七、契約
最終話です。
タグの年の差を明言できずに終わりました。が、悪魔なのでかなーり昔から存在して(生きて)ます。
ロリコンじゃないです。悪魔はただの庇護欲が強いひとです。
そんな悪魔はロリコンに進化するのか。
幼女が軽くヤンデレてます。
私的には悪魔もヤンデレてます。
タグにヤンデレとつけるほどではないくらいのほんのり加減です。
白を基調とした広い謁見の間。
国主が玉座からソレを見下ろしていた。
ソレもまた、檻の中から国主を見つめ返していた。
国主の横に侍る国主の妻が目を細める。
「穢らわしい……。」
聞かせるようにか、大きめの声で呟かれた侮蔑。
囚われた悪魔は悪意に晒されていても感情の伺えない黄金の瞳で彼らを見つめるだけ。
悪魔は、囚われてより一度たりとも言葉を発していなかった。無機質な黄金の瞳で一瞥するのみだった。
それに恐れた人間はより一層悪意を囁く。
そうして悪意は増幅し。魔と冠された彼らよりも黒くなっていく。
「最期にもう一度聞こう、悪魔。」
玉座の階段下に立つ国主の息子が、かつ、かつ、靴音を響かせながら檻に歩み寄る。
「我が国に仕えるか。」
悪魔は黄金の瞳の中にちろちろ燃える焔を宿して、獰猛に笑う。
「僕を納得させるものを用意したのかな?」
その問いに、国主の息子は思い切り愉しげに口の端を釣り上げる。
「嗚呼、ああ、用意したとも。お前の納得する対価をな。」
「失礼致します。」
悪魔は、ミルファーレンは耳を疑った。けれど、心のどこかでそれをほんの少し、予想していた。
いや違う。期待して、いた。
「アリスエルダ……。」
吐息のように小さくミルファーレンは彼女を呼んだ。彼女は無邪気さえ感じさせる顔で笑う。
それは何も知らない無知なアリスエルダの頃と同じ笑顔で。
「どうだ?」
そんな風に笑う国主の息子の悪意など最早眼中になかった。
「嗚呼、可愛そうなアリスエルダ。君はどうして、ここにいるんだい。」
「ねえ、ちっぽけな大悪魔ミルファーレン。もう一度、わたしと契約をしてくれる?」
問いかけはほぼ同時。それでも二人はしっかりと互いの問いを聞き取った。
「わたしはね、ミルファーレン。貴方と契約を結ぶためにここにいるの。」
「アリスエルダ、それは、……。」
「自分の意思だよ。」
終わりたくなかったから。あの幸せな日々をまた享受したかったから。
だからアリスエルダはミルファーレンとの契約を望む。
「対価に、わたしのすべてをあげる。それでも、だめ?」
ミルファーレンと目線を合わせるために檻の前でしゃがみこむアリスエルダ。
ミルファーレンは耳をピンと立て、アリスエルダの目を戸惑いながら見つめる。
「すべて、って……。」
「すべてだよ。躰も、心も、わたしの時間も、命も、魂も、すべてをあげる。」
ミルファーレンは絶句した。
まさか、そこまで言うとは。
ああ、成る程確かにこれは。納得せざるを得ない。
ミルファーレンは苦虫を噛み潰したような顔でアリスエルダの後ろの国主の息子を睨みつける。国主の息子はそれに声を立てて笑った。
「納得しただろう?」
「ミルファーレン。」
傲慢な国主の息子の声に被かぶさる不安そうなアリスエルダの声。それを無視するなんてミルファーレンには到底できなかった。
「………わかった、わかったよ。契約しよう、アリスエルダ。君は何を望む?」
アリスエルダは喜色満面。檻がなければ今すぐミルファーレンに抱きついていただろう。
「わたしが死ぬまで、ずっと一緒にいること。」
アリスエルダは笑う。けれどミルファーレンにはその言葉の本当の意味が透けて見えた。
先ほど彼女はなんて言った?
対価に何を差し出すと?
つまり、アリスエルダは。
一緒に生きたくなくなったら殺していいよと、そういうことを言っている。
ミルファーレンは何だか哀しくて悲しくて、けれど悔しくて苛立って、歯を噛み締めた。
「契約をしよう、アリスエルダ。ずっと一緒にいる代わりに、対価として君のすべてをもらう。それでいいんだね?」
「うん!」
嗚呼、本当に可愛そうなアリスエルダ。君はきっともっと違う輝かしい未来だってあったはずなのに。
「ミルファーレン。」
そんなミルファーレンの心中に気がついてか、それとも何もわかっていないのかアリスエルダは花が綻ぶような綺麗なうつくしい笑顔で言う。
「契約をしてくれて、ありがとう。」
「……っ、」
さあ、ここに契約は成された。
そして彼はもう一つの自分の姿を取り戻す。
割れるような音と共に、アリスエルダはきつくきつく、抱き締められた。
「ごめんね、ごめんねアリスエルダ。それでも僕は君と生きられるのが嬉しくて仕方がないんだ。」
「ぁ、みる、ふぁーれん……?」
だろうか?本当に?
アリスエルダは呆然として自分を抱きしめるひとの顔を見上げた。
黄金の瞳と、中でちろちろと揺れる紅い焔。
彼だ。ミルファーレンだ。
真実、そうだ。そうとしか言えない。
けれど彼は狼ではなくなっていた。20過ぎくらいの青年の姿だ。
「ミルファーレン、なんだよね……人間になれたの?」
「うん、契約者に合わせて同じ種族の形を取れるようになれるんだ。まあ悪魔は人間としか契約しないから皆ひとになるけど。」
優しげに微笑みながら説明してくれるが、檻はどうしたのだろうか。先ほど何か割れる音が聞こえた気がしたけれど、まさか。
……いやいや、まさか…………あり得る、のか。
「ミルファーレン、檻…割った?」
「あのままだと出られないからね。」
確かあれは人外捕獲用に造られた魔法大国の遺物だった気がする。
製法はもう失われているからかなり貴重なもので、並大抵の悪魔では破ることはできないと言われていた。
「ミルファーレンってすごく強い悪魔だったり……?」
ミルファーレンは少し照れ気味に笑う。
「まあそれなりにはね?昔は全知全能の大悪魔とか大層な名で呼ばれていたよ。」
流石に本当に全知全能ではないだろうが、そう形容されるほど隔絶した力を持っていたということか。
アリスエルダは眩暈を覚えて額を抑えた。
「すごいひとだったんだね。」
「昔のことだよ。」
恥ずかしいのか、話題を終わらせようとするミルファーレン。よくよく見てみれば耳の先が少し赤い。
それが妙に可愛らしくてアリスエルダは笑いながらミルファーレンに抱きついた。
「ああ、そうだ、ミルファーレン!」
「うん?」
心底幸せそうにアリスエルダは笑む。暖かい気持ちで胸が一杯で苦しいくらいに。
「わたしの最期はわらっていてね。」
ミルファーレンは目を瞠った。
最期。それは一体何年後のことなのだろう。
寿命はまだ何十年と先だろうが、悪魔の契約者ならば色々と危険なことに駆り出されるのは想像に難くない。
笑えるだろうか。自分は、彼女がいなくなっても。
わからない、彼女が死ぬところなんて想像したくない。
けれど、それも彼女の望みと言うのなら。
「わかった。」
ミルファーレンが断ることなんて、できやしないのだ。
ああ、もうこれ以上ないしあわせだ。
そしてアリスエルダはちいさく呟いた。
あいしてるよ、ミルファーレン。
そうして、最後の契約は成された。
物語は始まった。
けれどまだ、最期は遠い。
だから次の断片を語り始めよう。
悪魔に愛を、世界に愛を、彼女に愛を。
***
閲覧ありがとうございました。
詳しいあとがきは活動報告にて。