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夏休みの最後に

 それから一日たっぷり休んで、八月末の原稿へと各々取り掛かった。

 ラインで相談をして、どのように作業を進めるかを決めた。

 とりあえず、前に話したオレミタのリレー形式は止めることにする。

 咲もポートボーラーの原稿があるからだ。

 各スペースに一冊ずつでもしょうがないということにして、創はマンガ一本、咲は小説一本、詠子は挿絵、茜は衣装を頑張ることにした。

 門屋との約束通り、咲がイベント後大まかな収支報告を行ってくれて、特にお咎めなども無かった。

 原稿では前回よりもストーリーが長い分、創はネームに苦労したが、八月初旬には下書きに入った。

 他三人も順調に進んでいるらしい。

 八月の中旬に差し掛かると、コミック・ウォーの時期になったが、創は原稿にかかりきりで行けない旨を伝えた。

 女子三人で行って、冬コミの申し込み用紙を買ったので、咲が申し込みをオリジナルでしておいたと報告があった。

 そうして、あっという間に登校日を迎えた。

 一応各々の進捗状況を確認する為に、登校日の放課後には美術室に集まることにする。


 八月二十一日、木曜日。

 登校日に創は半死に状態で学校へ行った。

 すっかり昼夜逆転生活を送っていたので、朝日がやたら眩しかった。

「ソウくん、顔色悪いよー」

「あぁ…茜さんはどんな感じ…?」

「もうほとんど終わったよ! そっちは?」

「前回よりページ数が多い分、まだトーン貼り始めたばっか…」

「そっかぁ…」

 茜が心配そうな視線を送ってくるので、創はハハ、と笑った。

「寒河江、後で職員室に詳細な収支報告しに来いよー」

「あっ、はい」

 ホームルームが終わった後門屋に言われると、創は返事をする。

 美術室へと向かい四人が合流したところで、咲にレシートを添付した収支報告書を見せてもらい、門屋に提出した。

「四冊売れたのか。良かったな」

「はい」

「じゃあ、これは生徒会に報告しておくから」

「ありがとうございます」

 美術室へと戻り、原稿を出そうとした矢先に、ノックをされる。

「たのもう!」

 入ってきたのは勇だった。

 原稿を出す前でよかったと心底思う。

「なんですか今度は。収支報告はきちんとしたでしょう」

「うむ、きちんと見てきたぞ。何よりこの目で確かめたからな!」

「じゃあ何…」

 その時、スパーンと景気のいい音が響いた。

 四人がびくっとする。

「すみません、お話が進まないので私からお話しますわ」

 後ろから出てきた真里は、今しがた勇の頭を叩いたファイルをぽんぽんと手で払った。

「真里くん痛い…」

「痛くしたんだから当たり前でしょう」

 泣きそうな声を上げる勇に、真里は無表情で言う。

「とりあえず、当面は自由に活動なさってください。会長もいたく皆様の活動に感動なさったようですので」

「じゃあ、もう問題は無いってことですよね?」

「えぇ。もう生徒会は関与致しませんので、ご安心なさってください」

「良かったあぁ…」

「お疲れ様でございました。また何か有りましたらその時に。ただ一つ問題が有りまして…」

『?』

 問題とは、と顔を見合わせた。

「新刊が出来るたびに僕に見せたまえ!」

「どうやら感動しすぎたようで」

『えええええ!?』

 四人揃って不満と驚愕の声を上げる。

「逐一チェックするのが僕の役目だからな!」

「会長、それは粘着質なファンというものですわ」

「という訳でよろしく頼むぞ! はっはっは」

 そう言い残して去っていく会長と真里に、創たちは呆然としていた。

「なんか…また面倒くさい事に…」

「まぁ、どうせ会長も引退近いし…」

「今は考えないようにしよう」

 うんうんと全く問題が解決していないが、先送りにすることにする。

「という訳で、みんなどこまで進んだ? 茜さんはほとんど終わったらしいけど」

「私は八割ね」

「我はまだペン入れ中だ」

 創が話を変えると、咲と詠子が答えた。

「まぁ、この調子で行けば間に合う感じだね」

「ソウくんは大丈夫?」

「うん、たぶん大丈夫」

「ていうか夏休みの課題が」

「……」

 茜の言葉に創が固まる。

「…忘れてたでしょ…」

「…うん…。でも大丈夫、最終兵器の咲先輩がいるから!」

「あのね…」

 完全なる他力本願っぷりに、咲が呆れた声を出した。

「…まぁ、仕方ないか」

「神様っ!」

 ありがたや、と拝む創に向かって思い切りため息を吐く。

「とにかく、各自で準備進めて本にするまでやる。チケットはもう渡しておくから、当日朝会いましょう」

「今回は二スペース取ってるからチケットの心配はいらないね」

 チケットを受け取りながら創が言う。

「最初あたしオレミタの方でいいのかな?」

「そうね。ポートボーラーの方は詠子ちゃんと入るわ」

「じゃあ、とにかく当日楽しめるように、全力で頑張ろう!」

『おーっ!』

 そうして、また自分との戦いが始まった。


「…って言ってたのに…」

 咲がふるふると震えながら呟く。

「なんで創くんの課題持込なのよ!」

「だって!」

 創が泣きそうな声で言った。

 八月三十一日、日曜日。

 イベント当日。

 駅で待ち合わせて、開口一番その突っ込みを食らった。

「オレだって持込なんかしたくなかったよ!」

「計画的にやりなさい!」

「あ、でもあと数学だけ…」

「そこじゃない!」

 咲は勿論、詠子も茜も既に課題は終わっていた。

 というか二人に関しては咲が終わらせていた。

「全くもう…。こっちの用意が終わったらとりあえず創くんの方行くからとっとと終わらせるわよ」

「力強いお言葉ありがとうございます…」

 深々と礼をして言う創。

「大丈夫だよ、ソウくん。数学はそんなに量無いし」

「頑張れ、創」

「ありがとう…」

 イベントに課題を持ち込むことになると思わず、反省する。

 とりあえず、入場して二手に分かれ、設営に入った。

 チラシを整理していて、目に付いた印刷所のチラシを取っておくことにする。

 敷布などは咲のものが借りられないため、自分で揃えていた。

「あたし着替え行ってきていい?」

「うん、いいよ。ポートボーラーの方に着替えてあっち行ってあげて。こっち咲先輩来るから」

「はーい、行ってくるねー」

 設営と言っても本が一種類しか無かったので、スペースが寂しくてスケッチブックに絵を描いたものを飾ることにする。

 勿論描いたのはなっちゃんだ。

 すっかり今回の原稿で描き慣れた彼女は、描いていてとても楽しかった。

 キャラの横に、スケブ受付ますと書いて本の横に立てる。

 スケブとは、スケッチブックの略でお客さんが持ってきた自分のスケッチブックにこの場で絵を描くことだ。

『これより、コミック畑を開催いたします!』

 飾り終わったところで、開場を知らせるアナウンスが流れた。

 拍手が起きる中、咲がこちらへ歩いてくるのを見つける。

「表紙、クラフト紙にしたんだ」

 初めて本を見た咲の感想がそれだった。

「うん、モノクロ印刷で白い紙は寂しいんで」

「そっか。さあ、さっさと終わらせるわよ」

「あっちいいんですか?」

「早めに終わらせて戻るわ」

「すみません…」

 そうして、スペースの内側で勉強会が始まった。

 あーだこーだと教えてもらいながら、宿題も終盤に差し掛かった時だった。

「おいおい、こんなところで勉強か?」

「…その声…」

 聞き覚えのある声に、創はばっと顔を上げた。

「洋介先輩っ!」

 洋介の姿を認めて、パァッと顔が明るくなる創。

「ひっさびさじゃないですかぁー!」

「お前が出るってこないだメールで聞いたからな。顔見たくて」

 にひっと笑いながら言ってくる洋介に、創は嬉しい気持ちでいっぱいだった。

「…どなた?」

「ああ。オレの同人の師匠で、進藤洋介先輩。この人がいたからオレは今同人やってるんだ!」

「へぇ…」

 にこやかに洋介を語る創を見て、咲がはっと口元を隠す。

「…アリだわ…」

「おい今何想像した」

 隠れて悦に入ってるのが分かり、創はとりあえず鳥肌を立てながら突っ込みを入れた。

「あはは、楽しい人じゃんか。この人が腐女子の"咲先輩"かな? いつも創が世話になってます」

「え、なんで私のこと…」

「創からいつも聞いてるからね」

 人懐こい笑みを浮かべて言う洋介に、咲は驚いていた。

「あとコスプレの"茜さん"と中二病な"詠子ちゃん"だろ。他の二人はどこにいんの?」

「あ、ポートボーラーのスペースの方にたぶん居ますよ」

「宿題終わらせたら是非挨拶させてくれよ」

 洋介がそう言ってくるので、時計を確認する。

「あと十分くらいで終わります」

「じゃあ、それまでそのへんうろついてるから」

「はいっ! よし、頑張ろう!」

 洋介を待たせている事で、創に妙な気合が入った。

 宣言どおりそれから十分程で終わり、洋介が戻ってくる。

「お疲れ。とりあえず一冊売ってよ」

「え、あげますよ」

「同人部で出てるんだろ。ちゃんとお金は受け取らないと」

「はい…。二百円です」

「ほいよ」

 お金を受け取って本を渡すと、洋介はパラパラとめくった。

 何を言われるか分からず、創は緊張する。

「お前…絵、上手くなったな」

「えっ、ホントですか!?」

「ああ」

 言われて、創の心が温かくなった。

 成長しているんだ、と感じて嬉しかったのだ。

「じゃ、行きますか」

「私も戻ろうかしら…」

「じゃあ、こっちのスペース閉めて行きましょうか」

 ちらっと時計を見ると十一時半だった。

 敷布をかぶせて、スケッチブックに十二時に戻ります、と書いて置いておく。

 それから三人で歩いて隣のホールのポートボーラーのスペースへと辿り着いた。

「あっ、ソウくん! 咲先輩!」

「創、課題は終わったか」

 茜と詠子がこちらに気づき、手を挙げて言った。

「うん。あ、この人オレの先輩で進藤洋介さん」

「こんにちわ。いつも創が世話になってます」

「こんにちわ…」

「どうも…」

 お互いにぺこりと一礼する。

「なんか売れた?」

「あ、二冊捌けたよー」

「やったね!」

 創の顔から笑みが零れる。

 それはとても自然なものだった。

「…良かったな、創」

「えっ?」

「御三方。本当に創の作った同人部に入ってくれてありがとう。こいつの仲間になってくれてありがとう」

 三人に語りかけるように言う洋介は、いつもと少し違っていた。

「今日は安心したわ。皆さん、これからも創のこと、よろしくお願いします」

「な、なんですか…やめてくださいよ洋介先輩…」

「だって、本当に嬉しいから」

 にこっと笑いかけてくる洋介に、創は俯いた。

 本気で言ってくれているのは分かる。

 だが。

「咲先輩がネタにするような発言控えてくださいよ!! ほら、もう完全にカップル見る目してるでしょ!!」

 顔を上げてがくがくと洋介を揺さぶりながら言う創の横で、咲は恍惚の表情をしていた。

「あはははは、まぁいいじゃん」

「いいのっ!?」

 軽く笑い飛ばす洋介の発言を受けて、思わず咲自身が突っ込む。

「じゃあこれでオレは失礼するよ。またな、創」

 とんでもない爆弾を投下して、洋介は去っていった。

「いい人だね」

 茜が言う。

「まぁね」

 創は、誇らしげに答えた。

 その日の売り上げは、ポートボーラーが三冊、オレミタが二冊だった。

 そしてこの日をもって、夏休みは終わりを告げたのだ。

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