第10章 新しい暮らしへ
「ちょっと皆さん、盛り上がってるとこ申し訳ありませんが、俺から見てクロノ様って、どっちかと言えば妹みたいな存在なんで。いや、まあ神様なんですけど。
正直言って、可愛いとは思ってますよ。ただ、皆さんが期待しているような展開は300年間起きませんでしたね。これはガチで」
「えー、それマジなん?つまんない」
「ほんとほんと、つまんなーい。クロノ、そこは攻めなきゃダメじゃね?」
「むうう……だってそんな、わたし一応神なんですよ!?」
人間とそういう展開は別にいいらしい。神々の業界は理解できん。
「はいはい、その手の話は終わり。問題はクロノと、マット君の処遇よ。
マット君に関しては、今後の生活もある程度考えてあげないといけないし」眼鏡のお姉様がはきはきと場を仕切る。
「300年のブランクは人間にとって問題です。法律、一般常識や職業のあり方、生活様式も大きく変化していますので」この人は知の神って感じだな。あ、人じゃないのか。ややこしい。
「うふふっ、じゃあ私、マット君にいっぱい教えてあげちゃおうかなぁ?」何を教えてくれるんだ。いろいろ緊張してきたぞ。
「はっはっは、何だ、解決策が見つかったじゃんか」
男勝りの快活な大声が響き、場の空気を支配した。
その緑髪を靡かせ歩み寄ると、彼女はクロノの背中を軽く叩いた。
「マット君は、クロノが社会復帰させてやりな。300年も拘束しちまってたんだろ?ちゃんと自分でその責任をとるんだよ。
なあ皆、それでどうだい?」
「うーん……クロノだけで大丈夫かしら」お姉様が眼鏡の位置を直す。
「神の力が破られた件、報告書どうします?」前髪の下の表情が明らかに面倒くさがっている。この神様は立場上、いろいろと損してそうだな。
「仕方ないわね。報告は私も手伝うわ」
「クロノ、ファイトだぞっ」
「そうだよ!ファイト」
「あらぁ、残念ね。クロノちゃんが羨ましいわぁ。ふふ」
「クロノ、まずはマット君の生活保障と職探し。それが落ち着いてから、本部に顔を出しなさい」
「あ……は、はいっ」
「よっしゃ。まだまだ他に仕事残ってるしな、ここは解散ってことで!じゃあの」
緑髪の長身が右手を上げ、軽く振ったかと思うと、全員いなくなっていた。
俺とクロノだけが残された。
……さっき話の流れで「可愛いとは思ってますよ」とか言っちゃったしな。微妙に気まずい。
「あー、みんな行っちゃいましたね。これからどうしましょう」俺は努めて平静に振る舞った。
「……マット、何から言ったらいいのかな……
ごめんなさい。いっぱい振り回してしまって」
「なんで凹んでるんすか。要するに、クロノ様はサボって寝てたところを人間に起こされたもんだから怒っただけでしょ。
少なくとも、我々人間どもの思考ならそんな感じですよ。神々のことは知りませんけど」
「むう……そうじゃな。我々も、同じようなものか。
そのワガママで300年も閉じ込めて、マットの人生をめちゃくちゃにしてしまったんじゃから」
「俺は楽しいですよ。300年前も、今も、たぶんこれからも」
「そ……そうなのか?」
「だってクロノ様、一緒にいてくれるんでしょ?先輩の神様も言ってたじゃないっすか。
あー、クロノ様のほうが一緒は嫌だってことですかね?」
「そ、そんなことないもん!わたしだって楽しいし、その、えっと……あ」
クロノは焼けるように赤く染まった顔を袖で覆うように俯き、固まってしまった。
「んー……見るからに恥ずかしそうですけど、今回は待ちますね。返事」
この空間に自分が存在してる、ってだけで、きついな。何だこの緊張感は。変な汗が出てくる。
クロノはそっぽを向いて、着ている衣を胸のあたりで握りしめながら、大きく深呼吸を二回。
意を決したように、こちらへ向き直る。その口が、動き始める。
「……わたしのほうこそ、お願いします。い、い、一緒にいてくださいっ」
「そのつもりですけど?俺は」
答えた瞬間、頭上で爆発。
驚いて見上げると、造られた吹雪のようなものがキラキラと舞っていた。そして、さっきの美女6人。
なるほどね。
こいつら、解散してないやん。
「いえーい!ひゅーひゅー」
「クロノおめでとー!きゃーっ」
「うふふっ、お熱いことで何よりですわ」
「クロノてめー、やればできるんじゃねーかっ」
「この展開、私は予想してましたがね」
「じゃあ私達、本当に解散するから、二人とも仲良くね。マット君、クロノをよろしく」
「あ、はい」
俺が言い終わらないうちに、また6人とも消えていた。
「実は結構、いい先輩方なんじゃないっすかね?」
「むううううう……はぁ、また弄ばれた気分じゃ」
「いつもあんな感じなんですか?」
「そこは聞かんでほしい。我も一応は神の立場なのでな」
「へいへい。じゃ、とりあえず出ましょう」
俺達は小屋の外に出た。
辺りの景色は変わっていた。俺の足元にも、300年前にはなかった石畳のような道が走っている。
遠くに見える街並みは、異様なほど建物で埋め尽くされていた。
ふと、俺は小屋の傍の大樹を見上げた。
300年もの間、見ていなかった新緑。ずっと続いていた命。
そうだ。俺は帰ってきたんだな。ようやく実感できた。