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先輩と球技大会

「先輩! 明日は球技大会ですねっ!」


 バイト先の手狭な休憩室で、私は少しだけ弾んだ声でそう言った。


「ああ、そうだな」


 対する先輩はいつも通り。落ち着いた声色で、雑誌をめくりながら缶コーヒーをすすっている。


「授業がなくなって、楽でいい」


 ぱたん、と雑誌を閉じて先輩が私を見た。

 最近気付いたのだけど、先輩は人と会話するとき、ちゃんとその人の顔を見るようにする。片手間で、というような態度を見たことがないから、きっと私の勘違いではないハズだ。


 要するに、雑誌を閉じて私を見てくれた今の先輩は、きちんと私と会話するつもりがあるということです。


「高校の球技大会って一日使うんですね。中学校だと午後二時間くらいだったんで、ビックリしました」

「そうなのか? うちは中学でも一日使ってたから、別におどろきゃしなかったな」

「へえ。先輩どこ中でした?」


 中学校の話題に繋げられそうだったので、せっかくなので訊いてみる。

 本当は先輩がどこの中学出身かなんて知っていたのだけど、そういえば本人から直接聞いたことはなかったからいい機会だ。


赤井羽(あかいわ)


 先輩の口から飛び出した出身校は、やっぱり私の知っているもの。私たちの通う高校からは、電車で二駅くらいの近場にある中学校だ。


「そういうお前は?」

「私ですか? 私は東中です」


 東中。正確に言うなら、『愛川東(あいかわひがし)中学校』。

 私たちの高校からは、先輩の通っていた赤井羽中学よりもさらに近場。徒歩圏内のところに建っている中学だ。


「ああ、お前んち辺りだと東中になんのか」


 そんな風に先輩が呟く。

 きっと脳内地図を参照して、学区分けをしているのだろう。先輩は毎回バイト上がりに私を送ってくれるので、私の自宅住所も承知の上だ。


「しかし東中ね……。ってことはお前、山本と同じ中学ってことだよな?」

「山本って、副会長の山本先輩ですか? それなら、そういうことになりますね」

「まさかとは思うが……、お前もアイツのおっかけなんてことは」

「ないです」


 半ば食い気味に否定する。


「そりゃ、あの人はスゴい人だって認識はしてますけど。それを追いかけて進路決めたりはしないですよ、ふつう」


 私たちの話す『副会長の山本先輩』は、うちの学校の生徒会副会長で、この辺りではちょっとした有名人だ。

 どう有名かと言えば、『イケメンで頭が良くて背が高くて運動ができる』というような評価になる。もう少し掘り下げるなら、『テレビで見る俳優並みに格好良くて、雑誌のモデルくらい背が高くて、校内模試一位で、どの運動部でも即レギュラーどころか全国で活躍できるんじゃね?』みたいな感じ。天は二物を与えずとか、いったい誰が口にしたんだろう。


 先輩は、はああ、とため息を吐いて「そうだよな。普通はしねえよな」と呟いている。

 なんだろう。先輩の反応から察するに、まさか山本先輩をおっかけてうちの学校に入学した人がいたのだろうか。


「っていうか、そもそもあの人おっかけとかいるんですか。それがまず疑問なんですけど」

「同じ中学だったのに知らねえのか? 結構いるぞ。ファンっていうかなんつうか」

「スゴいなー、カッコいいなー、みたいなのはよく聞きますし、聞いてましたけど」

「学年が違うとそんなもんなのか」

「いえ、結構熱烈な子もいたとは思いますけど。私はそこまで、って感じですね」

「へえ、意外だな」

「?」


 意外? なにがだろう?

 先輩から見て私は、『きゃー! 山本せんぱーい、こっち向いてー!!』みたいなこと言う女子っぽい、ということなんだろうか。そういう評価はちょっと複雑なんだけど。


 たぶん心情が顔に出てしまったのだろう。先輩は「なんて顔してんだ」と苦笑い。


「私、そんなミーハーに見えてるんですか?」

「別にそういうわけじゃねえけど。ほら、お前少女マンガ好きだったろ。山本なんて、少女マンガのヒーローまんまじゃねえか」

「ああー……、そういう」


 確かにそう言われればそうかもしれない。

 けれどマンガはマンガ。現実は現実だ。マンガに憧れるのは、それがフィクションだからこそ、だと私は思っているのだけど。


「っていうか、先輩。話が逸れてます」

「逸れるほど中身のある会話はしてなかったと思うんだが」

「球技大会ですよ、球技大会」

「授業がなくなって、楽でいいな」

「高校の球技大会って一日使うんですね。私の中学じゃ……って、これじゃループしてます」

「ノリノリだな」


 私のノリツッコミに、先輩はさしておもしろくもないという表情。

 そんなつもりはないのだろうけど、なんだかバカにされているような気がして、私は慌てて新たな話題を注いだ。


「男子はサッカーかバスケでしたよね。先輩が参加するのは、やっぱりバスケットですか?」


 球技大会は屋内種目と屋外種目がそれぞれ一つずつ用意されていて、男子屋外がサッカー、屋内はバスケットボール。女子は屋外がソフトボールで屋内はバレーだ。

 で、私は当然先輩はバスケットを選ぶと思っていたんだけど、先輩はなんだか不満そうな顔。


「やっぱりってなんだ」

「え、だって、サッカーとバスケなら先輩バスケでしょう?」

「なにをどう考えてそうなるのかは知らんが、生憎と参加するのはサッカーだ」

「……え?」


 思わず、ぽかんとしてしまう。

 サッカーとバスケで、先輩がサッカーを選んだ?


「なんつう顔をしてんだ。そんなに俺が屋外種目選ぶのが意外だったのかよ。そこまで太陽苦手なアピールはしてなかったと思うんだが」

「え、あ、そのっ。違うんです!」

「じゃあなんだ」

「それは……っ」


 言葉に詰まる。

 なぜって、私の中では先輩がバスケを選択するのは確定事項のようなものだったから。だって、だって、先輩は……、


「その、先輩はバスケ部じゃないですか」


 おっかなびっくりそれを告げる。

 先輩が私に語ったことのない先輩の情報。それを私が知っていると知って、先輩はどう思うのだろう。

 そんなこともあるか、ってあっさり流してくれる?

 それとも、なんで知ってんだ、ってあやしむ?

 どっちにしろ、本人に聞いてもいない情報を私は知っていますよ、と言うのは、結構緊張するものだ。


 で、先輩は眉根を寄せて訝しげな顔。


「どこ情報だ、それ。俺は帰宅部だよ。部活なんかやってたら、こんなぎっちりシフト入れねえっつの」

「え、あれ?」


 先輩の言葉に、私はまたきょとんとしてしまう。

 先輩が帰宅部? いや、たしかに先輩は沢山シフト入ってるし、休憩時間にも部活がどうこう言ってた記憶はない。っていうか本人がそう言ってるんだから、間違いなく帰宅部なんだと思うんだけど。

 それでも、ちょっとそれは納得できないっていうか。

 だって私は、去年の放課後、バスケをしている先輩を見ている。


 見ているのだ、けれど、ここでそれを暴露するのはなんだか恥ずかしいというか。本人の知らないうちにパーソナルな情報を入手しているんですよ、第二弾とかやれないというか。

 なので卑怯な私は、曖昧に笑って誤魔化す道を選んでしまう。


「先輩がバスケやってるの見たことある気がするんですけど……。見間違い、だったんですかね……?」

「あ?」


 先輩はまた怪訝そうに眉をひそめて、それからしばらく視線をさまよわせると、珍しく歯切れの悪い口調で言った。


「あー……、なんだ。お前、もしかしてバスケ部だったか」

「へ? あ、はい。そうです」

「そうか。じゃあ、どっかの試合で見たのかもな。中学までは俺もバスケやってたし」

「え」

「悪いな。自分とこのバスケ部ならともかく、東中の女バスにお前がいたかは思い出せねえわ」


 やや申し訳なさそうに彼は語る。

 でも私は先輩の様子よりも、その言葉の内容にこそ衝撃を受けていた。


「中学まで……」

「ああ。高校上がってまで続ける気にならんかったからな」

「……っ」


 さらりと、まるでなんでもないことのように先輩は言う。

 彼にとっては実際になんでもないことなのか、それともかつてなにかしらの葛藤があったのか。それは私にはわからない。

 わからないけれど、こんな風に簡単なことのように語れることが信じられなかった。もっと逡巡して、はっきりとは言えないような、平たく言えば後悔しているような、そんな感じを想像していたのに。今の先輩からは微塵もそういう雰囲気を感じ取れない。

 そのことに少しモヤモヤして、そしてモヤモヤしている自分に気付いてさらなる衝撃を受けた。


 私、バスケに未練を残している先輩の姿を期待していた……?


「お前は」

「は、はい!」

「今もバスケやってんのか?」

「あのっ……、」


 慌てて口を開きかけて、寸前で思いとどまる。

 このまま何かを話せば、まず間違いなく内心の動揺を悟られる。それはなんだか避けたい。


 すう、と一度深呼吸。

 落ち着け。簡単な質問なんだから、震えた声を出さないように、落ち着いて答えればいいんだ。


「私も、バスケは中学までで」


 意識したおかげか。ゆっくりした語り口からは動揺なんてこれっぽっちも見えやしない。我ながら会心の声音。

 気になる先輩の反応も、至って普通のもので私は誤魔化しきったことを確信した。


「そうか。じゃあ今は他の部活に?」

「はい、一応。お料理研究会みたいなものに」

「へえ。また随分思い切った転向だな」


 確かにバスケットボールからお料理研究会は随分な飛躍かもしれないけれど。


「もともと、それなりにお料理には興味あったんですよ。それに」

「それに?」

「うち、女バスないです」

「あー、そうなのか。知らなかった、悪い」


 別に先輩が謝ることではないと思う。

 女子のバスケ部がなくて嘆いている人間はそれなりにいるだろうし、私自身ちょっぴり残念に思ったのは事実だけど。

 それでも、今の部活も楽しいと思えるし、うちの高校もいいところだと思うし、バイトは最近やりがいを感じてきてるし。全然、今の環境に不満なんかないなあ、っていうのが正直なところ。


「そうか。まあ、お前が満足してるならいいか」

「ですね。っていうか先輩、なんだかんだまた球技大会から話が逸れちゃいましたね」

「人と人との会話なんてそんなもんだろ」


 そんな風に言って、先輩が手元の缶コーヒーを一気に呷る。


「ま、けど球技大会が楽しみで仕方ないお前のために、一応訊いとくか。お前は、どの種目に出るんだ?」

「私そんな楽しみそうにしてます?」

「してる。で、どっち?」

「ああはい。バレーボールですよ」

「屋内球技の方ね」


 先輩はそう言い残すと、がたりと休憩室の椅子から立ち上がった。

 思わず時計を見ると、確かに先輩の休憩時間はもう終わりだ。


「じゃ、そろそろいくわ」

「はい、お疲れさまです」

「おう。まあ、お前もせいぜい明日のバレーボール頑張れ」


 空き缶をゴミ箱に放って、先輩はそのまま休憩室を出て行ってしまう。相も変わらずに切り替えの早い人。

 私がバスケに未練がないのかとか、球技大会でバレー選んだ理由とか、ちょっとは気にならないのだろうか。


「それ訊かれても、困っちゃうから良かったんだけど」


 それでも、あの先輩の態度は言外に『お前には特に興味はない』って言われているようで、ちょっと寂しい。

 話しかけるのはいつも私で、先輩の方からは特に話を持ちかけてきたことがないから、余計にそう感じる。


 それとも、


「屋内球技にしたのは、きっとバスケを選ぶだろう先輩をずっと見ていられるからですよ」


 なんて、そんな風に言っていればもう少し違ったのかな。

 キャラじゃない上に、恥ずかしさで死ねるけど。ついでに先輩も一緒に死んでくれるような気がしている。


「……応援くらいには、行こ」

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