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文化祭と、そして…。

 九月二日、火曜日。

 昨日の始業式を終え、通常授業も始まり、また部活の時間が出来た。

 まだまだ休みボケが抜けずに、ふわぁと創は大きなあくびをする。

「じゃあ、文化祭の準備だけど…」

 その横で、そう切り出したのは咲。

「やっぱり同人部だし、本作りたいよね」

「でも文化祭まで一月ないよー」

「でもまた新しくオリジナルの話作るのって難しくない?」

「ふっふっふ。そこでなんだけど…」

 かたんと創が立ち上がって言った。

「こないだの話を、オンデマンド文庫にリメイクしようよ! んで、配る!」

「…創」

 詠子が、その提案に驚いた様子を見せた。

「一回本にしたのに、わざわざ文庫に?」

「文化祭とイベントじゃ客層が全然違うっしょ? 作品を知らしめるいい機会だと思うんだけど」

「でも相当お金かかるんじゃ…」

「忘れてない? いつもと違って文化祭は部費が下りるんだよ!」

「あ、そっか」

 勝ち誇ったように言う創に、茜が呟いた。

「で、書き下ろしも勿論つける。出来る範囲で出来るだけ多く」

「でもこれから印刷所調べて、締め切り出したら時間足りなくない?」

「印刷所はもう目星つけてあるんだ。こないだのイベントでチラシ持って帰ってさ」

 ばさばさと、創は鞄からチラシを引っ張り出した。

「ほら、こことか繁忙期以外なら一週間で納品だし、こっちのオフ文庫と比べたらだいぶ安いでしょ」

 印刷所のチラシや冊子を指差し、見比べながら言う。

「逆算して後締め切りまで十日間…」

 文化祭が九月二十日・二十一日の土日なので、前日の金曜納品にすると、十二日が締め切りとなる。

「十日間でどこまで出来るかなぁ」

「出来るよ! ていうかやろうよ!」

「…創よ、我に気を使わずとも良いのだぞ?」

 詠子が逆に気を使ったように、困った顔で言ってきた。

「詠子ちゃんの夢だからだけじゃないよ。オレも文庫っていうか印刷所通した本作りたいんだ!」

「私も…作りたい。この四人で」

「うん、やろう!」

 創の言葉に、咲と茜が乗っかる。

「皆…」

「やるよね? 詠子ちゃん!」

「……無論だ!」

 詠子の瞳は、若干潤んでいるように見えた。

「小説本になるんだよね?」

「まぁ文庫だからねー」

 茜の疑問に創が答える。

「私書きたい話あるからそれ書くわ!」

「どんな?」

「…出来てからの秘密」

「?」

 にやにやと創を見ながら言ってくるので、悪寒を感じた。

「そしたら、文化祭準備の日は全部原稿につぎ込んで、家でもやれば間に合うわよね」

「そうだねー。準備に充てられてる時間帯パソコンルーム借りれるように先生に言ってみよう」

「うーん…。出来れば編集する時間が欲しいから、十一日には全部の原稿が揃ってる状態がいいんだけど…」

 咲が印刷所のチラシとにらめっこしながら言うので、茜が覗き込む。

「そっか、データ入稿しか駄目って書いてあるね」

「詠子ちゃんは小説のデータを私のパソコンのアドレスに送ってくれればいいわ」

「理解した」

 こくりと頷く詠子。

「表紙をどうする? 絵を使うか写真素材などを使うか凝りたいところだが」

「詠子ちゃんのこだわりとか無いの?」

「我は…文章で勝負したいから、素材で行きたいが…」

「じゃあそうしよう」

 出来るだけ詠子の意見を取り入れたいという皆の気持ちは一つだった。

「文庫の最後にこないだの無料配布本のマンガ載せましょうか」

「いいね! でもだいぶ小さくなるね…」

「トーンとかが潰れないかが心配だけど」

 咲の提案は、創にとって有り難いものだった。

 折角なら、文庫に少しでも関わりたかったからだ。

「…あたし、当日コスしていいかなぁ」

「こないだの服?」

「うん、四着無理に作ったから、まだ出来が甘いところが多いんだよね」

「じゃあ、茜さんはその衣装の直しだね。オレは展示用の絵のボードを描くよ」

「当日スケブみたく絵を描くの受け付けるのってどうかな?」

「いいねそれ! 子どもとかたくさん来てくれたら嬉しいな」

 茜の提案に、創が乗る。

「んでね…もひとつ提案なんだけど…ソウくんと詠子ちゃんにも着て欲しいなーって」

「あ、うん。もちろん」

「構わぬ」

「ホント!? やったー!!」

 両手を挙げて茜ははしゃいだ。

「茜…。あの…私のも…」

 もにょもにょと茜の服の裾を引っ張って言ったのは咲だ。

「えっ!? 咲先輩着てくれるの!?」

「まぁ、折角のお祭りだし…」

「嬉しいっ! 頑張って改良するね!」

 その言葉に、茜は本当に幸せそうに笑う。

「じゃあ、その方向で頑張ろう! 忘れられない一日になるように!」

『おーっ!!』

 全員の心は、一つだった。


 その日から、原稿にボードに衣装にと、四人の奔走する日々が始まった。

 咲はデータ入稿の仕方を学びながら原稿を書き、詠子も新たな原稿と向き合った。

 茜は時間さえあれば四着の衣装手直しをし、創も無料配布本した原稿の手直しをしながらボードにイラストを三枚程描いていた。

 あっという間に締め切りがやってきて、三人の原稿をまとめて咲が入稿した。

 これで当面は、文化祭当日の教室内の配置や装飾などに時間をかけることが出来た。

 詠子も四人をボードに描き、全ての準備が終わったのは文化祭前日の夕方のことだった。


 九月十九日、金曜日の夕方。

 準備に疲れ果てている時、門屋が展示予定の教室にやってきた。

「おー、大分進んだなー」

「大体終わりです…」

「そんなお前達に朗報だ。ほら、これ届いたぞ」

 ぐったりとしていた四人が、ばっと跳ね上がった。

 門屋が持ったダンボールをもぎ取るように取り、ガムテープを剥がして開ける。

「…出来てる…」

「ちゃんと文庫できてるー!!!!」

「やったー!!」

「すごーい!!」

 四人のテンションがぐんと上がった。

「ありがとうございます、門屋先生っ!!」

「オレにも一冊くれよ?」

「はいっ!!」

「お、おう」

 冗談めかした門屋の一言にバッと一冊差し出すと、自分達の分を取って中身をチェックする。

「じゃあ、オレは戻るから」

「あ、はい」

「はは、頑張れよ」

 そう言い残して、門屋は職員室へと去った。

 ページ数自体は少ないが、まるで売ってる文庫のような出来栄えに、全員が感動した。

 詠子は感動しすぎて、本を持つ手が震えているようだ。

 既視感。

 そういえば、初めて本が出来たときもそうしていたことを思い出す。

 随分昔のように感じるが、まだ二月しか経っていない事に気づき、驚いた。

 早いなぁと、しみじみ思う。

 詠子とは、この文化祭で最後なのだ。

 ぐっと泣きそうなのを堪える。

 まだ早い。

「どうしたの、ソウくん」

「いやっ、…いい出来だなって感動しちゃって!」

 へへ、と創は言い訳をした。

「当日は楽しんで、いい思い出作ろうね!」

「…」

 笑顔の茜にはお見通しのようで、創は顔を赤くして文庫に視線を落とす。

「ところでさ、咲先輩…」

「何?」

「このヨウスケって…」

「いいでしょ?」

「良くないよ! 何部外者登場させてんの!」

 いい笑顔で言ってくる咲に創が突っ込んだ。

「オレの師匠分って…現実に即してるのがまた腹立つ…。何だこの無駄に耽美な感じ!」

「神が降りてきたのよ。これを書けって」

「うそだ! 書きたかっただけだろ!」

 はぁっとため息を吐く創は、考えてみれば予測できたな、と反省した。

「とりあえずこれで配るものも出来たし、教室のセッティングも終わった!」

 暗幕やカーテンなどで飾った教室は、普段自分達が使っている教室とはまるで別物だった。

 どれくらいの客が来るかは不安だったが、今自分達のベストを尽くした。

 そして、出来る限りの準備をして、その日は解散となった。


 九月二十日、文化祭当日の土曜日。

 創は、この学校の学園祭にはどれ程の人が来るのか把握できずにいた。

 初日の今日は、学内の生徒や生徒の保護者といった、関係者だけが入れる日だ。

 要はどこの店も明日の一般来場が本番なのだ。

 一般来場では学外の人間もかなり来るらしいが、去年まで無かったこの部には指標がない。

 受験をした際も文化祭は見に来なかったので、実際には何も分からない状態だ。

 咲と詠子によれば、飲食の出来る店は列が出来るほどだが、展示のみのところなどは閑古鳥の鳴くところも多いようだ。

 不安と期待が織り交ざるが、それも含めて楽しみだった。

 登校して、まず同人部の展示教室へと向かう。

 部活に力を入れたいという理由で、自分のクラスには関わらないと宣言していたので、今日は一日同人部に居られる。

 それは他三人も一緒だった。

 教室に入ると、既に三人が来ていた。

「ソウくん、おはよー」

「おはよ」

「どれくらい人来るかしらねー」

「盛況だといいな」

 入り口には絵の受付の机と椅子、出口には感想を自由に書き込めるノート。

 入り口の対面には机で囲ったスペースがあり、そこでスケブのように絵を描くようにした。

 パーテーションにイラストボード四枚を飾って、教室の真ん中には部誌として発行した文庫が置いてある。

 絵を描くスペースに創と詠子、入り口に茜、出口に咲と配置を決めた。

 勿論、昼休憩などで変えていくが、基本はこの陣形だ。

「あと三十分で開場よ。着替えましょう」

「覗いちゃ駄目だよ、ソウくん」

「しないよそんな事」

 暗幕とパーテーションで仕切った着替えが出来るスペースは、荷物置き場も兼ねていた。

 二十分程で着替え終わった三人が出てくる。

 髪の毛まで少し手を加えていて、随分凝ってるなと思った。

 衣装には細部に刺繍などが施され、前よりも完成度が上がっていた。

「じゃ、あとソウくんね。着方分かる?」

「わかんなくなったら呼ぶよ」

「分かったー」

 ごそごそと着替えをしていると、全校放送で開祭式が行われた。

 思わず少し慌てる。

 着替え終わったのが、開祭式の終わりと同時だった。

「よしっ」

 自分に気合を入れるつもりで、声を上げて暗幕の外へ出る。

「ソウくん、この布はこう」

「あ、ありがとう」

 茜に細かいところを直して貰い、髪までいじくられた。

「うん、完璧! ねぇ、後で記念撮影してもらわない?」

「しゃ、写真に残るのは嫌!」

「ちぇー。まぁ、着て貰っただけでも良しとするか!」

 茜が自己完結したので、咲は安堵のため息を吐いた。

「そろそろ定位置に着こう」

 詠子が言い、それぞれ所定の位置に着く。

 適当にそれぞれ持ち寄った音楽を流す。

 ざわざわと廊下の喧騒が、緊張感を煽った。

「たのもう!」

「い、いらっしゃいませ…! って、会長と副会長か…」

 茜以外の三人は、がっくりとした。

「素敵な格好ですわね、皆様」

「ありがとう! あたしが作ったんだよー」

「あら、そうですの」

 きゃっきゃと話す二人を見て、茜が懐いているように見えるのが不思議な感じがする。

「文庫を頂いて行くぞ!」

「あぁ、どうぞ」

「なんだその投げやりな態度は!」

「ていうか仕事してくださいよ…」

「仕事ならしている。僕らにとって、新しい部活の視察は当たり前の事だ」

「そうですか」

 勇の言葉を適当にいなす創。

「一番気にかけているのもこの部だからな。これからも頑張れよ!」

 …ん?

「私も一冊頂いて行きますわ。私もこの部のファンでございますので。さ、会長次のお仕事です」

「あぁ、それではな!」

「失礼致します」

 二人が去った後、創たちはそれを見送っていた。

「敵だと思っていたけど…もう違うんだね」

「認められたな」

「嬉しいねぇ」

 口々に言う。

「でも創くんと敵対してる方が美味しかったなぁ…」

「あんたは…」

 ぽそっと言った咲の言葉が意味深過ぎて、怖くなった。

「やってるかー」

「門屋先生」

「すごいなその衣装! これ全部越後が作ったのか」

「あ、はい…」

「家庭科の先生も真っ青だな」

 褒められて、茜は若干照れているようだった。

「じゃあ、二日間頑張れよみんな」

「ありがとうございます!」

 出て行く門屋に、皆一礼した。

 それから小一時間程は誰も来ずに、がらんとしていた。

 気を張っているのも疲れてきた、そんな時だった。

「ここですよー、先輩」

「あれー何この部」

「こんな部うちにあったっけ」

 入り口から声がして、反射的に全員が嬉しそうに顔を上げた。

 すると。

「うわ、オタクの巣窟ってやつじゃね、ここ」

「やべぇー、コスプレとかしちゃってるよ。イタタタ」

 入ってきたのは金髪にピアス。

 にやにやとこちらを見下す目。

 来訪して欲しくないタイプの客四人だった。

 更に、前にいちゃもんを付けてきた二人のクラスメイトまで居た。

 一気に四人のテンションがだだ下がる。

「うわ、ため息とかつかれちゃってるんですけどオレら」

「接客態度なってねーよ」

「茜ちゃん、一緒に学祭回ろうぜー」

 かたん、と咲が立ち上がった。

「咲先輩…!」

 慌てて、創も立ち上がる。

「いらっしゃいませ。お帰りはあちらです」

 入店拒否!?

「んだとこの女」

「生憎、人の努力を嘲り笑うしか出来ない人に接客する気は無いのよ」

「このアマ…!」

「っ!」

 振り上げた拳は、咲をつき飛ばした創の左頬にクリーンヒットした。

「いって…」

「何こんなブスかばってんだよ? バッカじゃねーの」

「…咲先輩は何でもかんでもホモ変換するし、詠子ちゃんはよく分からない発言するし、茜さんは人の目とかあんま気にしないけど…」

「何ぶつぶつ言ってやがる!」

「オレの大切な仲間なんです。お引取りください」

 キッと睨み付けると、男達がたじろいだ。

「なんだテメー…」

「かっこつけてんじゃねーよ!」

 ぐわっと拳が迫る。

 反射的に創は目を瞑った。

「喧嘩があったというのはここかー!?」

「おい、生徒会長と先公来るぜ」

「逃げろ逃げろ!」

 ばたばたと出口から出て行く奴らを、先生達が追いかける。

「おい、部長くん、大丈夫かね」

「だいじょう…ぶ…」

 気が抜けたのか、くらりと世界が回ってそのまま暗転した。

「ソウくん!」

「創!」

「創くん!」

 何処か遠くで、三人の声が聞こえた。


 目が覚めると、白い天井があった。

 ずきずきと左頬が痛い。

 そうだ、自分は殴られたのだと創は思い出した。

「いた…」

「創くん」

 しゃっとカーテンを開けて入ってきたのは咲だった。

「保健室…。オレ気ぃ失ってたんだね…」

「別に私なんか放っておけばよかったのに。あいつらを増長させたのは私だわ」

「それでもオレは庇うよ」

「えっ…」

 咲の頬が、ほんのり色づいた。

「あれが茜さんでも、詠子ちゃんでも庇うよ。だってオレ一応部長だしね」

「…そうね」

 笑いながら言う創の言葉に、心なしか咲の表情が落ちていた。

「ていうか今何時?」

「四時半。今日はもう終わりよ」

「あっちゃー…情けないなーオレ…」

 咲が窓のカーテンを開ける。

「ふふ。かっこよかったよ、創くん」

 微笑んだ咲の顔となびいた黒髪が、夕日にさらされて素直に綺麗だと創は思った。

「ソウくん起きたー!?」

「創!」

 片付けを終えた二人が、保健室へとやってきたようだ。

「茜さん、詠子ちゃん」

「もう、心配したよー」

 茜がベッドにかぶりついて来た。

「あの後何人かソウくんに絵描いて欲しいっていう人来たんだよ! 明日になるけどって言ったら、明日取りに来るって!」

「マジか、じゃあ頑張らなきゃね!」

「奴等には呪いの電波を送っておいた。明日は来るまい」

「はは、そっか」

 じっと詠子と茜が見てくる。

「何?」

「後で腫れるよほっぺ…」

「へへ。名誉の負傷ってね」

「もう、こっちは心配したのに」

「ごめん」

 茜に素直に謝った。

「会長達呼んだの、詠子ちゃんでしょ? ありがとう」

「ふん」

 ふいっと詠子は視線を逸らした。

 照れているのだな、と分かった。

「明日の準備もしたし、帰るぞ」

「うん、みんなで帰ろう」

「明日は忙しくなりそうね」

「忙しくなるといいなー。今日とは違う意味でね」

「あははっ」

 そして、初日の幕が下りた。


 九月二十一日、一般来場日の日曜。

 放送での開祭式の直後、校内は活気に満ちていた。

 どこも今日の一般来場者を狙って呼び込みをしている。

 昨日の不良たちは詠子の電波が効いたのか、やってこない。

 そんな中、同人部では創が絵を描いていた。

 昨日頼まれたものだ。

 二枚だけだったので、丁寧に色塗りをする。

 それを詠子がじっと見てくるので、描きづらかった。

「…何? 詠子ちゃん」

「いや、他人の描き方というのは勉強になるのでな」

「なるほど。オレも後で詠子ちゃんの描き方学ぼう」

 午前中、一般来場者は飲食店に行くようで、同人部をはじめとした文化部や展示会は閑古鳥状態だった。

 食べ物が売り切れて無くならないうちに、茜が買い物に行く程だ。

「たこ焼きとフランクフルトと焼きそば買ってきたよー。これ食べて午後もがんばろー!」

 茜はいつでも元気だ。

 午後になって、親子連れがちょこちょこやってきた。

 文庫本は少しずつ無くなっていき、絵を頼まれる事も増えてきた。

「あのね…キャラウェルのキャラちゃん描いて欲しいの…」

「はい、分かりました。三十分くらいしたら出来上がるから、また後でお母さんと来てね」

 こんな風に、受付にいる咲に恥ずかしそうに絵を頼む子ども、という心和む風景もあった。

 描いたことの無いキャラクターは、こっそりスマホで資料を探して描く。

「きゃー! キャラちゃんかわいい! ありがとうおねえちゃん!」

「描いてくれたのはあのお姉ちゃんなのよ」

「ありがとう!」

 そう言って、咲が詠子を指すと、女の子が駆け寄って、詠子にお礼を言った。

 詠子はとても照れていた。

 十分程して創が一段落した時、詠子が絵を描いていたので、じっと見つめた。

 創は色鉛筆での色塗りばかりなので、コピックという色ペンを駆使して描く詠子の絵は、なるほど勉強になると創は思った。

 色の塗り方や陰影の付け方、何もかも新鮮に映る。

「創くん、お客さん」

「はいよ…って、洋介先輩!」

「よっ、お疲れー。ってその頬どうした」

「名誉の負傷です」

「はぁ?」

 疑問符を浮かべながら、創に近寄っていく。

「これみんなで食べてな」

 差し出されたのは、コンビニ菓子の詰め合わせだった。

「すみません、こんな…」

「いやいや。おっ、すっげー! 文庫じゃん、カッケー!」

 洋介もまた、オンデマンドやオフに憧れを持っていたのだ、とふと思う。

「これ持ってっていいの?」

「いやっ、あの…」

「どうぞどうぞ!」

 洋介の質問に動揺する創をさて置いて、咲が答えた。

「やった!」

「…」

 咲にネタにされているとも知らずに、洋介はうきうきとしていた。

「どっかでこれ読んでくるわ! あと絵を頼みたいんだけど」

「何を描きましょうか?」

「二人に、このオリキャラ達描いて欲しいな」

「分かりました。じゃあこの受付票に記入をお願いします」

「はいはい」

 咲がにこにこと接客する姿を見て、洋介の事を気に入っているのだなと創は思った。

 ネタとして美味しいからだろうが。

「三十分ほどで出来ますので」

「はいはい。どっかの店入ってこれ読んでくるわー」

 そう言って、洋介は去っていった。

「あれ読ませてどーするんだよ…」

「いいじゃない。読者は一人でも多い方が」

「そうだけど…」

 悪びれもせず言う咲はさておき、スミマセン洋介先輩、と創は懺悔した。

 暫くして、創と詠子が描き終わり伸びをしていると、洋介が再びやってきた。

 …読んだのだろうか。

「咲ちゃん…」

「はい?」

 ふるふると震えながら言う洋介に、あくまでにこやかに咲が返事をする。

 いきなりちゃん付けなのは別にどうでもいいらしい。

「咲ちゃん、君サイコー! オレと創が耽美な感じに!」

 ゲラゲラ笑いながら言うので、この人は、と創はいらっとした。

「ちょっと更に追い討ちかけないでくださいよあんた…」

「だって! ツボ入っちゃって!」

「元はと言えばあんたがこないだ…!」

「まーまー」

 創と洋介の言い合いが始まったが、洋介はそれを適当にいなして詠子に歩み寄った。

「あー、あと詠子ちゃんの小説すげー面白いね! 咲ちゃんの文体とは全然違った読み応えあったよー」

「あ、有難う。これを…」

「あぁさっき頼んだ絵だね。すげー上手い! 絵も小説も両方出来るとか、羨ましいわ」

「そ、そうか」

 照れている詠子を置き去りに、今度は茜に歩み寄る。

「四人の服作ったんだって? レベル高い上に仕事速い! すごいね!」

「ありがとうっ」

 人懐こい笑みで言われて、茜も満更でもなさそうだ。

「もー洋介先輩帰ってください」

 女子三人からいい人だなぁというオーラが出ているので、創は面白くなかった。

「なんだ、いっちょまえにヤキモチか」

「違っ…! オレは二次元にしか興味ないし!」

「はいはい。じゃあ帰るよ」

 手を挙げて、降参ポーズをする洋介。

「あ、お前の絵も、見るたびに上達してていいと思うよ」

「ホントですか!?」

 褒められて目が輝く創に、洋介は吹き出した。

「お前、素直すぎ」

 わしわしっと頭を撫でて言ってくるので、咲の目がハンターになるのを創は感じた。

「帰れ!」

「はいはい、じゃーなー」

 そう言って、洋介という名の台風は去った。

「咲先輩は何顔赤くしてんの…」

「だって…理想のカップリングが目の前に…」

 半泣きで言ってくる咲をどつきたくなる。

「咲の気持ちが少し解った気がする…」

「詠子ちゃん侵食されないで! 頼むから!」

 遠い目で言う詠子は、創の言葉が届かないようだった。

「でもいい人だよね」

「分からない。ヤツの考えがもう分からない」

 既にヤツ呼ばわりになる。

 この間のイベントの時のように、うんいい人だよとは今は言えなかった。

 そうこうしていると、閉祭式のチャイムが鳴り響いた。

 文化祭も、もう終わりだ。

 こんな風に四人で騒げるのも…今日で終わりだ。

「よし、決めたぞ」

「…何を?」

 いきなり発言する詠子に、茜が聞いた。

「我は一刻も早く受験を終わらせ、此処に帰ってくる。だから、引退はせぬ!」

「詠子ちゃん…」

「三年になってから、咲のお陰で成績が上がったからな。絶対に推薦をもぎとって見せる!」

 詠子の瞳に、使命感にも似た感情が沸いているのが分かる。

「だから、暫し待っていてくれ。必ず我は戻る。それが例え、卒業までの短い間であろうとも」

「…うん、待ってるよ」

「私も」

「そうだよっ。詠子ちゃんいないとつまんないもん!」

「皆…有難う」

 微笑む詠子に、三人は頷いた。

「創よ」

「何?」

「この部を立ち上げてくれて、本当に有難う。我は本当に幸せだ」

「私も。同人部が無かったら、きっと私こんなに笑えなかった」

「あたしもだよ! こんなに学校が楽しいと思わなかったもん!」

「ちょっと…やめてよ…」

 三人の方が見られなくて、くるりと反転する。

「あっ。ソウくん泣いてる!」

「泣いてないっ!!」

 創は、涙を必死で堪えた。

「やーねー、ネタにするわよ!」

「あんたは本当にするから…」

 ずび、と鼻水を啜って言う。

「さぁ、片付けだ。泣くのは卒業まで取っておくのだな」

「…うん」

 ごしごしと目元を拭って笑顔を見せると、三人もまた笑顔だった。

 そうして、文化祭は終わりを告げた。


 月日は経ち、十二月初旬。

 不良たちはあれから何も言ってこない。

 詠子の電波が効いたという噂を聞いたので、何かしらあったのだろう。

「…だからさ、こうした方がいいって」

「あ、そっか。創くん冴えてるじゃない」

「ねー、この衣装これでいいかなぁ」

 コンコンというノックの音で、話し合いを中断する。

「はい、どうぞ」

 ドアが開いて、そこに居たのは詠子だった。

「詠子ちゃん!」

「わー久しぶりっ!」

「受験終わったの?」

「ふん」

 Vサインを見せてくる詠子に、こちらもVサインを送る。

「オレらもね、受かったんだ。冬コミ!」

「これから忙しくなるわね」

「そうか。ところでな…」

「ん?」

「こやつが美術室の前に居たのだが、話を聞いてやってくれ」

「あっ…えと…」

 詠子の後ろから出てきたのは、やたら小さい女生徒。

「?」

 顔を見合わせる三人に、その女子はもじもじとしている。

 意を決したように、うんうんと頷いて、ぱっと顔を上げた。

「あのっ…文化祭でこの部を見て…ずっと憧れてたんですっ…! 私をこの部に入れてください!」

 顔を見合わせた四人は、ふっと小さく吹き出した。

 こんな時、言う事は一つだけだ。

『ようこそ、自由ヶ浜高校同人部へ!』

 その言葉を受けて、その女子はぱあっと顔を輝かせた。

 そして、新たな同人部の物語が、進んで行くのだ。

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