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【ダ】の章

 同じ頃、内海側の長さんに太一も、第一投目を投入し終え、漂う

ウキをじっと見つめていた。高所恐怖症気味の太一は、防波堤から

だいぶ下がった所に腰を下ろしている。

「ねえ、長さん、何だか今日はこの防波堤、いつもより低い気がし

ませんかぁ? これだったら俺、何だか大きいのが釣れちゃうよう

な気がするなぁ」

 嬉しそうに言う太一に長さんが

「太一、あんた、今日の満潮が七時半、夕方の六時半頃で、干潮が

零時半、お昼の一時頃ってのを知らないの? 今が、そうね、九時

半過ぎってところだから、まだ潮位が高いからそう感じるのよ」

「あっ、そう言われればそうですねぇ。よしっ、今のうちに大きい

のを釣っとかなくっちゃ」

 太一がそう笑った瞬間、太一の一号の立ちウキが海中にズボッと

沈み込んだ。

「あっ、太一! 竿を立てて! 早く!」

 慌てて立ち上がり、竿を立てる太一! 竿は弓なりに大きく曲が

り、リールのドラグがギリギリと悲鳴を上げ始める。

「かかった! 太一! 慌てないで! ほら、沈みテトラの中に入

られないようにするのよ!」

「ああ、あ~!リールが巻けないよぅ!」

「バカね! そんな時はリールに手をつけずに竿でためるのよ!

あっ!」

 次の瞬間、竿の曲がりは元に戻り、跳ね上がった道糸とウキが絡

まってしまった。

「ああ~、テトラでハリスが擦れて切れちゃったのね。太一、欲し

かったわね」

 複雑な表情で長さんが太一に声をかけた。

 暫しの間、じっと黙っていた太一だったが、泣き笑いの様な顔で

やっと口を開いた。

「い、今の何だったのかな? 第一投目で来たんだからきっとボラ

だったんですよねぇ? ねえ、長さん、今のはきっとボラだからち

っとも惜しくはなかったですよねぇ?」

「うん、そうよ、きっと今のはボラよ。だからほら、気を落とさな

いこと。分かった? 太一?」

 長さんが太一のことを気遣って、自分の竿を下に置いたその時、

「うんにゃ! 今のはボラではねえぞ!」

 二人の背後から誰かが声をかけた。振り返った二人が目にしたの

は、一目で年季が入った釣り人と分かる、六十位の男だった。チー

ムDAIWAのキャプをかぶり、偏光グラスをかけ、ブルーのフロ

ーティングベストにヒップガード、足元はイエローとブルーのコン

ビのスパイクブーツでまとめている。

「ボラだったら、かけた途端に左右どちらかに引いてゆくもんさね。

いわゆるボラの横走りって奴よ。ところがだ、今のそのアンちゃん

のは、下に下にと引いてテトラの間に入り込んじまった。ありゃ、

間違いなく…」

「間違いなく?」

 太一のゴクッと唾を飲む音が聞こえ、

「チヌだ! それも今の竿の曲がり具合からして四十オーバーは間

違いねえ」

 これを聞いた太一、ホッとした顔になると、

「え? チヌ? 何だ黒鯛じゃないのか。なんだぁ、今のチヌだっ

てさ。ねえ、長さん、今のやっぱり黒鯛じゃなかったんだ。あ~俺、

本当は黒鯛じゃないかって思ったんだけどさぁ、もしそうなら悔し

いから、ボラだったって言ったんだ。でも、長さん、チヌってどん

な魚だっけ? ねえ、長さん?」

 長さんは苦虫を噛み潰したような顔で

「バカね! チヌってのは黒鯛のことじゃない! あんた、本屋で

しょ? 黒鯛のこと位、本で前もって調べときなさい!」

「ええ~? じゃあ、今のはやっぱり…」

「アンちゃん、黒鯛じゃよ」

「そ、それも四十オーバーの…」

「そう。アンちゃん、もしかしたらチヌ釣り初めてかい? 往々に

してど素人に大物が食いつくってのはよくある話じゃからな」

 ボーゼンジシツの太一、蚊の鳴くような声で

「初めてって訳じゃないよぉ。キビレだったら三十センチだけど釣

ったこともあるんだ。それに『ど素人の黒鯛釣り』って本も読んで

研究してるし」

 男は笑いながら

「アンちゃん、キビレってのはな、キチヌって言ってな、正確には

チヌ、いいや、お前さんが言う黒鯛とは姿形は似ておるが全くの別

もんよ。キビレは誰にでも釣れる。じゃが、黒鯛はそうはいかん」

「た、太一、あんた、本で読んで研究してるなら、チヌってのが黒

鯛ってこと知らないなんておかしいじゃない。なんか恥ずかしいわ。

ボクまでも恥ずかしいわ!」

 長さんは手で顔を覆いながら、その場から走り去ってしまった。

「よう、アンちゃん、もしかしたらもう一遍位は同じ奴が食いつく

かも知れんぞ! はっはっはっ!」

 男は高笑いをしながら自分の釣り座に戻っていった。

 その姿を目で追った太一は、ハッとした。あっ、あの後ろ姿! 

いつも低い方のポイントで、ダンゴ釣りをしてるおっさんだ!

 太一はその時、初めてその男が何者であるのかに気づいたのだっ

た。

 その男とは、ここ白灯台のある南堤の常連さんで、ダンゴ釣りの

名手だ。ダンゴ釣りとは紀州釣り、バクダン釣りといった釣りの方

法で、仕掛けは太一や敦彦達のやってるウキフカセ釣りと同じよう

なものだ。違いは撒き餌の替わりに刺し餌をダンゴに包んで、それ

を投入する方法にある。近頃では黒鯛釣りの最強の釣法であるとも

言われているこのダンゴ釣り、ダンゴの配合や握り加減、投入方法

が難しく、見た目よりもずっと繊細で技術のいる釣法なのだ。

 そのダンゴ釣りで毎回黒鯛を何匹か必ず釣りあげている男、それ

がその男だった。

 黒鯛釣りはベテランさんでも毎回必ず釣れるというものではない。

特に冬場はボウスで当たり前、一枚釣れたら最の上と言ってもいい

位だ。それから考えてもその男は名人と言ってもいい位で、事実、

敦彦達は彼をダンゴの名人と陰ながら呼んでいた。しかし、敦彦達

のメンバーの中で彼と話をしたものはなく、これまではただ後ろ姿

を見かけるだけだったのだ。


「ねえ、太一、今のダンゴの名人だったでしょ? 彼が言うならさ

っきバラしたの黒鯛だったのね。でも太一、あんたさ、名人の前で

チヌってどんな魚って質問はなかったんじゃない? あれでボクら

グループがど素人だって彼に知られちゃたわよ」

 いつの間にか太一の後ろに戻っていた長さんが、太一をつつきな

がら言った。

「長さん、俺、いい訳じゃないけど、黒鯛の習性や釣り方ばっかり

注意してたもんだから呼び名なんてのは全くのノーマークだったん

だよ。あ~、俺、今穴があったら入りたいや」

「これだから大学センター試験マークシート世代の若者はダメだっ

ていうのよ! 穴だったらテトラの間が空いてるからそこに入っと

きなさい!」

「長さん、それはないよぅ!それよりさ、今ダンゴの名人が言った

よ! もしかしたらもう一遍位は食いつくかもしれないって!」

 これを聞いた長さん、目が輝き始めた。

「えっ、ホント? それを聞いたならもうこうしちゃいられないわ。

太一、もう一度チャレンジよ!」

「うん!」

 こうして二人は再び釣りを開始した。


                 ***

 時間が経つのは早いもので、皆が釣りを始めてから二時間が過ぎ

ようとしていた。先端部の二人、敦彦にみどりも懸命に撒き餌を打

ち、刺し餌を打ち返しても、時折ウキを沈めるのはフグかヒイラギ

のエサ取りばかり。それもウキに変化があるのは良い方で、大方が

ウキは無反応ながら刺し餌だけが取られているといった有様。

「ねえ、あっちゃん、なんかエサばっかなくなって面白くないね。

それにここ割と深いから、ウキがなじむ前にエサ取りにエサだけ取

られちゃってるんじゃない?」

 ブーたれ気味にみどりが言った。


 黒鯛釣りは底を釣れ、というのが基本中の基本。しかしこのウキ

フカセ釣りは、撒き餌で黒鯛を浮かせ気味にし、刺し餌を食わせる

釣り方なので、水深いっぱいにエサを流す必要はない。しかし、あ

る程度はウキ下は深めの方が分はある。反面、撒き餌にエサ取りが

集まり、ウキ下が長いと仕掛けがなじむ前にエサだけ取られるとい

うことが往々にしてあるのだ。


「うん、それより、ここ足場が悪いからちょっと怖いよな。なあ、

みどり、俺やっぱ長さんとこに行こうかな」

 これを聞いたみどり、

「なにさ、いつもいつも長さん長さんって! アンタは巨人軍終身

名誉監督マニアか!」

「おっ! さすが女野球ファン!ツウな答えのみどりちゃんに座布

団一枚!」

 敦彦が自分の荷物をかたずけながら笑った。

「ヘンだ! あたしゃ、女に負けるのならまだ考えようもあるけど

さ、おっさんに負けると思うと涙も出ないよ!」

「え?」

 聞き返す敦彦に、みどりは何事も無かったかのように

「あっちゃん、わたしも行くから、荷物は持ってね」

 こう言うと、みどりは再び男顔負けの元気さでテトラポッドを飛

び越え、長さんたちの方へ。

「何だよ、みどり、ほら、お前もちょっと位は荷物を持つの手伝え

よ~!」


 何とか敦彦が二人分の荷物を持って長さんたちのいる内海側にた

どり着くと、そこでは太一とみどりが長さんを見守っているところ

だった。なんと、長さんの一号、五・三メートルの竿が大きくしな

っている!

「長さん、がんばれ! きっと黒鯛、それも大物だぁ!」

「長さん、もう少しよ! 慌てないで!」

「待っててん長さん!今玉網を用意しますから!」

 敦彦が慌てて七・二メートルの玉網を取り出そうとすると、長さ

んは

「いいのよ、慌てなくても。たぶんこれボラだから。ほら、その証

拠に左右に暴れ回ってるじゃない」

「あっ、そう言われれば、ダンゴの名人が言ってた通りだ!」

 太一が納得したかのようにうなずいた瞬間、獲物が海面を割った。

「あっ! やっぱりボラだわ!」

「でも長さん、ものすごくでっかいわよ!」

「待ってて、それ、入ったぞ!」

 敦彦が無事に魚をすくい上げた。防波堤の上で跳ね回るそれは、

体長五十八センチのボラだった。

「ふぅ、ものすごく引かれたから腕が痛くなっちゃったわ。でも残

念ね。これが黒鯛だったら文句無しだったのにね」

 それでも長さん、嬉しそうだ。

「うんうん、わかるわ。わたしが六十センチのボラを釣り上げた時

もそうだったもの。でも、長さん、これ食べると結構美味しいのよ。

ママが言ってたわ。寒い時期のボラは寒ボラって言ってヘタな鯛よ

りも美味しいって。だからこれ、とっても価値がある一匹には違い

ないわ。長さん、良かったね」

 みどりの言葉に、長さんは笑顔でみどりの肩を叩くと

「サンキュ! ボクたちボラ仲間ね!」

 それを聞いてた敦彦、

「なんかヤな仲間だな。なぁ、太一?」

「ううん、俺も仲間に入りたいなぁ!」

 太一のこの言葉でみんなは一斉に吹き出した。


「ねえ、そろそろお昼ご飯にしない? 腹が減っては何とやらって

言うじゃない?」

 時計で確認すると、時間はお昼の十二時ちょっと前だ。

「みどり、お前、これが一番の楽しみでもあるもんな? え?」

「ふ~んだ! どうせわたしは食いしん坊ですようだ!」

「ふっふっふっ、あっちゃん、ボクだってそうよ。だって大空の下、

それも海のすぐ側で食べるご飯ってのは最高だもの」

「へへっ、ホント言うと俺もそうなんす。おい太一、みっちゃんと

ケンさんにもお昼にしようって声かけてこいよ」

「うん! がってん承知!」

 暫くして太一が外海側の二人を連れて戻って来た。

「ねえ、みっちゃんにケンさん、どうでした? 何か釣れたっす

か?」

 敦彦の問いかけにケンさんは首を横に振りながら

「ダメダメ、たまに上がるのはフグだけだ。撒き餌を打つとエサ取

りが群がっちゃってな。それでもハリにかかるのは良い方さ。ほと

んどが素バリを引いちゃうんだから。なあ、みっちゃん?」

「ああ、俺っちのやってる所は水深が浅くってよ、そうさな、一ヒ

ロちょい、二メートルってところなんじゃねえの? それでも時々

根掛かりがあるんだからいやんなっちまうよ」

「へえ」

「でも、ほら、釣り具屋のナオさんの話によると、今みっちゃんの

やってる所は実績のあるポイントだって話よね。確か米じいが上げ

たビックワンも…」

 長さんの後をみどりが続ける。

「あっ、そうそう、わたしも聞いてる! 高い方の防波堤。外海側

のテトラ帯。確か、ウキ下は二メートル、ええと、干潮から少し上

げ潮にかかった頃!」

 みどりに続くは敦彦だ。

「最初のアタリは微妙なアタリ、その前アタリから次の瞬間、一気

にウキを沈め込む激しいアタリ!」

 太一もアクションたっぷりにこれを引く継ぐ。

「アワせた途端に竿先までも引き込む猛烈な引き! ヤツはどうに

か逃れようとテトラの隙間に突っ込む突っ込む! 米じい、そうは

させじと竿で溜めこむ! ここでバラしてはなるものかと、米じい、

テトラの上を牛若丸さながらに、あっちこっちへヒラリ、ヒラリ!」

 次に控えしはケンさんだ。

「激しい格闘の末、やっと水面を割ったのは…」

 ここで全員が声を揃えて

「五十二・五センチ、二・六キロのビックワンだ!」


 海上ではカモメが一羽二羽と波に揺られ、珍しく風も無く、冬の

柔らかな日差しがみんなの上に優しく手を伸ばしている。

 防波堤にぶつかる波音以外に時折聞こえるのは、港に入ってくる

漁船のエンジン音と、近くの大井川野鳥公園から飛んでくる鳥たち

のさえずりだけ。だから、余計にみんなの声は良く通り、何人かの

釣り人たちがみんなの方を振り返った程だった。

「ふ~、もうこの話、耳にタコが出来る位聞かされちゃったわよ。

ねえ?」

 長さんが、デイバッグの中からお弁当の大きな包みを出しながら

言った。

「うんうん、ナオさんとこに行くたび、ナオさんから。で、米じい

ときたら人の顔見るたびですもん!」

 みどりも、赤と緑のクリスマスカラーの大きな包みを取り出しつ

つ、笑った。

「だからさぁ、最初の頃は、みんな随分今ケンさんとみっちゃんが

やってるポイントでやったんだよねぇ。だけどあそこで黒鯛を釣り

上げた者は誰もいやしない」

 太一が腕を組みながら言った。

「そうそう、それにこの話だけど、米じいがテトラの上を牛若丸さ

ながらって、何だかおかしくないっすか? だって米じい、腰痛持

ちで今日だって家で寝てるんすよね?」

 敦彦のこの言葉に

「でもよう、米じいがあの場所でビックワンを釣り上げたのも事実

だからな。必ず釣れるって気はしないけど、俺っち、そいつに賭け

てみてもいいかなって思ってる」

 みっちゃんが煙草の煙を吐きながら、真面目な顔で言った。

 そう言われてみれば、みっちゃんはいつもあの場所で釣りをして

る。今まで黒鯛らしきアタリすらないというのに。敦彦は、みっち

ゃん本気でビックワンを狙っているんだなと思った。


「さあさあ、みんな、ボク今日はいっぱいお弁当持ってきたから、

ほら、みっちゃんにケンさん、あんたたち、菓子パンなんて食べて

ないで、ほら、これ食べてよ。太一にあっちゃん、みどりちゃんも

良かったら召し上がれ!」

 長さんが色とりどりのお弁当を広げ、みんなに勧めた。

「うわぁ~、待ってましたぁ! 長さんのお弁当、美味しいもんな

ぁ」

 太一が早速手を出した。

「ワリイね、長さん、俺っち、今日出掛けにゴタゴタがあったもん

だからうちの奴に弁当作れって言えなくってよ。有難くいただくよ」

「俺も俺も! 俺チョンガーだから、マジ、長さんの弁当楽しみな

んだ!」

 本当は、ゴタゴタが無くてもいつも奥さんに弁当を作ってもらえ

ないみっちゃんと、三十五歳でまだ独身のケンさんも、嬉しそうに

長さんの弁当に手を伸ばした。敦彦も手を伸ばそうとしたその時、

みどりが

「あっちゃん、あんた、自分のお弁当持ってきてるでしょ? それ

でも足りないならほら、わたしも作ってきたからこっちのを食べな

さいよ!」

 クリスマスカラーのナプキンの上には、みどりの作ったお弁当が

広げられている。見た目にはお世辞にも美味しそうとは言えない代

物に見える。事実、みどりの作るお弁当はマズイとの評判だ。

 みどりの勤めている【菜の花幼稚園】では、『園児泣かせの弁当』

持ちのみどりセンセで通っている位だ。みどりは幼稚園でも元気が

良く、園児たちの人気も抜群だ。だからお弁当の時間にも、みどり

センセの周りは園児たちでいっぱいになる。

 入園したての園児たちは、みどりセンセのお弁当を一度は欲しが

る。みどりもそれを快く許し、お弁当を分け与える。

 しかし! その直後、大抵の子供たちは泣き出し始める。園児た

ちは子供心にも大好きなみどりセンセを傷つけまいと、その理由が

お弁当にあることは決して口にはしないから、みどり自身は自分の

弁当が『園児泣かせの弁当』であることには気づいてはいないのだ。


「お、おう。ありがとう。でも俺、自分の分もあるから後でな。

それより太一、お前、長さんの弁当ばっかり食べてないでみどりの

弁当も食べろよな!」

「え~、センパイ、俺に犠牲になれって言うのかよぅ! ヒドイ

や!」

 これを聞いた長さんがみどりに気を使いつつ

「あんたたち! 冗談にも程があるわよ。どれどれ、みどりちゃん、

ちょっとそのお弁当分けてよね」

と、みどりに笑いかけた。

「いいのよ、わたし、あっちゃんと太一の口の悪さには慣れっこだ

から。でも、ホントは美味しいんだよね? ねえ、あっちゃん? 

ほら、長さんも沢山食べてね」

 じゃあ、と手を伸ばし、途中までは笑顔だった長さんが、みどり

の弁当を口にした途端、無口になった。

 そうれ見ろ! やっぱり長さんにしてもマズイんだ。敦彦たちみ

んながそう思ったその時、長さんがポツリと言った。

「う、うんとっても個性的な味ね。みどりちゃん、あんたただ者じ

ゃないわね…」

「へへっ、それ程でもないっスよ~」

 マジに照れるみどり。

 敦彦は小さな声で、みどりには聞こえないように呟いた。

「フ~、ルイルイ、まさにフ~、ルイルイってかぁ?」

 こうしてお昼ご飯の時間は、和気あいあいのうちにも淡々と過ぎ

ていったのだった。




★満潮・干潮…海には潮汐=潮の満ち引きがある。これは月の引力などの作用を受けて、海面が周期的に昇降する現象。通常は一日に2回ずつ満潮と干潮が繰り返し起こる。魚の活性が上がるのは潮が動き始める時だと言われている。通常は満潮または干潮から2時間後がベストらしい。

★ボラ…体は細長い。頭部が平たく、目に脂瞼(脂肪の膜)がある。汽水域、内湾に多く、幼魚期には淡水にまで入る。60センチ前後になる。成長により名前が変わる出世魚。住む場所によって味が違う。環境のいいところで獲れた寒ボラは絶品。反面、黒鯛釣りでは良く釣れる外道であまり歓迎されない。ちなみに「からすみ」はボラの卵巣を塩漬けにして天日で干したもの。

★玉網…釣れた魚の取り込みに使う網。持ち運びしやすいように柄と枠が脱着式に、枠は折りたためるようになっているものがある。地方によってはタモ網と呼ばれ、タモとはアイヌ語で網の意。

★マダコ…本州北部以南の全国沿岸に分布し、最大で六十センチ前後、三キロ以上になる。

沿岸で海底が砂礫や岩礁の場所に生息。食べても美味しい。

★スカリ…網袋状になっているビクで、入れ口に枠がなく、ヒモで絞って使うもの。

★DAIWA…釣り業界では有名な企業。日本ではシマノと並ぶ。ちなみに両者とも様々なジャンルの部門をも持つ。ちなみにシマノは自転車事業の方が大きい。

★ヒロ…長さの図り方。両手を広げた幅が「ヒトヒロ」約一・五メートルが一ヒロだ。





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