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三、人の願い

三話まで閲覧してくださる方はどれくらいいるのでしょうか。

閲覧ありがとうございます、三話です。


幼女が若干シリアスを醸し出します。

 そうして、ふたりは少しずつ時を重ねていった。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……季節が巡り。


 ミルファーレンと約束をしてから、二年が経っていた。


「アリスエルダ。」


「なあに?ミルファーレン。」


「大きくなったねえ。」


「まだまだ小さいよ?」


 しゃくしゃくと果物を咀嚼しながらアリスエルダは首を傾げる。

 だってミルファーレンは昔からずうっとアリスエルダよりおおきいのだ。大きくなったと言われても、あまり実感できない。


 けれど実際アリスエルダはすくすくと育って、ちいさくておさないあの頃よりも成長していた。

 まだまだ子供ではあるものの、肉もつきふっくらとして、水できれいに洗って髪を結えばその美しさが露わとなるだろう。


「ごちそうさま、でしたっ!」


 アリスエルダが手を合わせてお辞儀する。ミルファーレンはそれを目を細めて見ていた。


 この作法はミルファーレンが教えたものだ。

 命をいただくということを知り、それに感謝していかなければならない。食べる前と食べたあとの挨拶は感謝の印。お辞儀は糧となったものへの敬意を表す。


 どこでそんな作法をミルファーレンは知ったのだろう。

 そういえば、アリスエルダはミルファーレンのことどころか、この村の外のことでさえ何も知らないのだ。

 自らのことすらもすっかり忘れて。


 お前は無知だ、無知は罪だ、だからお前は罪人なのだ。

 誰かが冷たい声で言う。


 そうなのかもしれない。けれどそんなこと今はどうでもいい。

 幻聴を振り払って、アリスエルダはミルファーレンに笑いかけた。


「ミルファーレン、今日は何をはなすの?」


「ひとの願いについて、かな。」


「願い?わたしの、『お腹すいたから何か食べたい』みたいな?」


 伏せの状態で尻尾をゆらゆら揺らすミルファーレンの首元にアリスエルダは抱きついた。


 話す時、アリスエルダは大体ミルファーレンのどこかしらに抱きついている。この前は尻尾だったし、更にその前は胴体に寄りかかっていた。


 何故そんなことをするのか、ミルファーレンにはわからなかったが、くっついているとアリスエルダの温もりが感じられてどこか安心するので許してしまっていた。


 アリスエルダはミルファーレンの柔らかな毛並みに表情を緩め、顔を埋めてご機嫌だ。ミルファーレンはアリスエルダに抱きつかれて嫌なんてことはないから、ただ、少し笑った。


「そうだね、そういうものでもある。」


 アリスエルダは思わず眠りそうになる己を律しミルファーレンの声に耳を傾けて、一つ瞬きをした。


「でもある?」


「そういう、即物的というかわかりやすく具体的な願いよりも、ええっと、……。」


 ミルファーレンは言葉を一度切って少し考えるそぶりをみせる。

 ミルファーレンの言うことの意味はわかるが、言いたいことの先がよくわからず、アリスエルダはただ黙って聞いていた。


 そう、だね、と心なしかいつもより低い声でミルファーレンが言う。


「例えば。《国が平和で繁栄して欲しい》、とか。これはちょっと大げさだけど、《世界を救いたい》とか。それとももっと規模は小さくて、《誰かに愛されたい》とか。」


 ああ、つまりミルファーレンが言いたいのは。

 聡いアリスエルダはすぐに理解した。


「ひとの認識によってかわる願い。」


「そう。そういう、詭弁を弄すれば契約したその時点で叶えられるような曖昧模糊な願い。それがひとの願いとして一番多い。」


 先ほどの例にしても、比較すれば思い込めばその瞬間願いは叶うのだ。


 《国が平和で繁栄して欲しい》と言うのならば、他の国と比べてみれば平和で繁栄していると言えるだろう。他の国より劣っているのなら、過去と比較すればいい。

 それより劣っていると思っても、何か一つは勝る点が必ずある。

 時は積み重なるものだから、過去よりいい点は必ず一つはあるのだ。


 《世界を救いたい》というのならば、まず何から救うのか、その敵を設定しなくてはいけない。

 それがないのなら、世界は既に救われているのだ。

 あるのなら、勝利条件を決めなくてはならない。全ての敵を撲滅すればいいのか、共存するようこちらを変えるのか、究極的に言えば、その瞬間世界が滅亡したとしても、苦しみから《世界は救われた》と言ってもいいのだ。


 《誰かに愛されたい》というのなら、それはもう既に達成している。何故なら、その願いを発するのは自分で自分自身を愛しているからだ。

 また、殆どの親は子を愛す。愛さない例外だとしても、愛されなかったのだと同情を誘えば誰かが可哀想にと愛してくれる。

 それでも尚、愛が欲しいと渇くのなら契約した彼らが愛せばいい。


 所詮は詭弁、捏ねくり回してこじつけた屁理屈だ。

 まくしたてればある程度は呑まれて流されるだろうが、よく考えれば全く何も解決していないことに気づく。


 だからこれらの願いを叶えたいのなら、叶えたと自分が納得できる条件を決めなければならない。

 ゴールが分からなければ道筋は見えてこないのだ。


「僕たちはね、ひとの願いを叶える存在だ。契約をして、対価を貰い、願いを叶える存在だ。だからこそひとの願いなんてあるようでないハリボテだと感じる。」


 アリスエルダは何も言わない。ミルファーレンは目を閉じた。


「アリスエルダ、君の願いは?」


 少しの間沈黙が訪れた。

 首元に抱きつかれているため、ミルファーレンにはアリスエルダの顔を見る術はない。


「……わたしの願いは、お腹いっぱい食べることだよ。」


 ぽつりと小さく、呟くようにアリスエルダは答えた。ミルファーレンは目を細めて、


「そっか。」


 とだけ、言った。

 


 願い、か。


 ミルファーレンは、自分たちはひとの願いを叶える存在だと言う。

 あんな曖昧で叶えられるのか不確かなものを必ず叶えてくれる。対価と引き換えに。


 そんな存在が行き詰まっている時、目の前に現れたらどう思うだろう。

 まるで、希望のように思えるのではないか?


 望み、そして願え。

 自らの力で叶えようとし、そして望みが断たれ、希望を目にし、希う。


 祈りはただの押し付けだ。望みの押し付け。


 わたしの本当の願いは。


 それでもアリスエルダは祈った。


 どうか、どうか、未来に祈る。平和と平穏と、今のわたしのせかいが壊れませんように、と。


閲覧ありがとうございました。

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