第2章 時の神は黒髪ロングぱっつん美少女
少しずつでいい。昨日の俺を、今日は少しだけ超える。それを毎日繰り返す。
17歳と半年生きた頃、俺の家族以外の人々にも、俺の変化を知られるようになった。
「おはようマット、今日も逞しいねー。その筋肉、うちの旦那にも見せてやりたいよ。最近どうもお腹が出てきてさ」
「マット、おまえ、どういう生活してたらそんなバキバキの体になるんだよ?何を目指してるんだ?」
「マット君と結婚する人は大変よね。
その体だから女の子のほうがたくさん寄ってくるし、まずストイックな筋トレ生活にお嫁さんも合わせないといけないだろうし……」
継続は力。どんな優れた筋トレも、どんな食事も、三日坊主ではほぼ変わらない。
見えないくらいの小さな変化が、俺をやがて強くする。
そんな時、俺は村のイベントに呼ばれたんだった。
毎年、開催されている収穫祭のなかで行われる、体力コンテスト。
「時の神」と呼ばれている大きな石。これを何人で持ち上げられるか、というもので、挙上した姿勢を3秒間保てば成功となる。
コンテストがいつからあるのか知らないが、過去の記録は力自慢の男二人で挙げたものが最高であると語り継がれていた。
俺が観戦していた時は、大人四人がかりでも苦労していた……という記憶があった。
俺は一人で挙げてみせるぞ。
イベントへの出場を伝えられたその日、俺は神の石を祀った村外れの小屋へと向かった。
小さな建物の外装は職人による装飾が施されており、荘厳な印象。俺は少し気圧された。
この田舎村に、家の外観を飾りたてる人なんていないからな。俺がこういうのを見慣れていないんだ。
さすがに神だから、勝手に入って触れるのは気が引ける。などと思いはしたが、俺にとっては石を持ち上げるほうが大事だ。
小屋に侵入。台座に置かれた石を見た。うん、デカい。
こんなの挙がるわけねえ。
そもそも石というのはパッと見から想像できない重さがあり、人の頭くらいの大きさですら普通の女性は持ち運べない。
しかし神の石は、それ自身が体を折り畳んで座る女性くらいの大きさだった。ちょうど形もそんな感じ。
「神様、失礼いたします」俺は早速、抱き上げようと試みた。
結果、失敗。多少揺らせるくらいで全く挙がらん。いや重すぎる。こんなん出来へんやん普通。
……まずいぞ。コンテストまであと一月しかない。
このままでは間に合いそうもない。時間がないので。
いや、落ち着いて考えろ。これは力学だ。俺の体にある大きな筋肉を優先的に動員し、力のベクトルを真上に発揮すれば挙がるはず。
俺の筋肉が「無理だ」と言う時、俺は「できる」と答える。それを俺はアランから教わった。
それからは三日に一度、俺は石のもとへ向かった。
挙がらなくても筋肉は疲労するため、挑戦する度に休む必要があった。何度も失敗を重ねた。
コンテストまであと一週間と迫った日。俺は今回を最後の挑戦にすると決めていた。毎日、寝ながらでも挙げることをイメージし続けていた。
もう何度目だろうか、神の石の前へと立つのは。
俺は眼を閉じ、手の埃を払う。大きく屈んで両手を石の窪みに差し入れ、神の石の重心のド真ん中を捉え、胸を寄せる。
二人で挙げる奴がいるんなら、一人でも挙がるはず。
挙がる。挙げる。俺は自身に暗示をかけた。
「イエーッバデェィ、ライウェイッッ!!」
俺は叫び、全身に力を込める。
神の石が小さく揺れ、わずかに浮いた感触があった。動きだした重量物。
慣性。動き始めた物は、動き続けようとする。止まるな。挙げろ。俺の体よ立ち上がれ。
「アアアアア!!!ナンバダピーナッッ」
俺は自分の叫びを遠くで聞いた気がした。前はほとんど見えない。
全力を出しているせいで、この瞬間は聴覚も視覚も働かなくなっていた。
そして、俺は立っていた。大きな石を胸で抱えながら。
挙げた。俺は。たった一人で。時の神の石を。俺は歴史の一部となったのだ。
「ライウェイッ、あ」
喜びが全身から沸き上がると同時に、俺は立った姿勢のまま、筋肉を緩めてしまった。
するっと手が降り、石は台座に向かって落ちた。
ゴォン。
……割れるような轟音と共に、神の石はガチで割れた。
やっちまった。
その瞬間、小屋の中は光と何らかの流れで満たされた。
割れた石から力が迸り、渦巻いている。
「うおっ、何だこれ!?」
無意識に声が出ていた。とにかく俺は焦った。こんなに動揺したのは初めてかも知れないほど。
村一番の魔法使いが暴れた時でも、こんな力を感じたことはない。
「ううっ、痛いよぉ……ふええん」
俺は驚きのあまり、今度は固まった。
割れたと思った神の石が瞬時に、黒髪ロングの前髪ぱっつん絶世美少女へと姿を変えていたもんだから。
「ごめんなさいママ、ちゃんと起きるから許して……
あれ?違う?だ、誰なの!?」
美少女はえらく取り乱しているが、俺の心のほうが乱れているので何も答えられなかった。言葉が出てこない。
さっと髪を手櫛で整え、質素であるが神々しい衣服の襟を正し、黒髪美少女は漸く落ち着きを取り戻したようだった。
「……おぬしだな。我の眠りを妨げたのは」