試合でしたね」
思いっきり伝わってたからな、実際。
「でもね、その後の騒動はご存知ですかっ!?実はあのとき勝った『格闘者』、ニセモノ!いわゆる替え玉だったそうなんですよぉ!」
「へー、そうなんですか。それは驚いた」
あ、もうバレたんだ。俺の賞金、大丈夫なんだろうか。
「しかも!試合翌日になって、どういうわけかホンモノのほうが現れて『賞金よこせ』とか言い出したらしいんですっ!」
「え」
「だから闘技場側も、私達みたいなファンも大混乱!って状況なんですよねー」
俺とクロノは顔を見合わせた。
現れた?マッド・エリスビィ、本人が?