同人部結成?
四月七日、月曜日。
新品の制服に身を包んだ創は、入学式では睡魔と戦うのに必死だった。
式が終わって、張り出されたクラス表を見ると、創は一年C組の欄に名前を見つけた。
クラスに行くと、新しいクラスメイト達を見渡した。
皆一様にお互いを探るような話し方をしている。
暫くすると、担任が来て黒板に門屋 稔、と名前を書いた。
明るい人柄が滲み出たような笑顔で、体型は標準だろうか。
痩せても太ってもいず、短く刈り込んだ黒髪が清潔さと健康さを表しているようだ。
お人よしそうな外見や話し方が、好印象だった。
創は、この人なら部活の事を話せそうだ、と一安心した。
「じゃあ、今日はこれで終わりだ。明日から宜しくな、皆」
解散、と言われてがたがたと席を立つクラスメイト達。
何組かは既に友達になったようで、ファーストフードに寄って行こう、等と話しているのが聞こえてきた。
しかし、創は部活を作ることで頭が一杯だったため、クラスメイトと一言も話さずに教室を出る。
「門屋先生」
歩いていく門屋の後ろから言うと、振り向いた。
「お、うちのクラスだよな」
「寒河江 創です」
創はペコリと一礼した。
「うん、どうした?」
「ちょっと相談したいことがありまして」
「うん? 分かった、じゃあ職員室でもいいか?」
「はい、ありがとうございます」
とりあえず部活作りの第一歩だ、と創は気合を入れた。
職員室に辿り着くと、呼び出し第一号か、等と野次を飛ばされたが、気にせず会釈で返す。
「さて、そこ座って」
「はい」
職員室の空気は好きではなかったが、それ以上に目標があるから前向きになれた。
「で、相談って?」
萎縮しないようにだろうか、笑顔で話しかけてくる門屋に少し緊張しながらこう言った。
「この学校は、部活を作ることは出来ますか?」
「出来るけど…どんな部活?」
「同人部です!」
「…どう、じん…部?」
門屋には全く理解できていないようだ。
それはそうだ。
そもそも、同人というもの自体、表に出ることがそもそも良くないことだ、と洋介に聞いた。
でも、それでも創には想いがあった。
「同人活動をする部活を作りたいんです!」
「同人部を作る?」
洋介が肉まんを頬張りながら聞き返してきた。
卒業間近の創に、同人について話していた時、創が打ち明けたのだ。
「はいっ」
「そんなの、学校が許すかなぁ」
「自由ヶ浜ならいける気がします」
「なんで部活なの。学校とは別でやればいいじゃん」
オレみたいに、と付け加える洋介に創も肉まんを齧った。
「仲間が欲しいんです」
「仲間ぁ?」
「はい、一緒に同人活動をする仲間が」
「相方探しって事?」
はぐ、と肉まんを口いっぱいに入れて、咀嚼しながら解答を待つ洋介。
「そういうのと違って、本気で意見をぶつけ合える仲間っていうか…」
「オレとかとは違うって事か」
「先輩はあくまで先輩ですから」
「それも悲しいけど」
苦笑しながら言う洋介だが、創の顔は真面目だった。
「オレ、中学はそんなに楽しくなかったけど、高校入ったらもっと学校を楽しみたいんです」
「うん」
「でも、同人活動も手を抜かずしたい」
「うん」
「そしたら、同人部に行き着いたんです」
「うーん」
最後だけ相槌が曖昧になる。
そこでそういう発想に行くとは全く思っていなかった洋介は、返す言葉を失っていた。
ある意味、真面目というか。
不器用なだけかもしれないが。
「学校の部活で、そんな仲間と同人作れたら、最高だと思いませんか?」
創の顔は、まるで秘密基地を見つけた子どものようにキラキラと輝いていた。
「まぁ、部費で活動できるとか、そんな簡単な思いつきじゃないようだな」
「えっ? あ、そうか、部費ってものがあるのか…」
「それが目的だったら拒否されるだろうけど、お前の今の気持ち言ってみろよ」
親指で口元を拭って言う洋介に、創が顔をあげた。
「きっと分かって貰えるんじゃね? その情熱は」
「はいっ!」
まぁ、前途多難だろうな。
洋介はそんな風に思ったが、それは言わなかった。
「頑張れ、創」
「はい!」
色んな想いをひっくるめて言った洋介に、創は素直に頷いた。
「ん~…なるほど…」
門屋が腕を組みながら、椅子に体重を預けて体を反らせる。
一通り、同人というものの説明を受けて、悩んでいるようだった。
「でもなぁ…そもそも金儲けが関わることを部活でさせるのはなぁ…」
「絶対儲かることはありませんので! 同人ってのは、基本赤字で構成されています!」
「そんなもんか?」
「はい!」
サークルで出るためのスペース代に印刷代、他にも諸々原稿の為の雑費がかかることを説明する。
「うーん…。まぁ、それなら」
やっと出たお許しの言葉に、創の顔が輝いた。
「けどな、条件がいくつかある」
「はい…」
きたか、と創は思った。
「まず、部として同人活動をするなら会計役を作って、その都度収支報告を行うこと」
「待ってください、メモします」
「うん」
生徒手帳を取り出して、創は言われたことを殴り書いた。
「次に、一ヶ月以内に寒河江を含めて三人集まらなかったら、部じゃなくて研究会な」
「研究会…と。部とはどう違うんですか?」
「基本的には、部費が一切下りなくなる。それから、部室も無い」
「はぁ…」
まぁ、それならそれでもいいが、仲間は多いに越したことはない。
「とりあえず、当面は美術部が使っていない曜日に美術室を使って貰う。火曜と金曜な」
火・金とメモを取る。
「それから、赤点を取るものが居たら、勉強より同人活動を取っているとみなして部活停止」
「結構、厳しいですね…」
「自由ヶ浜といえど、一応学校なんでな。他の部も一緒だ」
門屋がくつくつと笑いながら言った。
「あと、売る作品と場所は必ず報告して、学校側に作品を一部見本として渡すこと」
「はい」
一生懸命にメモを取る創に、門屋は好感を抱いた。
「最後に、部費は文化祭用だけだ。普段の同人活動には一切使えないと思って」
「はい」
結構無茶な要求をしたはずだが、全てを飲み込んだ創を信用できると門屋は踏んだ。
「一応、顧問はオレになるから」
「はいっ、ありがとうございます!」
「じゃあ、部活の申請書を出しておくから、部員集め頑張れよ。ポスターとかも掲示板に貼っていいから」
「頑張ります! それでは!」
気持ちを抑えられないようにスキップ気味に去っていく創に、やれやれと門屋はため息をつく。
「さて、どんな部員が集まることやら」
全く集まらなかったらかわいそうだなと思ってから、教員という職務に戻ることにした。
四月十五日、火曜日。
初めての部活の日だ。
ポスターは生徒専用の掲示板に二箇所貼っていた。
そのポスターは、君の熱い萌えを作品として世に残さないか、といった内容だった。
まぁ、でかでかと同人部、と書いたので、分かる人しか来ないだろうと思う。
放課後、美術室に着くなり、創は絵の練習を始めた。
待っている時間も勿体無いと思うほどに、創は同人活動をしたかったのだ。
油絵の具の独特な香りの中、創はとにかく描いた。
三十分ほどそんな時間を過ごしていると、こんこん、とノックの音がした。
門屋だろうか。
それとも。
「すみません…同人部って、ここですか?」
「は、はいっ! どうぞ入ってください!」
ガタッと立ち上がると、同時に扉が開く。
そこに立っていたのは、流れるような黒髪ストレートの眼鏡をかけた女の子だった。
ぱっと見た印象は、委員長というあだ名が似合いそうだなと思う。
「初めまして、二年A組の藤沼 咲と言います。是非この部に入りたいのですが…」
「あっ、はい! 僕は一年C組の寒河江 創です。宜しくお願いします!」
二人揃ってぺこぺこと頭を下げるので、この先が思いやられるようだった。
「因みに好きな作品とかって…」
「スポ根って熱い! 最近はめっきりポートボーラーにお熱です!」
言葉を食い気味に、いきなり上がったテンションに、ひくっと創の顔が引きつった。
ポートボーラーとは最近人気の少年漫画で、小柄な主人公が、圧倒的に不利なポートボール部のガードマンとして活躍する話である。
最近女子の間でかなり人気が高いらしい。
創も雑誌で読んでいた。
「あ、あー…面白いですよね」
「でもやっぱり一番は部長×主人公かな! もうあの二人の関係がすばらしくて!」
「…ちっ、腐女子か…」
「今舌打ちした?」
吐き捨てるようにぼそっと言うと、即座に咲が反応した。
腐女子とは、オタクの中でもなんでもかんでもボーイズラブ…要するにホモに変換するという特技を持つ人種である。
彼女らの視点からすれば、青春スポ根ものだってボーイズがラブラブするものでしかない。
因みに、女性向けと表記されている同人は、このボーイズラブを指す。
そして女性向けではこの名前の順序が重要視されている。
部長×主人公、といったら部長が攻という男役、主人公が受という女役になる。
創にとってみれば、どっちがどっちでもどうでも良かったが。
「ボーイズラブは世界を救うわ! それが私のモットーです」
「うわ、そこまでいくと逆に清清しいっすわ」
嗜好はともかくとして、この人はいい人かもしれないと創は思った。
「一応、一年の僕が部長なんですが、それでもいいですか?」
「構いません」
特に後輩が上に立つことに興味は無いらしい。
「ときに、部長が好きな作品は?」
「ハーレムものなら何でも好きだけど、最近はオレミタです。ハーレム万歳! 二次元万歳!」
オレミタとは草食系主人公の周りに女の子がたくさんいてモテモテな話で、オレの周囲は女子で満たされているというラノベの略称である。
何故そんなにモテるのか分からないのだが、とにかく周囲にいる女の子達が可愛いと評判だ。
「夢見てるね部長」
「あんたに言われたらおしまいな気がするよ」
にやりと言ってきた咲に真顔で返す創。
「特技とかありますか?」
「あらゆるものをボーイズラブ変換とパソコンね」
「そこはパソコンだけにしてください」
創がはっとする。
「パソコンが得意なら一応お金を扱う部なので会計をやってほしいんですけど」
「それも構いません。家計簿もつけてますし慣れてます」
「やった! 会計獲得!」
「それに、好きに部費を使っていいということね」
「違います」
ガッツポーズをした矢先にそんな事を言われて、不安がよぎった。
「まぁ、思想は危険極まりないけど他にいないし…」
そう言うと、咲に文化祭分の部費しか出ない事を説明する。
「ちっ…」
「今舌打ちした?」
「いいえ」
そんな事を話していると、コンコンと扉が叩かれた。
「おー、やってるか」
「門屋先生」
入ってきたのは門屋である。
「どうしたんですか?」
「ちょっと様子見にな。…しかし」
創の言葉に応えてから、ちらりと咲に視線を送る。
「藤沼は入部希望か?」
「はい」
「そうか…意外だな。学年トップのお前が」
「えっ!?」
衝撃の事実に創が思わず声を上げた。
「何よその反応」
「いや、すごい人が入ってきたなぁと…」
かしかしと頭を掻きながら、創が呆然と言う。
「部活で成績落としたりしないでくれよ」
「そんな事しませんよ」
門屋と咲の会話を聞き、自分も赤点だけは取らないように頑張ろうと思った。
この日これ以上の入部希望者は来ず、これで部員は二人となった。
四月十七日、木曜日。
昼休み、昼食を食べ終えた創は自分の教室でぼうっと座っていた。
最近ポスター効果のせいか、教室内でからかわれることが多い。
別に悪いことをしているわけではないが、オタクとして注目を浴びるのはなかなか辛辣なものだった。
「ねぇねぇ」
「へっ?」
いきなり話しかけられて、創は変な声を上げた。
話しかけてきたのは、ショートの茶髪にうっすら化粧までしている女子。
入学早々、もう制服を着崩していた。
こんなギャル系女子が自分に何の用だというのだ。
「えっと…」
「同クラの越後 茜。よろしくねっ」
にこっと笑った顔に、創の苦手なタイプだった事も手伝って、不信感を抱いた。
「寒河江くんって、オタクなの?」
ド直球のその質問に、創はむっとする。
クラスメイトが、またからかおうというのか。
「そうだよ」
必要以上にぶっきらぼうに返し、ふいっと顔を逸らす。
すると。
「マジで!?」
「!?」
顔を輝かせた茜が、急に創の両手を取った。
いきなりなボディタッチにぎょっとする。
「な、な、な」
「実はあたしコスが好きなんだけど、同人部ってレイヤー入れるの!?」
「は!? ちょ、ちょっと待って、何それ?」
意味不明な茜の言葉に、焦る創。
「コスってコスプレの事ね。アニメキャラとかマンガのキャラになりきるの」
「はぁ…」
「レイヤーはコスプレイヤーの略。ていうか同人部なのにそんな事も知らないの?」
無遠慮な茜の言葉に、創はイラッとした。
「悪いけど、コスプレ方面には疎くて」
まぁ同人もにわかなんだけど、と心の中で付け加えた。
「コスって良くない!? 色んなキャラになりきれるのすっごい楽しくて」
恍惚の表情で言ってくる茜に、創はついていけなかった。
因みに、周囲のクラスメイトがドン引いているのに気づいたが、気づかないふりをした。
「んで、入れるの?」
「入る気なの!?」
嫌だなぁ、という空気を醸し出して言う創に、茜は何度も頷く。
「だって部員募集してるんでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「じゃあ決まり! 明日から部室行くから!」
予鈴が鳴り、スキップしながら席に戻る茜に、創はどっと疲れていた。
あれを自分がまとめるのか…と。
四月十八日、金曜日。
二回目の部活の日だ。
ホームルームが終わり、そっと席を立つ。
茜に近づかないように極力自分の存在感を消して移動するが、後ろから腕を組まれて創はびくっとした。
そろーっと後ろを振り向くと、予想通り茜だった。
「一緒に行こうよ、寒河江くんっ」
にこっと笑いながら言う茜に、創はげんなりする。
「行くから腕離して…」
観念して言うと、茜が頬を膨らませた。
「女の子から腕組んでるのに何よ、今流行りの草食系?」
「二次元の女の子は大好きだけど。三次元だし、そもそもオレにも好みがあるから」
「何それ、超失礼」
それでも逃がさないようにか、茜が腕を絡めたまま歩く羽目になる。
校舎二階に上り、端にある美術室に着くと、既に人影が見えた。
「あ、藤沼先輩」
「寒河江く、ん…」
ぱっと上げた顔が、いきなり曇った。
というより、ドン引きしていた。
「何、同人部であなたの好きなハーレムでも作るつもりなの?」
「オレにも好みがあります」
完全に呆れた顔で言ってくる咲に、創は真面目に言い放つ。
「だから失礼だってば」
茜が突っ込みを入れてくるが、更に言葉を続ける。
「そもそもオレは藤沼先輩みたいなお堅い真面目系も、越後さんみたいなイマドキギャル系も好みじゃないし!」
「あたしギャルじゃないよ」
「うっさいな。オレから見たら似たようなもんだ」
力説する創に茜が反論するが、ばっさり切り捨てた。
「私も、敢えて言うなら腐女子系だけど」
「敢えて言わんで下さい…」
あくまでも真面目に言う咲に、ちょっと脱力する。
「オレは! 二次元のゆるふわな感じの背の低い女の子が好きなんだ!」
『あ』
一息で言い放つと、咲と茜が創の後ろを指差した。
「へ?」
後ろを振り向く創の目に飛び込んできたのは、一人の女の子だった。
ふわっとしたゆるいウェーブの色素薄めの長い髪の毛で、愛らしい背丈に似合わない大きな目がくりくりしている女の子が立っていた。
まさに今言った理想が三次元に現われたようで、創の心臓は高鳴った。
「あの…」
声まで可愛い。
まるでアニメの声優のような高い声。
「なっ、なんでしょう!」
ガチガチになってしまった創は、声が裏返っているのに気づいたが、直せなかった。
じっと創の瞳を見つめられて、くらくらする。
しかし。
「汝がこの部を統べる王か」
………。
「…は?」
「だから、この部の責任者かと聞いている」
「あ、あぁはい。そうですけど」
混乱する創に、少女は続ける。
「闇の力が我をここに呼んだ。誓約書をここに用意せよ」
「…あの…端的にお願いします…」
「ここに入部しにきた」
その瞬間、創は悟った。
オタクの中でも、中二病と呼ばれる人種であることを。
中二病とは、やれ闇の力だの光の力だの、ゲームやアニメに毒されすぎて発言がとても電波な病気である。
大概、小難しい言葉を使えば格好いいと思っている。
意味深に見せかけて何の意味もなかったり、体によくわからない力が宿ったりで、とても忙しい。
やはり三次元の女性は駄目だ、と創は思う。
真面目腐女子にギャルコスプレイヤーに今度はゆるふわ中二病患者…。
この部大丈夫か、と心配になる。
「我は月永 詠子。これは仮の名前だがな」
「入部届は正式名称でお願いします」
「…学校内ではこれが正式名称だ」
「じゃあそれでいいです」
既に扱いが雑になっている。
まぁ、同人部なんて部活に普通の人間が興味持つわけ無い。
そもそも三次元の女にはオレ興味ないし、と創は自分を慰めた。
「はい」
「あぁ、はい…えっ?」
渡された入部届を見て、思わず創は声を上げた。
「三年A組って、さ…三年生!?」
てっきり一年生だと思っていたので、余計に驚く。
「何か問題でもあるのか」
「一応言いますけど、ここ同人活動をする部活ですよ?」
「だから入部しに来た」
「だって受験前なのに同人活動って」
「そんなもの、我の能力でなんとでもなる」
…。
もう…なんかいいや…。
創は色々と諦めた。
きっとこの人も咲のように頭がいいんだ、と思い込むことにした。
確認はしないが。
「おっ、随分集まったなぁー」
呑気な声が聞こえてきたと思ったら、門屋だった。
「門屋先生、一応四人集まったんですけど…」
「越後もか。なんかイメージ違うが…」
言いたいことはなんとなくわかる。
「で、えっ!? 月永!? お前三年なのにこの部活入るのか!?」
「何か問題でもありますか」
一応敬語になるんだ、とどうでもいい事に創は感心する。
「だってお前受験だろう。そんな暇あるのか?」
「大丈夫です」
「そ、そうか…」
門屋が押しに弱いタイプだという事を、その場の全員が思った。
「一応、入部届も揃ったし、これできちんとした部活になったな」
きちんとしているかはこの際分からないが、頭数は揃うことになる。
「部長は寒河江でいいのか?」
「問題ありません」
「異議なーし」
その承諾の声は、ただただ面倒なだけのようにも思える。
創は疑心暗鬼になっていた。
だが、咲以外にはなんとなく任せられないことも分かっていた。
「じゃあ寒河江、後は頼んだぞー」
「…はい」
そそくさと去って行く門屋に、小さい声で返事をする。
「えっと…」
三人からの視線が集まって、創は少し緊張した。
「一応、オレは寒河江 創。一年ですが、部長です」
じっと見られているのが分かるが、創は何処を見るでもなく、視線を避けた。
「今日は顔合わせだけって事で、解散にします。これで四人。これから同人部頑張りましょう」
「ええ」
「おー!」
「ふん、戯れに興じようでは無いか」
その、見事なまでのバラバラな返事を聞いて、創は思った。
大丈夫か、この部…と。
四月十九日、土曜日。
創は日払いのアルバイトに出かけた。
倉庫作業で日当が七千円。
我ながら、高校生の身でいいバイトを見つけたと思う。
派遣会社に登録して、一日または二日限定の仕事を貰うのだ。
その代わり、毎回遠い現場になることもままあるし、交通費は込みだが。
何故アルバイトなのかというと、洋介の言葉に起因していた。
親の金で同人はやるな、と。
よくよく聞けば、洋介も同人活動や同人誌購入の為にバイトをしていた。
別に守るいわれは無いが、洋介は同人の師匠といってもいい。
その師匠に即した行動を取りたいと思うのは自然の流れだった。
「兄ちゃん、若いのによく働くなぁー」
「あざーっす」
目標があるから、多少辛くても大丈夫だ。
昼休みになると、部活の事を考えた。
とにかく頭数は揃ったが、あの三人をどう扱っていくか。
あとは、同人活動をするにあたって、色々決めなければならないことがある。
サークル名、活動ジャンル、いつのイベントに出るか等々。
悩みは尽きなかったが、それでも前向きではいられた。
それだけ、同人というものに溺れているのだと思う。
しかし、果たしてあの三人をまとめる事が自分に出来るのだろうか。
そんな事を考えているだけで、昼休み終了のチャイムは鳴った。
「さーて、午後も頑張るぞー」
「うぃーっす!」
次の部活で、話は進むことになるだろう。
それまでは考えてもしょうがない。
そう考えて、創は仕事に戻ることにした。