第17章 魔闘技四天王 VS 農家の息子
「「ウルさん、解説をお願いします!」」
「「あまりに速く、フォロースルーすらほとんど追えませんでしたが……マッドの右が、わずかに当たっていた。そう見るべきでしょうね」」
「「なんと!?魔法でも何でもありませんでした!まさに音速の拳ッッ!」」
「……有り得ねえ。なんじゃこりゃあ」
大男の勢いが、止まった。
「「さあ、魔闘技四天王、ネイザー!出血があります。ウルさん、ダメージはどうでしょうか!?」」
「「傷そのものは、魔力でほぼ塞いでますね。まあしかし、問題は精神的なほうでしょうね」」
「「持たざる者マッド!凄まじい拳のスピードで、ネイザーの皮膚を、心を切り裂いておりますッ!」」
実況がうるさいな。
そう感じたことで、やっと俺の心も落ち着いてきたのが自覚できた。
次、全力でいったら、流石にこのネイザーとかいう男も無事じゃ済まないか?しかし手加減なんて考える余裕もないしな。
よし、ちょっと訊いてみよう。
「あのー、すんません。次、思いっきり殴っていいですか?」
「このバケモノがッッ」
威嚇するように叫んだネイザーはまた後ろに跳び、俺から最も遠くに位置した。
「仕方ねえな。鋼の筋肉膨張!」ネイザーの巨大な肉体が、さらに膨らんでいく。そういう魔法なんだろうが、どう考えてもバケモノはおまえのほうだ。まず元々俺よりデカいし。
「魔力によって筋肉を上限まで強化した。ボウズ、悪いが遊びは終わりだッ」
「あ、了解です」
思いっきり殴るって言っといたからな。俺は姿勢を低くし、全力で床を蹴った。
瞬間、もうネイザーの体が目前に。今度は当ててやる。
ドキュッ。
狙いは多少ズレたが、振り回した俺の右がネイザーの左肩あたりを直撃。ネイザーの大きな体は吹っ飛び、回転しながら壁から壁へとぶつかり続けた。
俺はボールのように弾む大男を眺めていた。……あ、やっと止まったみたいだな。
「ネイザーさーん、生きてます?今のは魔力も込めてない生身の拳だったんですけど」
「ぐぅッ」ネイザーは立ち上がった。しかしその左腕は原形を留めておらず、不自然に垂れ下がっている。
「「これは効いたーッッ!マッドの一撃!いや正直に言います、私ぜーんぜん見えませんでしたぁ!」」
「「そういうことです」」
ネイザーの全身が裂け、舞台上に鮮血が舞っている。まだ闘えるのか?
「あのー、まだやります?」
「……超回復」ネイザーの体が無数の糸のようなもので縫われていく。
瞬時に出血は止まり、左腕も一応は動くようになったらしい。手を握ったり開いたりして確認できたようだ。
「俺ぁな、頭は悪くねえけど、物分かりは悪いんだ」ネイザーは少し笑ったように見えた。
「「『魔闘技』ではお馴染み!一瞬でケガを治療!肉体操作、ネイザーの本領発揮ですッ!」」
「……なるほどね。じゃ、続けますか。いや、終わらせますか、だな」
「ボウズ。俺の場合は特別でなぁ、操作できるのは、自分のほうだけじゃないんだぜ?」
その言葉を聞いた途端、俺の全身に糸のような魔力が幾重にも巻き付き、異常な重みを感じた。重いだけではなく、強い力で縛られており、血の巡りが止まってしまいそうだった。
「束縛と圧壊の鎖」
ネイザーが俺に向かってかざした手をぐっと握ると、絞めつける力は一層強くなった。
……俺の腕から異様なほど血管が浮き出てきている。もし血液の循環が本当に止まってしまったら、エネルギーは運ばれなくなる。
つまり、俺は死ぬ。
「マッドといったか、ボウズ。悪いな、ここからは一方的に俺のターンだ」
俺は言葉を返そうとしたが、糸は首や口にまで巻き付いてきている。体があまりに重い。立っていられなくなってきた。
俺は石床に片膝をついた。クロノもそうだけど、こういう動けなくする系の魔法ってマジでズルいと思う。
「筋力だけじゃあ、本当の意味で強くはなれないってことさ。なあ、持たざる者よ。じゃあなッ」
ネイザーが跳んでくる。
ゴッ。
ガガガッゴッドムドムッパキュッガガガガ。
今度は俺が固定されているから避けられる心配もないし、吹っ飛ばないから殴り易いんだろう。おそらくネイザーの全力で、殴られ続けている。
あー、年の離れた兄ちゃんと本気の喧嘩になった時以来だな。こんなに一方的なのは。こんなに痛いのは。
ボッコボコにされながら、俺は昔、筋トレにハマり始めた頃に読んだ本を思い出した。
ガガガ、ガガ、ドドドンドドドン。
……痛え。なんだっけ?そうそう、その現象は筆者が長いこと座らされていた時、偶然に発見したんだったな。
外からの圧力で血液の巡りが留められると、血流が制限された筋肉は強い刺激を受けて、通常より筋トレの効果が高くなるとか何とか……そう、あれだ。
加圧トレーニング。
俺は全身の筋肉に力を込めてみた。ほとんど動かない。しかし加圧だけでも、体内を巡る何らかの物質などは飛躍的に増大するらしいからな。
つまり今、筋トレの効果はあるはず。
「フォォォオオゥ、イエーッバデェィッ!」
バチンと音がして口元の束縛が切れた。
まだ足りない。叫べ。もっと筋肉に力を込めろ。
「ナンバダピーナッッ」
切れた糸が再び巻き付く。なるほど、じゃあ全部ぶち切ったってどうせまた加圧されるんだから、筋トレの効果は見込めるってことだな。
「ライウェイベイベェェェ」
全力を込めてマスキュラーポーズ。全身の糸が音を立てて千切れ、また体に張り付いてくる。
「アァォッッ」俺は目の前に立っていたネイザーの首に組み付いた。
「サイドチェストォ」
両腕を組み全身の筋肉を収縮させ、大男の太い首を脇に挟み、思いっきり絞めつける。
メキュウウ。
……あ。全力でやっちゃった。