第15章 闘技場
「あ、そうそう。それとですね。先ほども申し上げましたように、部門が二つに分かれてるんですよ。
まず、『格闘技』はギフトを持たない選手の勝負。
そして『魔闘技』は、ギフトの有無を問いません。
ですが、『魔闘技』のほうでギフトのない人が優勝したことは、歴史上ありませんね。まあ当然だと言えます。
私はそのどっちも好きなんです!たしかに魔闘技のほうが圧倒的に凄いんですけど、魔法が加わると召喚獣とか無敵バリアとか、瞬殺だったり大味な試合も多いんですよねー。
……と、いうことで!それでは、お尋ねします!クリスティさんのギフトは何ですか!?」
「え?ないです」
「へ?」
「ないです。ギフト」
「……そんな体なのに!?嘘っ」
「じゃあ、はい」
俺は羽織っていた服を上から軽くはだけ、後ろを向き、首筋から背中にかけて受付嬢に見せた。
「ほら、何もないでしょ?印」
「た、確かに。ですが……ほおお……その山脈のような僧帽筋、そしてバリバリのカットが出た三角筋の中後部、空すら飛べそうな広背筋、そしてさらに大円筋や棘下筋ら、小さいはずの筋肉群の存在感っ。
はぁぁ……すごい、すごすぎる!はぁんもう我慢できない!
く、クリスティさん、私をお姫様抱っこしてくださいっ!」
「……は?いや、まあそのくらいなら別にいいですけど」
「きゃーっ!私、こんな筋肉の男子をこんな至近距離で見るの初めてなんですぅ」
お姉さんのテンションが狂い始めている。筋トレ続けてると、ここまで強烈な反応があるのか。好きな人は好きなんだな、筋肉。
……あ。存在を思い出し、ふと横目で見たら、クロノがめちゃくちゃ不機嫌な顔をしている。まずいな。
「クロノ様、ちょっと俺この展開に戸惑ってるんですけど」
「何を言うか、さっきからにやにやしおって。やはり人間など穢らわしい……
愚か者。変態。ばかっ!むうううう、もう知らないっ」
刹那、クロノは消えてしまった。あの怒りようだと、しばらく戻ってこないかも知れない。
受付嬢のローラ・クレイベルという、筋肉大好きな人に気に入ってもらえたおかげなのか、45000ロニーの補助金まで貰えた。
お姫様抱っこの後、俺は大勢の前でポージングさせられたり、お姉さんに抱きつかれて大胸筋に頬ずりされたり、腕にぶら下がられたり、まあ色々頑張ったしな。
「ひょっとしてクロノ様、俺のこと見てました?今、聞いてます?」
姿のない隣に話しかけてみたが、返事はなかった。これは放置すると三日くらい拗ねちゃうやつかも。
「……参ったな。俺、この時代のこと全然わかんないし、食糧の買い方も宿の取り方も、どうしたらいいのか。
あー腹減ってきたし心細いし、もうダメだ。さっきのローラさんにお願いして、案内してもらうしかないな?」
「最っ低。マットってあーいう派手な女が好きなの?」
「あ、クロノ様だ。よかった」
「何もよくないもん。マットなんか大嫌いっ!
……何よ。そんな顔して、黙りこくって。何か言ったらどうなの!?」
「俺、クロノ様が大好きです。……だから、大好きな神様に『嫌い』って言われると、こんなに悲しいんだなって」
「え?あ……」
「今までお世話になりました。すんません。俺は、穢らわしい人間です」
「ちょ、あっ……わたしも、言い過ぎたかなって。あの、ごめんなさいっ」
「嫌いになりました?」
「……だって、気になっちゃうんだもん」
「俺は一緒にいてほしいです。ダメですか?」
「……し、仕事じゃからな。仕方あるまい」
「そりゃよかった。さあ、メシ食いに行きましょう。その後で闘技場の見学も」
「む、むうう……なんか軽くあしらわれた気がする」
さっきまで駄々をこねていたクロノの姿が、また妹を思い出させる。しかし神様のほうが、人間の女より面倒だな。
せっかく手持ちもあることだし、クロノにご馳走して機嫌直してもらおう。
「闘技場……凄えな。まず規模がデカい」
「収容人数10000は、オプティマの建造物では最大じゃからな」
「クロノ様、さっきのデザートどうでした?」
「あれおいしかったー!……ごほん、まあそこそこじゃった」
たまに腹立つけど可愛い。クロノのそばを歩いていると、艶やかな黒髪からふわっと甘くて心地よい匂いがする。そして食べたらすぐ上機嫌だな、こいつ。
スタッフから話を聞けるだろう。というローラの助言もあり、俺達は係員専用口から入っていった。すると早速、スタッフらしい腕章を巻いた女性がいた。
「すんませーん、あの、マット・クリスティという者です。ちょっと闘技場で働きたくて、見学に」
「あーっ!あなたがマッド!?遅刻もいいとこですよ!?もう。さあ急いで、こっちよ」
「え?」
「もたもたしない。みんな待ってるの!早くっ」
クロノと顔を見合わせて、同時に首を傾げた。あの剣幕だし、今後のためにも行かないとまずいだろう。俺はそう判断した。
「やっと来ました!マッド・エリスビィです」
走りながら女性が叫ぶように伝えると、その部屋にいた者のなかで最も体格のいい、歴戦の勇士といった風貌の中年が走り寄ってきた。
「ボディチェックだ。上着を脱いで」
「え?は、はい」
「そして背中は……確かに、ギフトなしか。よく逃げずに出場してきたな、若造!ええ!?」背中をかなりの力で叩かれた。豪快なおっさんだ。
「あの……」
「いいかぁ!今回はワンマッチだからな。ここで『魔闘家』に勝てば、おまえさんは歴史に名が残るぜ!」
……さっきの名前、俺じゃなかったよな?ひょっとして、人違い?
その時、太鼓のような音が響き、通路の向こうの光から大歓声が沸いた。
「おっと、時間だ。さあ、ウォームアップは入場しながら済ませちまいな」
「俺、闘うんですか?」
「もちろん!そして、その相手はネイザー・エル・サンディ。『魔闘技』四天王の一人だ。集中していけよ。幸運を!」
何か、大変なことに巻き込まれているような。胸がざわつく。
それでも俺は、その光のほうへ向かって歩いていた。そうするしかないような気がしたから。