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菜の花列車に惹かれて  作者: 八頼
のふた鉄道のある日常
2/2

私とのふた鉄道

「ただいま」

 しかし中からお帰りなさいと声は帰ってこなかった。


 家に上がるとまだ弟は帰ってきていないようだった。


 私はいつものように仏壇にいき、帰宅を伝えると、手洗いを済ませて居間のソファーに腰を掛けてテレビを見る。


 勉強漬けの日々は終わり最近はぐうたらな日々が続いている。


 NHKは相撲を、民放はワイドショーをやっている筈だ。

 相撲は興味が無いからと、民放を付ける、円高でドル円相場が百円を割った事について特集していた。


 もちろん興味があるわけではないがする事がないので、ボケーっと見ていると弟が帰ってきた。


 身長は高くなく、かといって低い訳でもないない、小学校低学年に相応しい身長。

 特徴のあるわけではないが愛嬌のある顔つきだ。


 バタバタと自分の部屋へと駆けていき、ドサッとランドセルを落とし、トシキの家へ遊びに行ってくるとだけ言い、そそくさと家を出て行った。


 それからもずっとテレビを見ていた。


 今日は卒業式だった。同級生と打ち上げをしてみたいと言う気持ちもあるが、行事後の打ち上げは禁止されているし、田舎なのですぐ先生達に見つかってしまう。


 卒業証書を貰って卒業をした以上は、もう生徒ではないので関係がないと考える事もできるがそういうわけにはいかない。


 田舎の学校なので人数が少ないからみんなで集まろうと思えばいつでも集まれるだろうということで、素直にみんな従った。



 二時間ほどすると弟が帰ってきた。

 五時には帰るというもののいつも五時少し回って帰ってくる、珍しく今日は四時に帰ってきた。


 それもそのはず。なんせ今日は私の卒業祝いで外食なのだ。お父さんも弟に続いてすぐに帰ってきた。


 お父さんは帰ってくると私に近づいてきて、卒業おめでとうとでも言うのかと思いきや、顔を歪め

「お前、今日踏切で轢かれかけただろ」

 と言った。


 えっ、なんでその事を知っているの、私は凄く驚いた。

 今日はどうしても仕事を休めず、卒業式にも来なかった。そんなお父さんが何故このことを知っているのか。


 少し考えるともしやと思った。

「まさか、あの列車……」

 私がそう言いかけると、お父さんはそれを遮り、

「そのまさかだ、なにせ列車を運転していたのは、私だからな」


 私の予想は的中した、私のお父さんは地元の私鉄、のふた鉄道の運転士なのだ。


 お父さんは続けて私に言う。

「あの踏切でお前の飛び出してきた姿を見たときの心境をどう表現すれば良いものか、踏切の前で行儀よく立ち止まっているのを見てちゃんと下校していると安心したら、突然飛び出してきたからな。

 反射で警笛を鳴らした。恐怖から前を見る事ができなかった。まさか娘を殺すことになるなんて……本当に怖かった」


 お父さんの話を聞き私は涙が出てきた。

「ごめんなさい……」

 ほとんど聞こえないくらいの声しか出なかった。


 泣く娘を見て、お父さんは慰めるように言う。

「おい、高校生になろう娘が、泣くなよ。無事、轢かれなかったのだから……

 本当にお前らしいよ、お母さんから聞いていたよ、入学式の日の話、あの時も轢かれかけたんだっけ。当日学校で化粧がぐちゃぐちゃになったお母さんから話は聞いたよ。入学式の日に轢かれかけて、卒業式も轢かれかける。

 本当にお前らしい中学校生活の締めくくりかたじゃない。まあ、中学校三年間で何を学んできたんだって話になるだろうけどな。

 まあ、いいやこの話は後でもっと深く話そう。とりあえず、卒業おめでとう」

 お父さんはそう言い笑った。


 外食は駅で言えば最寄駅から二つ隣で、市町村で言えば隣町の多喜田にある、蕎麦屋さんへ車で行った。


 卒業祝いと言えどもいつもの外食と変わりはない。

 家族三人、団欒の時を過ごした。




 その日から、二週間ほど過ぎた四月の初め、私は中学校で同級生だった、理沙と映画を見に行くことになった。


 私たちの住んでいるのふた市や隣の多喜田町に映画館はないし、そもそもこの野蓋(のふた)郡には映画館は一軒もない。北の長寿郡の更に北にある茂野市には映画館があったがそこは四年前に閉店してしまった。

 そういう訳でのふた市民は遠く離れた県庁所在地の市まで行かないと映画を観ることはできないのである。


 都会っ子の中学生は、友達だけで映画を観に行くということもあると聞いたことがあるけど、私達は、親が電車で約二時間弱もかかるところまで娘達を行かせるという事に躊躇したため行かせて貰えなかった。

 しかし、四月からは入学はまだしていないが一応高校生となったわけでお父さんも渋々許可をしてくれた。


「理沙ちゃんもう来たみたいだぞ」

 お父さんが言った。

「はーい」

 その声を聞き私は準備しておいた鞄を背負って、家を弾むように出た。

「行ってきます!」

「気を付けて行ってこいよ」


 家の門の前で理沙は待っていた。

「おーはよっ!りっちゃん!」

 私は理沙に挨拶する。やっと二人で映画を観に行けるとだけあって気分は高揚していた。

「おはよう、美香。あのさ遠出するからってちょっとテンション高すぎない?」

 理沙が冷静な口調で言う。

「えぇー、だって漸く私達だけで映画を観に行けるんだよ。そっちこそテンション上げていこうよっ」

 そういって私は駅の方向に歩き始めた。

「えー、ってちょっと待って、置いてかないでー」

 理沙が慌てて追っかけてきた。


 友達と二人だけで遠出、とても期待が膨らむ。

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