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第13章 歓待の宴

 そろそろ近づいてきた街並みを、まだ夕陽が照らしていた。道沿いのところどころに建物が見えてくる。夜までには間に合ったみたいだ。


「マット。おぬし、疲れておらんのか?」

「肉いっぱい食べながら歩いてたら、かえって元気になりましたよ。脂質でさえもエネルギー化が早いな、俺の体は」


「……もはやヒトという枠の外に存在しておるな」


「ベンファトさんの家って、もう近いですかね?」

「あの塀の向こうじゃな、ベンファト家は」


「塀の向こうの、どの辺りですか」

「全部じゃ」


「……え、マジで?」


 豪邸にも程がある。城みたいだ。とは言っても、城を実際に見たことはないんだけど。


 思い出した。300年と少し前、豪商のベンファト家がオプティマでは大きな権力を持っている、というような話を聞いたことがあったな。




「さあ、どうぞ召し上がってくだされ」


 昼に助けた爺さん、ランス・ベンファト氏が手を合わせ、その両手を広げてみせた。巨大なテーブルの前で。


 とんでもない量の見事な料理が、俺の手の届くところに次々と置かれていくのを、さっきから眺めていたもんだから、とにかく今は腹一杯食べたい。


「クロノ様、いただきましょう。っていうか、神様はメシ食うんですか?」

「おぬしらも神に供物を置いたりするじゃろう?別に食べなくても何ともないけど、美味しいもの食べるのは大好きじゃ」


「俺より嬉しそうですね」

「むう……いいじゃん別に。食べたいんだもん」

「子供か」


 美味いだけでなく、それらのひとつひとつが個性豊かな味わいで、俺達は最後まで全く飽きることなく食べ終えた。料理を頬張るクロノの、これほどに屈託ない笑顔を見るのは初めてだった。


 金があれば毎日こんなの食えるんなら、ちゃんと働いて稼がなきゃな。具体的に何から手をつけていいのか考えてもいなかったし、今は満腹の幸せで考える気にもならない。


 よし、明日から頑張ろう。




「……おお、なるほど。では旅行というわけではなく、職を探すために出て来られたのですな。お二人とも」

「そういうわけじゃな」


「クロノ様って、神様っぽい口調で堂々とメシ食ってていいんすか?人前なんですけど」

「よい。おぬしの仕事を探す手伝いが、我の公務じゃからな。これも言うなれば仕事じゃ」


「サボって寝てたりご馳走食ったり、いい身分だなー神って」

「むう」

「お腹いっぱいだとご機嫌なんですね。むう、とか言いつつ笑顔のままですよ」


「お二人とも、どうかされましたかな?」

「いえ、実は今夜の宿をどうしようか……という話を少々」

「いやいや。ご心配なさらずとも、うちの離れを用意させております。どうぞどうぞ、いつまでも居てくださって構いませんので」


 俺とクロノは顔を見合わせた。クロノが眼を細め、小さく頷いた。




「……で、どうしましょうか。これ」

「むうう……」


 クロノが顔を赤らめている。使用人に案内されて入った、離れの家。さっきの食事をいただいた広間よりは控え目だったものの、やはり華美な装飾が施されている。


 その寝室には、大きなベッドが置かれていた。一つだけ。


「クロノ様が上で寝てください。俺は床でいいんで」

「それはダメっ。あ、いや……マットにはいろいろ迷惑かけておるし、今日の働きも見事であったからな。


だから……えー、その、どうしよっか?」


「まあ、これだけの大きさですし。一緒に寝ましょうか」

「え。え?」


 俺はベッドに乗り、二つ置かれた枕をそれぞれ端のほうに寄せた。吸い込まれるような、それでいて弾むベッドの感触。やっぱ高級品は違うな。


「変に遠慮し合ってるほうが余計恥ずかしいでしょ。じゃ、俺は睡眠いっぱいとりたい派なんで。おやすみなさい」

「ちょっ……むうう、な、何もしないよね?」


 俺は布団を大きく被り、もう眠り込んだフリをした。




 しかし、寝なきゃと思うと眠れないよな。自分の呼吸と脈を打つ音が、この夜はやたら大きく感じる。


「マット、もう寝た?……むう、まったくもって、腹の据わった人間じゃな。


……ねえ。もう聞いてない、よね?あの……あのさ。


300年間も、これからも、いっぱいごめんね。


それと、ありがとう。


……やっぱ恥ずかしいな。お、おやすみっ」


 こいつ、俺を永遠に寝かせないつもりか。顔が熱い。汗が滲む。こんなに布団被るんじゃなかった。




「おお、お二人とも、お早うございますな。どうです、昨夜はお楽しみでしたか?ははは、いや、眠そうな顔をしておられますのでな」


「おはようございます。いや、良いベッドをありがとうございました……って。この質問、どう答えても墓穴掘るタイプのやつだな」

「むうう」




「……おお、おお、なるほど。まあ実のところ、仕事ならベンファト家からもお願いしたいものが沢山あるのですがね。


まずは、オプティマ市の職業安定所を訪ねてみてはいかがかな?」


「職業、安定所?」


「ええ、ええ。今の時代、形式上では人間の身分制もなくなり、職業選択の自由が叫ばれるようになっておりますからな。


マット殿がやりたい仕事、向いている職業、求める条件。それらを探す助けをしてくれる職員が必ずや、待ち構えておることと思いますぞ」


「クロノ様、それってどういうもんですかね?」

「おぬしが知っている言葉を選ぶなら、要は『ギルド』じゃな。


現代では、ギフトを持たぬ者にも職を探す権利が与えられておる」


 ギルド。心が動くのを感じた。ギフトを持たない凡人の俺が、職業を選べる時代。


「とは言ってもな。ベンファト氏の言うように、自由とは形だけのものに過ぎん。結局は、実力次第ということじゃよ」


 実力次第。


 言い終えたクロノの口元が、にやりと綻んだのを見ていた。

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